四世王
魔導協会が知りえていない場所。
そこには、通話状態になったパソコンの前で、三人の人物が存在していた。
恐らくは会議室。しかし、そこに集まった三人は、何れも劣らぬ真正の傑物、或いは狂人たち。
配下の者達は、彼らをこう呼んでいた。
『四世王』と。
「……隊長さえ失った『新世界への引き鉄』は、解散とする。生存者については、快復次第また適当な任務に充てよう。俺からの報告は以上だ」
作成した報告書を読み上げた後席に着いた金髪の男。
部下に犠牲者を出しながら、悼む気持ちを欠片も見せず、ただ事務的に処理している。
燃える炎を彷彿させる紅蓮の瞳と、汚れや傷一つない美しい顔立ちは、二次元に描かれた理想のヒーローが三次元に飛び出してきたかのようだ。背中に背負った、只の片手半剣さえ、あたかも邪悪を滅ぼす聖剣に見える威厳を湛え、腕を組んでモニターに視線をやっている。
ジェラルド・バーンスタイン。『純正英雄』と呼ばれる男。
「それにしても……だ。メルツェルは何処だ?」
「あの男が時間通り来るわけないでしょう。また何処かでお楽しみなんじゃない? それより――」
この場にいる唯一の女が、クスクスと笑いながら立ち上がった。
「次は私ね。ねぇ、エルシア。私、一刻も早く話したいことがあるの」
椅子から立ち上がるという、ただそれだけの動作だが、どれ程低能でも彼女が高貴な身の程と察せるだけの気品を放っている。
『CGで作り上げた理想の美女』と言われても信じられる顔立ちに、赤子に匹敵するハリを持つ肌。紫水晶が如き極上の色彩を誇る長髪を揺らめかせながら、自慢をするように語り始める。
「今月の収支の話をするわ。この間、さる製薬会社が発表したことを覚えているかしら。あれのお陰で、中々いい感じに儲けさせてもらったわ。聞いて驚きなさい、ざっと十億飛んで二千万ドルの儲けよ」
眼で『褒めて』と訴え、スピーカーに聞き耳を立てる女。
基本的に公には顔と名前を知られていない『四世王』だが、彼女だけは例外。
彼女が口を開き、指を動かせばそれだけで何百億ドルという金が動く。彼女が投資した企業は後に必ず株価を高騰させ、所有した不動産は驚異的な価値を有するようになる。世界経済が、彼女一人によって動かされていると言っても過言ではない『罫線表の女神』。
その正体は、『女王蜂』の異名を持つ四世王が一人、マリア・ブラームス。
『流石だね、マリア。君の手腕のは毎度驚かされるし、我々がここまで拡大出来たのも君のおかげだ』
スピーカーから拍手と共に賞賛の声が響くと、マリアは自らの身体を抱いて歓喜に打ち震えた。
「ふふふ、当然でしょうエルシア。私がしたいのは、貴方の望む未来を叶える為の助け。その為なら何億、何兆ドルでも貴方に捧げて見せるわ」
「口と股を開けば、金を吸い寄せられる。随分と楽な人生だな、あぁ羨ましい」
「もう、セルゲイってば。相変わらず憎まれ口ばかりなんだから」
彼女の隣で、忌々し気に顔を歪める『圧殺者』セルゲイ。辛辣な皮肉をぶつけられ、しかしマリアは笑顔だった。彼の首に腕を回し、耳元で囁いてやる。普通の男では、決して逆らえぬ『呪文』をその声に乗せて。
「構ってほしいなら、今夜アナタの部屋に行ってあげるわよ? 同じ志を持つ仲間なんだし、特別サービスしてあげるわ」
「触れるなよ、年増。羊水の腐った匂いを落としてから来い」
「年増って……。同い年でしょ、私たち」
つれなさに小さく頬を膨らませて、マリアは席に着いた。
『三人とも、報告をありがとう。皆、ちゃんと働いてくれて助かる。僕一人では、到底末端の管理まで手が回らなくてね。それで、報告なんだけど……』
「深化の花が蕾をつけた、と言っていたな。ということはつまり――」
『うん。大まかな居場所が特定できたよ。彼女はまだ日本にいる』
エルシアの言葉に、セルゲイは歯を剥き出して笑い、マリアは舌なめずりをし、ジェラルドは目を閉じた。
「移動中に察知されるのを恐れて、あまり大きな距離を移動しない。結局お前の予想通りだった訳だな、エルシア」
