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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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偽物の蛇と未熟の蛇

 三船の射かけた矢が、髪が変質した蛇によって弾き落とされる。他の蛇が蛇型尖兵(ザリオンを破壊した瞬間のアキラに襲い掛かる。意識をそこに向けていたアキラは回避行動などとれず、その身体を食い千切られる――直前に床から出現した金色の壁『金槌壁』に阻まれた。壁を作った東条に隠れていた蛇型尖兵(ザリオン二体が襲い掛かるも、冷静に身を翻して躱す。巨斧の重さ故にカウンターは敵わなかったが、この一連の攻防で敵を一体減らせたので、戦況は好転したと言える。


「よし、慎重に行くんだ。あれだけ派手な固有魔法なら、持久力は高くないはず。一人がアタッカーをして、後の二人がサポートする。アタッカーとサポートを霧島と東条さんのスイッチで行う」

「ああ、お前の援護射撃があれば安心して斧を振るえる」

「そうですね。この調子でいけば――」


 固有魔法を完全開放したミランを前にしたとき、身が竦む思いをした。しかし、現状それほど苦戦している訳ではない。率直に言って肩透かしを食らった。

 他の人たちは大丈夫だろうか。

 そんな念が生じたのは、勝てるという油断が出たからだろう。

 アキラは、オペレータールームへの回線を開き、彼女らに話を聞こうとした。その時だった。


『霧島くん? 柳だけど、何か――』

『これ以上の戦闘は許しません、逃げなさい、滝本純!』


 柳に繋がった途端、近くにいたであろう瀬良が声を荒げているのが聞こえた。その理由も、はっきり聞き取ってしまった。


「は? 純……?」

『状況は三船くんの通信を通して聴いているけど、何か異常があったの?』

「すいません、柳さん! 純が――純がどうしたんですか!?」


 頭の中が真っ白になった。あいつに――純がどうしたか。瀬良の声から推察出来る。冷静な彼女があれだけ取り乱すというのはつまり、そういうことだろう。今目の前の勝てそうな戦いより、親友そちらのほうが何倍も大事だ。


『……彼なら大丈夫。だから、今は目の前の相手に――』

「何が大丈夫なんですか! 瀬良さんのあんな声初めて聴きましたよ俺は!! 本当の事を言って下さい、アイツは俺の――」


『理想の鏡』と、そう言いかけた所でその声は断ち切られた。


「霧島、左!」


 三船の警告を聞いた時には既に遅かった。慌ててシールドを展開したが軽く避けられ、彼の左腕にミランの蛇が二匹噛みついていた。


「ガッ――――」


 深々と肉に食らいつき、骨まで牙が達していた。視界が赤に染まり、思考が断ち切られる。痛覚リミッターで三割痛覚をカットしていたが、それでも日常生活ではまるで味わうことのない激痛に襲われる。大蛇丸を握る手が緩み、彼の手を離れる。蛇はアキラの手を離れ、次は胴体に目を向けていた。

 死ぬ。直感として死を意識した彼の脳裏に自身のそれまでの記憶が蘇る。所謂、走馬灯。蘇るのは、取り留めのない記憶。しかし、その中にあった二つが、彼に最後の意地を与えた。

 一つは、憧れのあの女性ひと


「維月……姉……」


 そしてもう一つは、いつも見続けていた親友アイツ


「純は……」


 彼なら、こんな時どうする。

 彼の戦い方は、何度も見ていた。搦手邪道、使えるものは何でも使う。今あるものを使い尽くし、地に伏すまで決して止まらない。

 ならば、自分もその一途さに習う。

 今は武器を拾う時間さえ惜しい。今自分にあるものは、この身一つ。だから彼は、右の拳を握りしめ――噛みつかれた蛇の片割れの口内に突き入れた。

 この蛇を攻撃してダメージが通るかどうかは分からない。ただ、ほんの一本でも止めてやれば、二人に繋げられる。

 次の瞬間、ミランのいる方から爆発音が聞こえた。三船がアキラの作った隙を逃さず、爆発矢を放ったようだ。ダメージそのものは大したものではないが、本命は東条の横薙ぎの一撃。しかし、二匹の蛇型尖兵(ザリオンが盾となり一瞬斧を止めた為にミランは難を逃れた。アキラの元を離れた蛇と待機していた蛇、総計六匹が東条に殺到する。


