↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MUD_BRAVER  作者: 笑藁
五章 鏡と硝子
65/98

私が返せるもの

 週末、アキラと維月と週末を過ごした純。

 再び迎えた月曜日、彼は先週末よりは肩の力を抜いて訓練を――していなかった。


『センパイ……飽きもせずまた地獄戦域(ヘル・フィールド)』ッスか?』

「仕方ないじゃないか……白峰もホンファもまだ治療中なんだ。これぐらいしか訓練にならないんだよ」

『筋トレしてりゃあいいじゃないッスか。今なら全部の器具空いてるでしょ?』

「そっちはもう、朝に充分やった。それより今は……二人抜きを目指すのが先決だ」


 午前も終わり掛け、という頃。金曜日と変わらず純は最高難易度シミュレーター『地獄戦域(ヘル・フィールド)』に挑んでいた。

 スコアは相変わらず、一人抜きが限界。しかし、純の中に諦めるという選択肢は一切無かった。

 これまで己を鍛えてきて、超えられそうにない壁など幾らでもあった。そもそも純は戦闘の天才でも何でもない、平和憲法を持つ国で生まれた一青年に過ぎない。そんな彼が白峰悠さえ一目置く戦闘者となったのは――決して拳を握る事を止めなかったからだ。

 師匠から与えられた修練は、厳しいなんてものじゃない。文字通り、『死ぬ程』辛かった。あの人の狙いの中には、恐らく死への恐怖心を麻痺させるというものもあったのだろう。

 あの人の真似をしようとは一切思わない。が、教えられてた事は今、血肉としてこの身に刻まれている。


『……もう勝手にして下さい。初めまーす』


 星野の投げやりなアナウンスと共に、目の前に人型の影が出現する。純は拳を構え、相手をまっすぐ見据えた。



 *



 昼休みとチャイムと共に、魔導協会の食堂には、職員達が集まっていく。

 チャイムから一分後には既に部屋の外まで列が出来、食券機に次々と銭が投入されていく。

 やがて食堂の席は埋まっていき、一部余った者達は近くのラウンジで食べる。

 更に余った者、或いは弁当を持ち込むなどして食堂を利用しない者は、空いている会議室を自由に使ってもいい。

 純は昨日まで食堂を利用していたが――今日からは、会議室で昼食だ。


「あれ? 滝本じゃないか。今日は食堂じゃないんだ」


 純が入った会議室Cには、既に先客がいた。

 三船聖司――先の戦闘でもチームの指揮を執った、戦闘支援のエキスパート。彼の隣には当然とばかりに柳夏果がいた。

 普段食堂を利用する純が、トレイを持たずに来たことに疑問を呈する三船だが、疑問(それ)があるのは純も同じだった。


「三船さん。怪我はもういいんですか?」

「うん。僕はほら、後衛だから。元々東条さん達より軽傷だったんだ。だから土日ゆっくり休めば――痛たたっ!」

「嘘ばっかり。まだ身体を動かす訓練は様子見だって言われたでしょ」


 腕白な弟を窘めるように、柳が眉をひそめている。

 どうやら脇腹の辺りを押されたらしく、三船は顔を歪めながら押された部位をさすっていた。


「寝てたってしょうがないんだ。身体も鈍ってるしね。それより滝本は?」

「俺は今日は弁当です。ほら」


 隣で「もう」と困り顔の夏果を置いて、純は三船に応えるべく弁当箱の入った包みを出した。それを開くと、運動部男子用と言わんばかりの大型二段弁当が姿を見せる。

 純も弁当の中身を知らされていない。愛花に嬉しそうな顔と共に手渡されたそれには、何が入っているのか。

 純は遠い昔、遠足の頃を思い出すように、二つの蓋を開けた。

 そこにあったのは、思わず目を見開いてしまう程見事な彩りがあった。

 主菜には米が進む豚の生姜焼きを、それによって茶色っぽくなることを防ぐように、副菜には鮮やかな緑黄色野菜を使ったおかずが。米はおかずの味を邪魔しないよう、少量のごまを振りかけただけのシンプルなものにしていた。

 総じて、主婦歴の長い純の母にも見劣りしない出来。愛花が料理が得意なのは百も承知だったが、昼飯にも一切の妥協が無かった。


「そのお弁当、山崎さんが作ったんだね。まだ高校生なのに……凄いな」

「ちょっと、私のお弁当じゃ不満なの? って言いたいけど……確かにすごいわね」


 愛花の弁当を賞賛する柳と三船。彼らの手元には、全く同じ弁当が置かれている。先の柳の口ぶりから、それが誰が作ったものなのかは明らかだ。

 彼らのそれは、愛花のそれに比べれば、色合いは確かに地味。しかし、それは具材に『和食』という統一性を持たせている為だろう。

 煮物を中心とした、健康に良さそうなおかず達。柳の実家が神社ということを考えれば、彼女にとってまさにお袋の味なのかもしれない。


「そうですね……。彼女の腕は良く知っているけど、思った以上に気合が入っていましたね」

「見た目もだけど、私が驚いたのはバランスよ」

「バランス?」

「ええ。私、大学で栄養学を学んでいたのよ。元々、協会(ここ)にも調理師志望だったんだから」

「そうだったんですか」

「ええ。滝本くんが昼にも訓練することを想定して、お肉を多めにしているんだろうけど……偏り過ぎないように、でも量が多すぎないように考えているのが分かるわ」


 愛花の弁当。そのおかずの内訳は、豚の生姜焼き、ほうれん草の胡麻和え、卵焼き、かぼちゃの煮物、ポテトサラダ。一段目の左半分を生姜焼きが、もう半分には四つのおかずが詰められていた。弁当のサイズが大きい為、四つ詰まっていても一つ一つは二口分はある。

