女子会――コイバナ
「はいはいそれじゃあ、とりあえずカンパーイ!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
金曜日の夜と言うのは、学生にとっても社会人にとっても、長い一週間のチェックポイントである。故に、友人同僚と飲みに行ったり、恋人に逢いに行くなど、各々にとって安らぎとなるイベントが設けられる。
魔導協会東京支部近くのファミリーレストランでは、現在六人の女性達が一つのテーブルに着いていた。星野の号令と共に、彼女たちはそれぞれのグラスを合わせる。参加者の半数は未成年の為、飲酒しているのは瀬良、維月の二人だけで、残りはドリンクバーである。柳も成人しているが、神社に生まれた彼女は生来健康志向が強く、アルコールの類は一切飲まない。
「ぷっはぁ~~!! 生き返るッスわぁ~~!!」
「いや、メイ……。アンタそれ抹茶オレじゃナイ」
「お茶は命の水ッスよ、ホンファさん。ねぇ、夏果さん?」
この日は、星野芽衣発案の『魔導協会女子会』の日だった。彼女が兼ねてより計画しており、全員の予定が合い、なおかつホンファの復帰を待った結果、今日開催となった。
家族連れも多いこのファミレスは、ほぼ満席状態。故に、多少騒いだ程度では、誰も彼女ら六人を咎めはしない。周囲の喧噪に簡単にかき消されるからだ。
「しかし、私も参加して良かったのだろうか? 私は本来部外者の筈だが……」
「維月さん、そんなこと言ったら私だって部外者ですよ? 折角呼んで貰ったんですから、一緒に楽しみましょうよ。あっ、瀬良さん。そのピザ、一切れ貰えます?」
「……フフッ、相変わらずだな、愛花は」
白ワインが注がれたグラスを手に、少し躊躇いを見せていた維月だが、美味しそうにマヨコーンピザを頬張る愛花の姿に緊張が解れたか、笑みを浮かべてワインを一口飲んだ。
「そッスよ。ワタシとしては、ずっとお話してみたかったッスから。スポンサーからゲストが来るって聞いた時はまあ、支部長みたいなくたびれたオッサンが来ると思ったんスけど……蓋を開けたら瀬良さん越えの爆乳美女ッスよ!?」
「芽衣さん、言葉遣いが宜しくありませんわよ」
「まぁ、褒められて悪い気はしないさ。特に貴方のような可憐な少女からなら尚更さ、星野芽衣さん」
「返しもめっちゃスマート! 愛花さんこの人なんスか、無敵ッスか!?」
「アハハ……まあ、気持ちは分かるよ。私も昔は、維月さんを見る度に自信失くしてたし……」
「むっ? 愛花が自信を失くすのはそれこそおかしな話だろう。昔は君はまだ幼子だったじゃないか。それに何より……」
「維月さん?」
維月は一度、「本当に言っていいのか」と言うような躊躇いを顔に出した。しかし、一度かぶりを振ってから、意地が悪そうに笑った。
「純は『愛花が一番可愛い』といつも言っていたしな」
「……はえっ!?」
維月から投げられた爆弾を前に、愛花は手に持っていたオレンジジュース入りのグラスを落としかけた。
*
一方その頃。愛花の護衛をホンファが一時的に引き受ける形となっている為、純は現在アキラと自室でゲームをしていた。
「ところでだ、純」
「どうした」
「歳を重ねる度に山崎さんは可愛さに拍車が掛かっていっているけど……どう思うよ?」
「いや……本当にどうした。愛花が可愛いとか、どうしていきなり当たり前の事を言っているんだ」
「お前マジか……」
*
「いっ……維月さん!? そそそ、そんな昔の話――」
「や、昔も何もアイツ、前の任務中にも言ってたじゃナイ」
「あ~~思いっきり惚気てたッスね」
顔を真っ赤にしてソファーから立ち上がった愛花に、ホンファと星野が援護射撃を浴びせる。先日の廃棄区画調査の際の純の発言の事を言っている。
愛花はアーシェラとの遭遇以降の出来事は全て夢だと認識しており、彼女の中ではあの任務は何事もなく終了したことになっている。この時愛花が起こしていた『死亡した純の完全蘇生』についても同様であり、この能力の危険性から、協会側は愛花に対してこの件は、緘口令を敷いている。とはいえ、逆に言えばアーシェラ遭遇以前の事は彼女も現実と認識しているので、そこまでならば話しても問題が無い。
「あっ……あれは……そうですけど……」
愛花は耳まで顔を赤くして、ゆっくり席に着いた。その様子に、その場にいた全員が微笑まずにはいられなかった。
「ハァ……アンタたち、確か幼馴染なのよネ? 昔っからそんな感じなワケ?」
「昔よりはまだ大人しくなったよな? 私と知り合った頃なんかは……今よりずっと純にベッタリだったからな」
「い、維月さん……その話は……!」
維月は愛花が慌てる様子を見て楽しんでいるように見えた。一方で、その場にいた全員が、同じ事を思っていた。
((((今以上があるの……?))))
