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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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生きている現実

 一度建物の中に入ってから気が付いた。戦闘音が何もしない。ということは、戦闘自体は決着しているのだろう。

 皆は無事だろうか。その確認もしたい。ただ、向こうも自分が蘇生したことを知っているだろう。その説明は自分にも出来ないが、報告は必要だ。通信を呼び掛けた時、すぐに瀬良が対応した。


『滝本さん!? あの、これはどういう……』

「いえ、俺にも分からないんですけど……とりあえず俺は大丈夫です、怪我一つ無いです」

『そうなんですか……。いえ、それも大事ですけどそれ以上に大変なことになってるんです!』

「……何かあったんですか」


 取り乱した様子の瀬良。純としては戦闘員の誰かしらが危険な状態といった事を覚悟していたのだが、彼女の口から発せられたのは――純からすれば――それを遥かに凌ぐ一言だった。


『愛花さんが意識を失くして……心肺が停止しています』



 *



「えっとつまり……どういうことだい?」

『だから、死んだはずの滝本さんが生き返ったと思ったら山崎さんが心臓止まって倒れたんスよ! というか、こっちもどうなってるか分かんなくて――ってちょっとォ!? 滝本センパイ、勝手に動いちゃダメっスよ!』


 三船が全体の状況を確認した所、全く未知の事態が発生しており、オペレーター側もそれを把握していないので誰も事の詳細を把握していない。結果、現場は混沌と化していた。

 星野の反応からすると、純が話を聞いた事で飛び出し、協会に戻ろうとしているようだ。

 確かに魔術師の移動速度なら、自動車を使うより速い。しかし、人気のある場所ではアーシェラ出現などの緊急時を除いて魔術師関連の能力の使用は禁止されている。

 更に、ここから協会まではそれなりに距離がある。ここから協会まで真っ直ぐ行こうものなら、確実に目撃される。星野が通信上で制止するが、一向に聞かないらしい。


「あ~~星野さん。山崎さん関連になったら、純は誰にも止められねえよ。今から追い付こうったって、全員少なからず負傷してるから無理だ。要するに……詰んでる」

『詰んでるって言われてもとりあえず止めとかないと私らまで処分されるっスよ! だから声だけは掛けます! 滝本センパ~~イ、止まってくださ~~い!!』

『うるさい!!』

「今、うるさいと言ったな……」

「言いましたね……」


 東条と悠も今の言葉で完全に察したらしい。

 四人はそれぞれ顔を見合わせてため息を吐いた。



 *



 四十分かけ、建物の屋上や屋根伝いに疾走するという荒業で純は協会へと戻ってきた。全快していた体力を使い尽くし、息を切らしながら医務室へと歩いていく。

 何度もオペレーターに制止されたが、全く聞く耳を持たずに走ってきた。後で処分を受けることは確実だが、今はそんなことどうだっていい。

 医務室の扉を開けると、そこにはベッドに横になって目を閉じている愛花と、傍らに立つ瀬良の姿があった。


「柏木さん……愛花は……?」

「脈も呼吸も、あれからすぐに戻りました。身体検査も行いましたが、何処にも異常は見当たらず。芽衣さん達から聞いてませんでしたか?」

「急いでいたので……聞いていませんでした」


 途中から星野の呼びかけは『愛花は大丈夫だから止まれ』という主旨になっていたのだろう。これ以上なく焦っていた純は、それを聞き逃していたようだ。


「こうなったのは、多分……」

「ええ。滝本さんが蘇生したことと何等かの関連があると思います」

「柏木さんも、そう思いますか」


 純も分かっていた。自分の蘇生と入れ替わりで愛花が倒れた。それに愛花が持つという『能力』のことを考えると、――意識してかどうかは不明だが――その能力を使って純を復活させ、その反動で倒れたのだろう。

 今回はすぐに息を吹き返したから良かったが、次同じようなことがあったら――その時は、本当に愛花を死なせてしまうかもしれない。

 ()()()()()

 愛花は寝ている。何事もなかったかのように、穏やかな表情で。


「滝本さん。私は業務に戻ります。まだ皆さん、帰って来ておりませんので」


 瀬良が医務室を出ると、純は愛花の右手をそっと握った。

 温かい。ちゃんと生きている。だがそれでも、不安を拭いきれない。

 目を覚まして、またいつものように笑顔で名前を呼んでくれなければ安心出来ない。

 滝本純は、山崎愛花の笑顔を守るために生まれてきた。そんな自分が愛花を殺したなら、一生自分を許せなくなる。

 そんな祈りを込めて、強く手を握ると――愛花の身体がビクリと震えた。

 その反応を察知して顔を上げると、そこには困り笑いを浮かべた愛花の顔があった。


「どうしたの、純? そんなに手握られたら、ちょっと痛いよ」


 痛いという抗議をしながら、まるで嫌がる素振りを見せない。

 間違いなく、いつもの愛花だ。


「愛花、大丈夫なのか? 何処か痛いとか、苦しいとかはないか?」

「? 大丈夫だけど……ってあれ、そういえばここって何処? え、医務室!? 何で!?」


 身体を起こし、周囲を見渡して驚愕する愛花。その様子からすると、どうやらさっきのことを覚えていないようだ。覚えていれば、まず純が目の前にいることに驚くはずだからだ。

 だが、その姿は、健康そのもの。純は目頭を熱くしながら、愛花を抱きしめた。


「え、えぇ!? ちょ、ちょっと純!? 何、どうしたの本当に!」


 突然の事態に、瞬間的に顔を耳まで赤くした愛花。それもお構いなしに、純は無言で愛花を抱きしめ続ける。


「ね、ねぇ純。今日のお仕事、離れた所に行ってたんだよね? もしかしてそこで何かあった?」

「いや。俺は大丈夫だ」

「いやいや大丈夫じゃないよね!? じゃなきゃ、こんな……」


 愛花は純の首に手を回して、独り言のように呟く。


「……嫌な夢を見たの。純が無理して戦って、それで……」


 愛花の腕に力が入る。純はすぐにその内容が、先ほど起こっていた『現実』の事だと理解した。

 あれが現実だということを純は言わずにいた。そうだと知れば、自ずと自分の力の事にも気が付いてしまう。アレはどういうものなのか分からない上に、愛花自身の身に危険がある。

 命を懸けるのは、自分だけでいい。

 純が黙っていると、愛花は耳元で囁くように言う。


「だから……もっと強く抱きしめて。今貴方が生きているのが現実だって、私に教えて」


 普段の愛花からは考えられない、色を宿した声に純の心臓が跳ねる。

 迷いは感じたが、純は言われたままに腕の力を強めた。

 今愛花が生きているのが現実だと、自分ももっと実感したかったから。


「出来たら、ずっと……」


 この後に彼女が呟いた事を、純は聞かなかったことにした。認識すれば、これ以上を望んでしまうから。

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