 かぼちゃの煮物とポテトサラダは、昨日の夕食に出たものだ。弁当に入れることを計算して入れたのだろう。


「私はまだ、あの子の事はよく知らないけれど……これを見れば、あの子が貴方の事を大切に思っているって分かるわ」

「……そう、ですか」


 純は静かに手を合わせてから、卵焼きを一つ摘まんだ。

 歯で押し潰すとフワリと崩れ、優しい出汁の味が口一杯に広がった。


「……そうですね」


 純はそれだけ呟くと、何も言わず食事を始めた。

 一口一口ごとに、愛花の顔が浮かんでくる。

 彼女への感謝の念と共に、純は夢中で食事をした。



 *



「ん~~……」


 昼休み明け。愛花はスマホを片手に、ラウンジで唸っていた。机の上にはペンとノートが置いてあり、開かれたページには、今日と明日の献立が書いていた。


「あら、愛花さん」

「あっ、瀬良さん」


 彼女の前に現れたのは、東京支部オペレーターにして、金髪美人の柏木瀬良だった。


「何かお悩みですか? 私で良ければ、相談に乗るくらいは出来ますが」

「あっ、はい。その、実を言うと……」


 愛花は瀬良に、机の上のノートを渡した。瀬良はページをパラパラとめくり、それが献立帳であることを察知した。今しがた愛花が開いていた以降のページは、今週分以降は白紙だった。


「これは、作り始めですか? それとも、二冊目ですか?」

「まあ、二冊目と言えば二冊目ですけれど……実は……純のお弁当をこれから毎日作ることにしたから、それ用に献立を作り直そうと思ったんです。とりあえず急ぎで今週のものは立てたんですけど……来週からはもっと色々考えたいなって思いまして。向こう一か月分、今のうちに決めておこうかなって」

「愛花さん……凄いですわね……」


 彼女の献立表は、単に朝昼晩のメニューが書いているだけではない。ページの下半分は、栄養価に関する彼女なりの考えもしっかりと記されていた。平日はエネルギーになるように、カロリーが高いものをメインに置く。栄養価の高い卵等は可能な限り使いたいが、飽きが来ないよう、味付けと調理法を都度変えていく。

 今手に持っているスマホで、料理について調べていたのだろう。書きかけのページにも、思案の跡があった。


「健康志向もそうですが、必要充分なカロリーを確保した上で、食材や調理までかなり練られています。料理は愛情と言いますが……ここには、愛花さんの滝本さんへの愛が、溢れていますね」

「そ、そんな……愛だなんて……私はただ、これぐらいしか出来ないからやってるだけで……」


 愛花がこれ程までに料理に熱を入れる理由。それは、『愛花を護る』為に文字通り命懸けの純に対する、彼女なりに恩返しだ。胃袋から男を落とす、という目論見もゼロではないが、今の彼女は、純が自分の料理を食べて美味しいと感じ、それを糧に頑張る事。それだけで、彼女はどんな苦労も手間も一切惜しまず、料理に精を出せる。


「他にもっと、純の役に立てるものがあればいいんですけど……けど、今私が返せるのは、これぐらいですから」


 愛花は照れ笑いを浮かべながら、瀬良から返された献立帳をギュッと抱きしめた。恋する乙女そのものと言った表情に、瀬良も釣られて笑顔を浮かべた。


「ウフフ……大丈夫です、愛花さん。貴方はきっともう、滝本さんに沢山の幸せを与えている筈です」

「えへへ……だと良いんですけど」

「私が保証しますわ。もし万が一滝本さんがその幸せが分からない人なら……」


 瀬良の笑顔が、言葉の途中で途切れる。笑みは絶やさぬまま、瀬良の声色が俄かに低くなった。


「……あら。想像しただけで腹立たしくなってしまいましたわ」

「せ、瀬良さん……?」


 黒いオーラを纏う瀬良に、愛花は若干身を退いた。

 瀬良は普段から理知的で、感情を露わにすることは余りないイメージだった。が、今の愛花を思った時の怒りから、内心では意外と感情的なのではないか。愛花はそう思うようになっていた。

 その時、彼女の脳内に、『夢』の一部が過った。

 純の生体反応が弱くなっていると、慌てて彼に逃げるよう命令する瀬良の声。

 夢の筈なのに、それを思い出すと妙に怖くなる。

 愛花はブンブンと首を横に振ると、少し荒っぽく献立帳を開いた。


「愛花さん?」

「いえ、ちょっと。なんていうか……今から気合を入れて、頑張ります」


 愛花はノートに向かい、再び献立を考え始める。まるで、悪夢を頭から消し去るように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。