「最初の頃はそもそも純を介さないと会話すら出来なかったし、いつも純の服の袖を掴んでいたなぁ。大体今の愛花になったのは、中学に上がる頃くらいだったか――むぅっ」
「あの、維月さん……! 楽しんでますよね、絶対……私に恥ずかしい思いさせるの!」
遂に耐えかねた愛花が、フーフーと荒い息を吐きながら維月の口を塞いだ。
「っぷぅ……これからが可愛い話なのだが、愛花が抵抗するので後にしよう」
「後にもしないでください!」
「ハハッ、弱み握られるって大変ネ。で、維月サン? その娘のコトばっかだけど、そっちはどうヨ?」
「申し訳ないが、私は小学校から大学までずっと女子校だったからな。恋愛のれの字もないよ」
「自分の弱みは見せないってワケ。食えない人ネ」
「すまないな」と意地悪そうに微笑む維月に、ホンファもからかい甲斐を見出せず、手を上げた。
その一方で、会話に参加していない柳と瀬良は、個別の話題で盛り上がっていた。
「一応この前ね、それっぽい事は言ってみたのよ? 私達も来年にはどうにかって……」
「おお~~! それで、どう言ってたんですか?」
「『指輪を買いに行く時は一緒に行こう』って……」
「おお~~~~!!」
柳は彼氏である三船に対し、結婚の意思をそれとなく伝えた事と、その成果を話していた。結果は上々だったようで、瀬良は素直に喜んでいた。
こういった形で、年頃の女性が六人も集結した結果、その話題が恋愛関係に移るのは、不思議な事では無かった。とはいえ、明確に想いを寄せる相手がいるのは愛花と柳のみであり、彼女らが話題の標的となるのもまた、必然だった。
となれば、必然話はその恋愛感情の起点――馴れ初めに移る。
「というか愛花サンって……どうして滝本センパイにそこまでラブラブなんです?」
「あら、それは私も気になってましたわ」
「えっ!? ど、どうしてって言われても……」
「何も難しい事聞いてる訳じゃないッスよ。『この人いいなあ』って思ったきっかけというか、そういうエピソードがあれば聞きたいって話ッス」
「そっ……それは……」
愛花は維月の方を見た。彼女は首を横に振り、『話すかどうか、決めるのは君だ』と囁いた。
愛花と純。彼らの始まりは、話せば少し長くなる。その上この賑やかな空気に冷や水を浴びせるような話をする必要がある。維月は概ね事の詳細を知っているものの、最終的にハッピーエンドに収まる事も知っている為か、話自体は止めず、あくまで愛花自身の意志に任せるつもりのようだ。
「あの……長い話になるんですけど……良いんですか?」
「私は別に構いませんが……」
「ふむ……そうだ、長くなるのなら、折角だ。柳さんの話の方も聞きたい」
「私……ですか?」
「アッ、アタシもそれ知らないワ」
維月の言葉にホンファが乗っかった事で、話の中心が柳へと一時的に移った。
「心の準備ぐらいは要るだろう?」
「あっ……ありがとう、ございます……」
維月からの助け舟だったと知った愛花が、彼女に小さく頭を下げる。幸いにも、彼女たち二人のやり取りには誰も気付かず、柳と三船の馴れ初め話が始まった。
出会った時の彼が実家を嫌悪していた時の事、祖父の葬儀から弓道部で親交を深め、彼女の高校の卒業式で告白され、付き合い出した事。
