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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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 コルナードと相討ちとなった純は、ビルの四階から落とされた。魔術師の強化された肉体ならば、この高さなら着地の際に足が少し痺れる程度。だが、今はそれも寿命を縮める一助となる。コルナードとの殴り合いで既に瀕死だった彼は、最後の一撃を受けて確実に死に向かっていた。既に痛覚は鈍りつつある。

 だが、まだ彼は諦めていない。折れた左腕は動かせない。拳が砕け皹の入った右腕一本で立ち上がろうとする。無理やりに言う事を聞かせ、右膝を立てる所まで成功した。が、直後異様な音と共に再び地面に縫い付けられる。両腕が折れ、大地に立つ手段を失くした純には、最早芋虫のように地を這う他無かった。地に胸を打った衝撃で吐血し、再び身体の感覚が鈍化する。血は降りしきる雨に流されていく。

 視界は壊れかけのテレビのように明滅し、雨のせいとは何故か思えない異様な寒気を覚える。

 初めて覚える感触だったが、はっきりと理解した。これが、死ぬということだと。

 耳元の無線から何か聞こえるが、その内容は分からない。

 だが、無線が生きているだけ幸いだ。


「ま……な……か……ごめ……ん」


 最後の灯を使い、唇と声帯を動かす。一言でいい、それだけ言えれば、それでいい。

 今まで見てきた様々な光景が脳裏を高速で通り過ぎていく。幼い頃の記憶、アキラ・維月・山崎家との出会い。そして、愛花との出会いと過ごした日々。忘れられない逃避。師による地獄のような鍛錬。

 思い起こされる記憶を眺めながら、最期の言葉を絞り出した。


「でも……な……笑って……生き……」


 視界が完全にブラックアウトしたと同時に、言葉を発することも出来なくなった。もう何も感じず、聞こえない。

 最後に、己のことを思い返す。

 最後まで卑小で無力だったが――彼女を守れただけ、良くやった。

 自ら十字架を背負った青年は、死の一秒前で、自分を褒めてから死んだ。



 *



 滝本純の死亡。それを知った時、通信室は静まり返った。それも当然のことだろう。東京支部はこれまでアーシェラとの戦闘で一人の戦死者も出していない。その上、支部長を除けば全員が最長年でも二十代半ばの若者となれば、知人の死を通告されれば絶句は必至。

 時が止まったように誰も話さず、動かない通信室で、一人だけ通信機の前でフラフラと立ち上がる者がいた。


「……めない」


 山崎愛花は、瀬良の手から通信機を奪い取っていた。

 そもそも彼女は、アーシェラとの戦闘が始まった時に部屋を出されている。前線で仲間が傷ついていくのを見続けるのは負担が大きいと感じた支部長の判断だった。が、どうしても気になった彼女が扉に聞き耳を立てた所、生体反応が消失しかかった純に呼びかける瀬良の声が聞こえてしまった。

 そして衝動で部屋に飛び込み、無理やり通信に割り込んだ時――純の遺言を聞いた。

 それを聞いた瞬間地面に崩れ落ちた愛花。どうにか立ち上がったという様相だが、その顔だけは何か違っていた。

 あれ程慕っていた人が死んだにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()

 先程零した呟きを、今度は平時と変わらぬ声量ではっきりと述べた。


「そんな最後の言葉、認めない」

「愛花……さん?」


 そこにいた誰もが思った。愛花は、純の死を認められないのだと。

 だが、それが完全に誤りではなくとも正解では無い事を示す言葉を彼女は紡いでいく。


「最後なら、せめて感謝の言葉を遺して。謝られなくちゃいけないことされた覚えはないのに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないの。ううん、そもそも――」


 あるいは現実逃避だったのかもしれない。それでも、彼女は確信していた。


「純は、約束を破らない」


 純の死を認めていないのではない。そもそも死んでいない、死なないと信じ込んでいる。

 瀬良の額に冷や汗が浮かぶ。あまりにも冷静な愛花の姿もそうだが、本気で彼の死を信じていないのも恐ろしい。

 一時的な錯乱状態。そう判断しようとした時――


「あの、瀬良さん。これ……」


 星野芽衣が、画面に指を差して瀬良を呼ぶ。彼女が差していたのは、レーダーに映る黒くなっていた純のマーカー。


「えっ……!?」


 それが今、緑色――――正常を示す色に変化していた。



 *



 全身を打つ雨粒の冷たさに、意識が引き起こされる。

 身体は冷え、残暑の残る日頃にも係わらず震えが止まらない。

 いや、待て。そもそもおかしい。

 自分は明らかに死んだはずだ。外界を何も感じなくなり、意識を手放したはず。なのに何故雨の冷たさを感じるのだ。というより、死ぬ前に受けた致命傷の痛みは何処に行った。

 尽きぬ疑問を解消するため、閉じられていた瞼を開くと、とりあえず触覚が戻った理由は分かった。

 折れた筈の両腕が何事もなく動かせる。それどころか、容易に立ち上がれる。更に全身を見渡しても、何処にも負傷が見当たらない。戦闘服には壮絶な戦闘の痕が残されているものの、その下の肉体だけが戦闘前に戻ったようだった。


「どういう事だ……」


 いっそ先ほどの交戦が全て夢だったと言われた方がまだ納得しただ、どう考えても夢ではない。

 何も分からないまま、夕立の中立ち尽くす。今の純に出来るのは、それだけだった。



 *



「おや……」


 魔導協会の知りえていない、何処かの研究室。無数の機材とモニターで埋め尽くされたそこに、一人の男がいた。深い藍色の髪と純白の白衣が印象的な男は、片隅にある小さなモニターに目を向けた。

 何らかの数値を計測している機器のものらしく、心電図に似たものが移されている。しかし、通常その反応は常に一定で、仮に心電図ならばとっくに計測対象は死亡しているだろう。

 だが、この画面につい先ほど変化があった。僅かながら、一直線のグラフが上下に振れた。

 男はすぐに近くの受話器に手を触れ、連絡を入れる。


「念のために聞いておきたいんだけど、この辺りで『想創術』を行使した者はいるかい? ……そうか、それならいいんだ。時間を取らせたね、なに気にしないでくれ」


 穏やかに、幼子に語り掛けるように短く話した後、受話器を置いた。今度はPCに向き合うと、即座に何処かへ連絡を入れる。


「今、空いている者はいるかい? 君と……セルゲイだけか。分かった、じゃあマリアが来るまで待とう。彼女には僕から言っておくよ。え、何があったかって? ああすまない、説明を忘れていたよ。なに、簡単なことだよ」


 男は先のモニターを一瞥すると、無邪気な笑顔を浮かべながら答えた。


「『深化の花』が蕾をつけたみたいなんだ」

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