遺言
絶望を知った時、人はどういう行動を取るだろうか。
雄々しく立ち向かうか、全てを諦めて投げ出すか。或いは、何か都合の良いものに逃げ込む事もあるだろう。どれが人として正しいのか。それは個人の性格やその後によって違ってくる以上、議論する意味は無い。ただ一つ言えることは、『それを正しいと思う心』はどの様なきっかけがあれど己の意志で得なければならない。
*
「あらら、バレちまいやしたぜ。どうしますかい、ミランの旦那」
ダミーの壁から現れた男は、ヘラヘラした笑みを浮かべながらミランに親し気に話しかける。彼こそ、ミランが話していた『奇跡』のタネだ。
「成程……最初からここにはもう一人居たのか。それならあれだけ高度な魔法の長期維持も納得出来る」
「いい感じに擬装出来てたと思ったんだが、良く見破ったじゃないの。あ、あっしは『アルバート・レイノルズ』。こっちの旦那とは秘密裏の同盟って関係でさぁ」
ミランの奇跡という名の力。それは、レイノルズの協力があってこそ成しえるものだった。
例えば、三人が掛かった『自分以外の人間を見えなくする』という能力は『孤独体験』という名のレイノルズが行使した力だ。これは相手の視覚に作用するもので、効果の大きさに比べて消費はかなり小さい。レイノルズ自身の魔力量がアーシェラ内でも最上位クラスの膨大さであることを差し引いてもこれまでの戦闘時間なら余裕で維持出来る程度の消費でしかない。
もう一つの、ミランが繰り出した触手攻撃。これは彼自身の能力だが、かなり弱体化されているため本来のものとは似ても似つかない半端なものだった。
しかし、当のレイノルズの存在が発覚したことで、力の行使に集中出来なくなった。結果、孤独体験に全リソースを割くことが出来なくなり、形成が不利になる。
これだけしても仕留めきれない相手だ。それを弱化した支援で倒せるかどうか。
ミランは、自身の取るべき行動に迷い、フリーズしてしまっていた。
「どうしますかい、旦那。仮に孤独体験を使っても、もう一人にしか掛けられなさそうだ。いっそ能力捨てて戦闘に参加ってのもアリですが、今のあっしじゃあ戦闘力はお察し」
「待って下さい。今、考えておりますので……」
「……こうなったら、腹括るしか無さそうですぜ。切り抜けるには……」
レイノルズは、バツの悪そうに頭を掻いた。あからさまにミランに気を遣っている。
鼓動が加速する。彼の言わんとしていることがわかるから。事実、この状況を乗り切るにはレイノルズの力を借りるしかない。しかし、駄目だ。自分の能力を他人に見せる訳にはいかない。あれは、『呪い』だ。
ではどうする。
その時、通信が入った。
『「新世界への引き鉄」各員へ。部隊長バーン・ストレリアより、音声コードC87の再生指令を受諾。これより、再生を行う』
*
『「新世界への引き鉄」の諸君。バーン・ストレリアだ。音声コードは機密性の高い命令を通信記録に残さない為に使われるものだが、このメッセージに記録するのは、命令ではない』
「バーン隊長?」
録音された音声から聞こえる彼の声を聞き、ミランは言葉に出来ない胸騒ぎを感じた。機密性の高い命令など、この作戦には無かったはずだ。
「旦那、何か?」
「バーン隊長からのメッセージを受け取りまして……」
「そうですかい。なら、アンタはメッセージに集中してくだせえ。一分程度なら、足止めしてやります」
「……すみません」
レイノルズは不適な笑みを浮かべながら一歩前へ進んだ。その瞬間、三船によって矢が射かけられるも、首を倒すだけで回避。襲ってきたアキラの一撃を盾を出して防ぐ。その様子に目を向けながら、ミランはじりじりと後退した。
『この音声をお前たちが聴いているという事は、つまり俺が死んだって事だな。恐らく、今お前たちが従事している任務は非常に困難なものなのだろう。だからこそ、お前たちに伝えておかなければならんことがある』
「死……!? オペレーター、バーン隊長は戦死されたのか!?」
『肯定。バーン・ストレリアの生体反応は既に消失している』
無機質な機械音声が、バーンの音声に混ざる形で聞こえてきた。全身の力が抜けていくが、せめて両足だけは踏みしめ、崩れ落ちるのを防ぐ。
今はただ、彼の遺した言葉を聞くことに集中する。