『それか、最も規模の大きい本部へ移送されたかのどちらかだと思っていたよ』
「でも、日本だけじゃあ何処か分からないわ。日本は東京・大阪・博多の三か所に協会の支部があったはずよ」
『それについてだけど、僕としては東京にいると思うな』
「その根拠は何だ?」
『なに、簡単なことだよ。移動したと見せかけてその場に留まらせる、というのは遠方へ移送するより効果的な場合もあるからね。彼らが執り得る手としては、妥当だと思う。それに、日本で最も強力なのは東京支部だ。あそこの練度は本部に勝るとも劣らないし、実際僕らも手を焼かされているじゃないか』
「……確かにな」
エルシア自身は予想を言っているだけなのだが、それらは実際の所、寸分違わず正解だった。
彼の論には、さしもの三人も懸念材料がなく、一様に納得していた。
「それで、どうする気だ? 東京支部にいる可能性は高いが、万が一を考えて全ての支部を攻撃するか?」
『それについては、また少し考えるよ。もう少し情報が欲しいし、動かす仲間のことも考えないといけないからね。さしあたって、二週間後には作戦開始と行きたいね』
「二週間後、か。あぁ……奴らの死に様をこの眼で見れんのが残念だ」
ため息を吐きながら、セルゲイは懐から葉巻を取り出した。ジェラルドが睨んでくるも、それもどこ吹く風という表情でライターを取り出し、火をつける。葉巻の先端から紫煙が上がった瞬間――――――突如、セルゲイの眼前を、常人の知覚では補足出来ない速度で、何かが通り過ぎた。
本来なら喉に来るはずの主流煙が来ず、それどころか新品の葉巻の先端が見えない。そして、前方には自身を見下ろすジェラルドの瞳。何をされたか理解し、彼は憤怒を滾らせながら分かり切った事を訊く。
「何のつもりだ」
背中に背負った片手半剣で、セルゲイの葉巻を鼻先一ミリの場所で切り裂いたジェラルドは、セルゲイの圧力に屈することなく言った。
「会議室は禁煙だ」
アーシェラ最強の男二人の視線が交差し、会議室内の空気が絶対零度まで冷え切る。
そもそも、『世界の正義』を至上とするジェラルドと、『己の快・不快』だけが行動指針のセルゲイは、余りにも相性が悪すぎる。もしもエルシアが共通の目的を与えていなければ、想創術無しでも殺し合いを始めるような間柄だ。
マリアはため息を吐きながら、パンパンと手を叩いて仲裁に入る。
「あ~~もう二人ともやめ――」
「何だよ。随分楽しそうじゃねェか、オイ」
刹那、三人は強烈な気配を感じた。
百人の殺人鬼を集めても、到底及ばない強烈な『殺意』。彼らが知る限り、世界で最も狂った男が、扉から姿を現していた。
身長2m近くの巨体は一目見ただけで『筋肉の鎧』と形容する他なく、それでいてシャツから覗かせる筋肉は何処か彫刻のような機能美を持っていた。メタリックブルーの瞳は濁っているのか澄んでいるのか、どちらともとれるような輝きを宿している。
「けど、今殺り合うのはよくねェな。『封印』されているうちに殺されちまったら、せっかくの楽しみが台無しだろうが。特にセルゲイ、テメェは近接型じゃねェから、想創術無しじゃ勿体ねェだろ」
あくまでも自身の愉しみのため。その為に喧嘩を仲裁した男。しかしその説得は功を奏し、両者は矛を収めていた。
「貴様のいう事を聞くわけじゃないが……本気で殺そうとした訳では無い。……心情的には今すぐ切り捨てたいがな。貴様もろともな、メルツェル」
「ヒヒッ、別にいいぜ。テメェなら生身でも大歓迎だよ、ジェラルド」
狂気的な笑い声を漏らしながら、遅刻に対する詫びは一切なく席に着いた。
セルゲイとジェラルドに比べ、口調そのものは穏やか。しかし、その傍若無人さはセルゲイに勝るとも劣らず。その上マリアに匹敵する快楽主義者。もしもまかり間違って戦い始めようものなら、彼か相手の一方が死ぬまで終わらせることは出来ない。その上、生身での戦闘力が完全に人間を辞めているのだから、彼ら三人であっても今は腫物を扱うかのような対応をするしかない。
『死上最幸』メルツェル・ウィンズゲイト。彼の到着により、この場に四世王全員が集結した。