穢れ仕事
いじめられた理由は、考えるまでも無く分かった。三船聖司はそれほどまでに実家を嫌っていた。
父親は、毎日のように黒い服を纏った人々の元へ出かけていく。その人達は一様に暗い顔をしている。父は己の仕事に誇りを持っていると言ったが、一体何を誇るのか何も分からない。
法律にも、倫理にも違反していない。誰かがやらねばならないが、積極的にやろうとする者は少数。人によっては穢れ仕事とも言い、実際そうした謂れを何度も受けてきた。
三船聖司は、『葬儀屋』の一人息子だ。
*
十六歳のある日、彼は家に帰らなかった。友人の祖父が亡くなったという話を聞いた事で帰りづらくなったからだ。彼の祖父が亡くなったことと自分の家が葬儀屋であることは関係ない。だが、彼の焦燥しきった顔を見たことで、彼がこれまで無数に見てきた大切な人を亡くした人の顔が脳裏をスライドショーのように絶えず流れていた。今家に帰れば、それがより強く、鮮明なものになって耐えられなくなると思ったから。
父は優しく、暖かな人だ。自分に葬儀屋を無理に継がなくて良いと言ってくれる。ただ、葬儀屋を生業にしているという一点だけが嫌で、かつそれが暖かさを帳消しにするほどに嫌いだった。
日が落ちても、寺の境内に座り込んでいた。いつまでも帰らない訳には行かないが、腰が上がらない。
そんな時、彼の横に一人の女性が立った。
「どうしたの?」
綺麗な女性だった。緑色の長い髪と黒縁の眼鏡。制服から、自分と同じ学校で一つ上の二年生だと分かる。
「もう暗くなるし、そろそろ夜も冷え込むわ」
「それは貴方だって――」
「ここは私の家よ」
驚いた彼は、その人としばらく話をした。彼女――柳夏果――は、このお寺の住職の孫娘だった。幼稚園の頃に父親を亡くしてから、母の実家であるこの寺で暮らしているという。
「家に帰りたくないんです」
「御両親と喧嘩でもした?」
「いえ、ただ自分が勝手に帰りたくないだけです」
「それなら、私の家に上がりなさい」
「え、いやそれは――」
「ここじゃ寒いでしょ? また中で話しましょう」
そのまま流される形で家に上がり、彼女の祖父も交えて自分の話をした。家業の事、帰りたくない理由。全て話し終えた後、彼女は優しく語り掛けた。
「両親は好きだけど、家業がどうしても好きになれない。だから僕は、そのうち両親まで嫌いになりそうで、それが怖くて――」
「どうして嫌いなの?」
「だってそうでしょう。人が死んで、それで生きているなんてどう考えても穢れ仕事じゃないですか」
「……そうかもしれんのう」
柳の祖父が口を開いた。先ほどまでただ目を閉じ、黙って話を聞いていた彼の目には不思議な威厳が見えていた。
「では聞くが、お主は葬式が何の為に行われると思う?」
「それは勿論、亡くなった人を弔う為でしょう? 他に何が……」
「それは第一義だが、全てではない。葬式は『遺された人々が故人の死を受け止め、ちゃんとお別れをする為』でもあるのじゃ。人の死を食い物にするというのも、聞こえは悪いが間違いとは言い切れん。しかし、それは儂らも同じじゃ」
柳の祖父が寂しげな目で、彼から見て右に視線を向けた。そこは、墓地のある方角だった。
「お主、三船葬祭さんの息子さんじゃろ。あんたのとこには、儂の家内の時、それからこの娘の父親の時に世話になったわい。あんたの親父さんの言葉はよう覚えとるわ。『人はいつか死ぬ。だからこそ――』」
それを聞いた時、三船は思わずその続きを口にしていた。その言葉はいつも父が言っていた言葉だったから。
「『生きている人はその死を見つめて、胸に刻み、前へ進まなくちゃいけない』……自分の仕事は、その手伝いをすることだって、そう言ってました」
「その通り。お主が嫌がるのも分かる。直ぐにとは言わん。じゃが、もう少しだけ、お父さんと話をしてみたらどうかのう」
人に話すことで気持ちが晴れたのか、それとも実際に父の仕事に感謝している人を目の当たりにしたからか。何方かは分からないが、三船の心から帰りたくないという気持ちは無くなっていた。
「……分かりました。有難うございます。今日は帰ります」
「あ、ちょっと待って三船くん」
「はい、何か?」
「三船くん、今何か部活に入ってる?」
「いいえ、特には――」
「もしよかったら、弓道部に来ない? 私、そこで部長をやっているの」
弓道、か。
今まで興味を持った事もないその競技の名を小さく口にした後、小さな胸騒ぎを抑えながら微笑んだ。
「考えておきますよ」
この数か月後、柳の祖父は急死する。彼と話した時点で既に末期癌を患っていたらしい。
彼の葬式には三船も出席し、弓道部の先輩となっていた柳に対してこう言った。
『ちゃんとお別れしないと、そう思いましたから。ちゃんと見つめていきます、僕に出来るのはそれだけだから』