「この程度ならば……!」


 金槌壁を展開しようと、石突で床を叩こうとした矢先――。


「『蛇神の眼光ゴルゴーン・アイズ』」


 東条の動きが、一瞬停止した。無論、本人の意志ではない。ミランの『贋作蛇神フェイク・ゴルゴーン』の能力の一つ。効果は敵の動きをほんの一瞬完全に停止させるというもの。しかし、魔術師同士の戦闘において一瞬は命取りとなるのに充分な時間である。


「くっ……」


 金槌壁での防御は間に合わなくなった東条は、自身の右足がある位置から壁を飛び出させ自らの身体を打ち上げた。その勢いを利用して後退し、射程外への離脱を図ったものの、少し遅い。全てが東条の足を食らいついた。すぐに逃げられたため、噛まれた時間こそ一秒にも満たない間だが、六匹に同時に襲われただけに、かなりの出血が確認出来る。三船が着地を保護すると、大蛇丸を持ったアキラも二人の元に来た。


「一度逃げよう!」


 東条を受け止めてから、三船は一気に三本の爆発矢を番え、放った。天井に命中したそれらは轟音と共に大量の煙と瓦礫を撒き散らした。

 素早く身体を翻し、階段を上り始める。東条も足を引きずりながら、しかし極力早く移動する。アキラもそれに続き、三人は三階にあるオフィスになったであろう一部屋に逃げ込んだ。


「今、動きが止められた。恐らく奴の能力だ」

「動きを……?」

「ああ。だが、あまり使い勝手の良いものでは無さそうだ。そうでなければもっと頻繁に使っているはずだ。尤も、クッ……足を一本やられて攻撃力も機動力も削がれた今、次が来ればどの道マズいが」


 二人の話を聞きながらも、アキラは自責の念に苛まれていた。

 自分が油断したから、勝ちの目が潰えた。そして先ほど死にかけた恐怖と、純の安否で最早戦う気力など失せている。

 精神が弱れば、魔法の出力も減退する。現状唯一褒められることである彼の魔導因子の優秀さも、こうなっては役に立たない。


「三船さん……東条さん……」


 結局自分では、足を引っ張るばかりだ。せめて何か一言言おうとした時――俯くアキラの顔を、東条が無理やり上げさせた。


「顔を上げろ。まだ誰一人として負けていない」


 こちらを真っ直ぐ見つめる東条の顔を見た瞬間、もう何も言えなくなった。反省も後悔も、今はしている場合じゃない。彼の一言で、そう思い直した。


「彼はすぐに上がってくるはず。だから、僕たちはその前に準備をする必要がある。霧島、君の大蛇丸だけど――」

「は、はい」

「刃を分離するとき、その形はどれだけ自由に変えられる?」

「切り取った部分の端が刃として機能しますから、元の大きさの範囲内ならかなり自由に切り取れます。以前、色々な形に切り取って遊んだ事もあります」

「じゃあ、重さは?」

「重さ?」

「ああ、刃に何か乗ったり括りつけていたら飛ばせるか、出来るとしてそれの荷重限界はどれぐらい?」

「それは試したこと無いんで分かりませんけど……まあ、ナイフぐらいの重さなら普通に行けると思いますよ」

「……それを聞いて安心したよ。後は――聞こえるかい、夏果」


 こんな危機的状況でも、二人は落ち着いていた。アキラは自分を卑下したくなる気持ちを抑え、一つ大きく息を吐く。気休め程度だと思えるが、やってみれば案外落ち着く。周りの音が随分とクリアに聞こえる。

 すると、下から妙な音が聞こえた。


「……下です!」


 アキラが叫んだ瞬間、床の一部が崩れ、一匹の蛇が顔を出した。やがて六匹の蛇が穴の外縁に噛みつき、引き上げられるようにミランがアランが現れた。


「見つけましたよ」

「来たか……」


 三船と東条の元に近づくと、二人は既に臨戦態勢を整えていた。


「霧島。君にやって欲しいことがある。君にしか頼めないことだ」

「……分かりました。やってみせます」


 三船に作戦を伝えられたアキラは、大蛇丸を構えた。


「東条さん。締めは貴方に任せますが、一度攻撃態勢に入ったら決して中断しないで下さいね」

「この足で決めろと? フッ、良いさ。片足と引き換えにでも、アレを倒せるなら安いものだ」


 これで決めなければ、こちらがやられる。三船はプレッシャーを感じながら、矢を番えた。

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