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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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『地獄戦域(ヘル・フィールド)』とオーバーワーク

 前方から迫り来る青い炎を身を捩って回避した。炎は後方の壁に激突すると破裂音と共に無数の小さな炎に分割された。

 再度青い炎が、前方から射出された。拡散された炎と一つの大きな炎。二種類の炎によって逃げ場を防ぐ。自分の能力をよく理解した、考えられた戦い方だ。

 これが()()()()()()()()()()()だというのだから、魔導協会の技術も凄まじい。

 緊迫した戦況に置かれながら、滝本純はそんなことを考えていた。

 しかし、どうやって凌ぐのか、純にはもう考えついている。前方からくる大きい炎を先程と同じように回避。彼の移動先には、分割された青い炎が迫っている。

 小さいものと言えど、青い炎は当たればただでは済まない。

 あの青い炎は、完全燃焼された炎だ。一万度を超える超高温のそれは、まともに喰らえば一発でも危険極まる。

 その炎に対して純は――パイル射出時の反動で加速、振り切る形を取った。プログラム上の敵手が、息を呑んだような気がした。純の加速に、新たに青い炎を打ち出して対応しようとするも、遅い。純のパイルが、敵手の左胸に拳大の大穴を穿つ。プログラムの敵は、人間のようにガクリと崩れ落ちてから消失した。

 勝利を飾った純は、その場で大きく深呼吸をする。

 休んでいる暇は、ない。


『一体目、撃破。それでは二体目を投入します』


 オペレーターである星野のボイスと共に、更なる人影が出現した。三メートル程離れた位置にいたそれは、作戦も何もなく、いきなり純に迫り来る。もしもあれが生身の人間なら、愉快そうに笑っていたのかもしれない。

 巨大な剣を振り上げ、それを軽々と振るう。西洋のロングソードにしては大した速さだが、純なら見切れる。何故なら――


「白峰の剣に比べれば、まるでうさぎと亀だ」


 切り返し時の隙を突いて、懐に潜り込んだ。そのまま、先ほどとは逆の手を胸に当て、パイルを打ち込んだ。


「いける……!」


 純は、自分の戦闘力に確かな手応えを感じていた。

 廃棄区画での戦闘から一夜明けた。理由は不明だが、身体的に一切無傷な純は、今日からでも訓練を行うことを許可された。

 しかし、東京支部側の損害も大きく、あの戦場に出撃した者のうち半数は今やベッドの上だ。

 聞いた話だが、本部から新型の治療器具が二台届いたらしく、比較的負傷の軽い東条と、逆に最も重症な悠が最初に利用している。効果は想像以上に高かったらしく、東条に至っては何と三日後には復帰可能だとか。

 とはいえ現状、戦闘訓練に付き合える者がいないので、純はシミュレーターによる訓練をしていた。彼がいま挑戦しているのは、『地獄戦域ヘル・フィールド』という物々しい名前のシミュレーター。その実態は、まさにその通り『地獄』の超高難易度シミュレーターだ。何でも、過去に出現したアーシェラの魔術師をデータから再現しているらしく、並の魔術師では一人目を倒すことすら到底無理なものだ。記録によれば、悠でも五人が限界だったという。

 しかし、それほどの高難易度シミュレーターに挑戦しながら、純は何処か高揚感を覚えていた。

 何故かは分からないが、昨日より確実に身体能力が向上している。純自身の成長というよりは、魔導因子による身体強化の作用が強化された、といった感じである。

 心当たりとしては、愛花が起こした異変しかない。

 死亡した筈の純を、彼女が何かしらの能力で蘇生させた。それが何かしらの作用を起こし、純の中にある愛花の魔導因子の出力も向上した、というのが彼の推論である。

 実際のところは何も分からない。それに、『蘇生出来るから大丈夫』ではない。何しろ、自分の復活と引き換えに愛花の心臓が一度停止したのだ。今回は数秒で復活したらしいが、次以降もそうとは限らない。

 自分が致命傷を負えば、その代わりで愛花が死ぬ。それだけは絶対に許されない。

 だからこそ、純はより一層訓練に打ち込む。現在の東京支部の戦力は、平時の七割を下回るはず。今アーシェラが来れば、愛花の安全はそれこそ自分に掛かっている。

 今の自分では、到底足りない。もっと、もっとだ。

 二人目の敵の心臓を撃ち抜いた純は、その茶色がかった瞳に、強大な意志を宿し続ける。これで二体目。最高記録だ、と。

 そう思った矢先――相手が、自分を突き飛ばした。


「なにっ……!?」


 心臓を貫いてなお、動ける敵。昨日交戦したコルナードというアーシェラを思い起こす相手だが、実態は違う。

 目の前の相手。その元となった人物の名は、『ヴァルター・ウェインライト』。剣を破壊しない限り蘇生する、白峯悠さえ苦労した強敵。

 そして必殺の一撃が効かない相手は、純にとっての天敵である。


『訓練終了。記録、一体』


 気が付いた時には、既に斬られていた。

 純は地面に座り込み、大きく息を吐いた。

 結局、一体だけか。

 朝九時から現在、昼一時まで。四時間もの間、純は一切の休憩無しに戦い続けていた。厳密に言えば、水分補給こそしていたものの、食事やベンチに座って一息つくというようなことはしていなかった。

 明らかなオーバーワーク。並の体力なら二十分でも疲労困憊になる全力の戦闘を、四時間連続。純でなければとっくに倒れている。だからこそ――


『いい加減にしてくださいッスよ、滝本センパイ!!!』


 オペレータールームで監督していた星野芽衣は、完全にキレた。

 スピーカーから鳴り響いた突然の大声に、純はビクリと身体を震わせる。


『監視するこっちの身にもなってくださいよ! ワタシ今超~~腹減ってるんスよ、寝坊して朝飯抜いてきたから!!』

「それは星野さん自身の過失じゃ――」

『やかましいッス!! アンタのやってることは訓練じゃなくて、最早ただの自虐ッスよ!! カワイイ彼女の為に強くなりたいのは分かるッスけど、今更そんなスポ根精神流行んねェッスよ!! とりあえず一回休まないと、愛花さんに言いつけるッスよ!』

「待ってくれ、せめてあと一回だけやらせてくれ」

『ダメに決まってんでしょ!?!?』


 怒り心頭の星野に対し、申し訳なさはある。だが、それでも純は止めたくなかった。

 せめて、最高記録の二体撃破を達成するまでは。

 監視用カメラを真っ直ぐ見つめて懇願すると、星野は怒りを隠さないながらも再開の操作をしてくれた。


『あ~~も~~!! これで一体目もクリアできなかったら、もう今日はアンタのシミュレーター使用の権限、取り上げるッスよ! 良いんですね!?』

「構わない」


 立ち上がり、一度目を閉じて深呼吸をする。目を開けて拳を構えると、目の前にプログラムによる人影が現れた。

 今度こそ。

 そう思った矢先――純の身体を、幾つもの黒い光が貫いた。

 今回の敵は、『色彩の弾丸パレット・バレット』の能力を持つ難敵、『アレックス・シュレイド』のデータだった。


『訓練終了。記録、ゼロ体』


 先の言葉通り、怒髪天を突く星野により、本日のシミュレーター使用を停止させられた純は、やむを得ず訓練場を後にした。

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