出会いこそ少々特殊だったが、それ以外には特別変わった事もない、只学校の先輩と後輩の恋愛関係。だが、ファミレスでライトミールとドリンクのお供とするには、それで充分だった。
十数分ほどの話が終わった時、瀬良が呟いた。
「素敵な話ですわね」
「瀬良、貴方は聞いた事があったでしょう」
「何度聞いても良い話は良い話ですわ」
「ですです。美男美女の話は健康に良いモノッスよ」
「び、美男美女って……」
柳が眼鏡の位置を直す振りで目線を下げる。
「さてさて、良い話が聞けたトコロで……愛花サンのお話に移ってもらっていいッスか?」
「は、はい……!」
愛花は脳内で、『するべき話』『避けるべき話』『避けるべきだがしなければならない話』の選別を終えていた。
問題があるとすれば、初手からして『避けるべきだがしなければならない話』をしなければならない事だった。
「えっと……その前に何ですけど。実は私、今の苗字『山崎』は八歳からの苗字で……今の両親は、生みの両親じゃないんですよね。生みの親はえっと……事故で亡くなってて……」
そう言った瞬間、維月以外の表情が曇ったのが見えた。
「あの……もしかしてワタシたち、辛い事を聞こうとしてました?」
「あっ! いやいや、気にしないでください! 私はもう、ちゃんと折り合いはつけてるし、何より今の家族だって大好きですから!けどまあ、純との最初を話すなら、この話はしなきゃいけないんですよね」
愛花は一つ深呼吸をしてから、自分と純の出会いを語り始めた。女子会の空気を壊さないよう、極力重い部分はぼかしつつ。
*
愛花は思いだしていた。それは一ヶ月前。純と同居――彼に二十四時間警護される事となったあの日。支部長の宮村から聞かされた話を。
『お前も察しはついてると思うが……お前の両親は、事故や強盗に殺されたとか、そんな優しいモンじゃねえ。お前の――お前の『因子を狙ったアーシェラに殺された』』
十年前に亡くなった彼女の実の両親について。愛花はその死因をよく知らなかった。覚えていることと言えば――今思いだしても気分が悪くなる程の、凄惨な経験だけ。しかし、それもアーシェラによるものだと聞いて、納得した。
同時に思った。どうして自分が、こんなにも危険な連中に狙われなければならないのか。どうして実の両親だけでなく、誰より大切で大好きな幼馴染まで危険な目に合わなければならないのか。
もう二度と、亡くしたくないのに。大切な人の血なんて、浴びたくないのに。
だが、今の彼女にはどうすることも出来ない。こみ上げてくる無力感と喪失の恐怖を胸に秘めながら、愛花は社会性というフィルターに覆われた過去を話した。
今から綴られるのは、女子会という場で彼女の口から語られたそれから、一切のフィルターを取り除いた話になる。それを知るのは、当事者である純を除けば、維月やアキラなど、ごく数名だけ。彼らが純に対し、掛け値の無い尊敬を抱くに足るだけの話。
彼女が体験した凄絶な喪失。それを体験した彼女に対する、逃げ場の無い身勝手な攻撃の数々。そして――そこから彼女の心の全てを守り、救い抜いた勇者の話。
これは、『一ノ森愛花』が『山崎愛花』になるまでの話。純粋な少年の手によって『愛の花』が咲き誇るまでの物語。