『この部隊を結成した時、アーシェラ内では複雑な固有想術を持つ奴が強いって風潮だった。俺はそれを打ち破る為に、お前達を呼んだ』
確かにそうだ。かつて、アーシェラ内では固有想術ーー魔導協会の言う『固有魔法』に相当するものーーは複雑なものが優秀だとされてきた。故に、バーンやコルナード、マリーンの様なシンプルなものは甘く見られる傾向にあった。新世界への引き金結成の折にバーンの言っていた事は、今でも一言一句違わず覚えている。
『与えられた価値観に何も考えず従い、自尊心の薪とするなど……これではあの旧人類共と同じ。あの時俺はそういった。そして、今も変わらない。今日まで、その俺について来てくれたお前達に感謝を。そして、最後の言葉を伝える。マリーン。己の力を信じるのは良いが、相手を侮るな。余裕と油断は似て非なるものだ。それに自分で気づくことが出来れば、お前は本当に誰にも負けない』
話される言葉は、隊長というよりは父親、或いは兄が話しているような優しさがあった。彼は部隊長としてというより、自分たちを見てきた一人の人間として話している。
『コルナード。お前はエルシア様に忠誠を誓っている訳じゃない。だが、それでいい。他人に縋らず、己の目指す地平だけを見つめられるのが、お前の最大の強さだ。この先、お前の辿る道が俺の目指すものと違えたとしても、お前は俺の愛すべき仲間だ。そして……ミラン』
自分の名前が呼ばれた。分かってはいたが、いざ聞くと心臓がうるさい。
目の前では、レイノルズが精一杯に三人を止めてくれている。
『俺達は共にあの地獄を生き延びたが……お前の傷は俺のそれよりずっと深いのだろう。だが……友として、お前に言わなければならない。どれ程理不尽であろうと、恐怖とは超えるものだ。お前の固有想術は、その為のものだと思う。無理に使わなくてもいい。だが、本当に守るべきものの為に、恐怖さえ乗りこなさなければならない時も来る。お前が、自分にとって最良の未来を選択することを……願っている』
恐怖を乗りこなさなければならない時。それを聞いたミランの胸に、何かが込み上げてくる。バーンが死んだ以上、コルナードとマリーンも無事ではないだろう。
『今後部隊の指揮はミラン、お前に任せる。尤も、お前が他に適任がいると思うならそれでもいい。けど、俺の意志は、お前に託したい。これは命令じゃなくて、個人的な願いだ。……これで話は終わりだ。各々思う所はあるだろうが、それはあっちで聞いてやる。だから今は、自分達の願う所を叶える為に戦ってくれ。それが終わって時が来たら、酒でも飲みながらゆっくり話そうぜ。じゃあな、お前たち。元気でやれよ』
そうして、ミランのメッセージは終わった。ミランは堪えることなく涙を流しながら、コルナードとマリーンに通信を送る。
「コルナードさん、マリーンさん。聞こえますか」
『……ミランか。アンタも聞いたのか?』
「ええ。私は今の所無事ですが……そちらは?」
『無事……じゃあねえな。嫌な相手を引いちまった。それより、ヤバいのはマリーンだ。アイツと連絡がつかねえ。報告が来ていない以上生きてはいるんだろうが……』
「そうですか。……分かりました」
『ああ。……死ぬなよ、アンタまで死んだら、ウチは解散だ』
「ええ。お互いに……」
予想通りの状況を読み取れた。
ミランの中にある決意が宿る。
「レイノルズさん」
「お、終わりましたかい。丁度良かった」
ミランの言葉を受け、レイノルズが身を引く。大きな怪我こそないが、右腕に矢を受け、脇腹に切り傷が刻まれていた。もう少し長引いていたら、危なかったかもしれない。
逃げに徹したレイノルズに手傷を負わせるような相手なら、やはり『使うしかない』。
「彼らは私が引き受けます。貴方はコルナードさんやマリーンさんを助けてあげて下さい」
「……一人で戦うと? 本気ですかい」
「ええ。恐怖を乗りこなさなければならない時……今が、その時だと思います」
訝し気に目を細めるレイノルズを真っ直ぐに見つめる。怖れはある。だが、迷いはない。
「……引き受けました。じゃあ、俺は行きますぜ。それじゃあ旦那……」
相変わらず、真意を読めない男だ。結局彼の本音と言えるものを聞くことは出来なかった。そう思った矢先、レイノルズが立ち止まり、呟くように言った。
「死なんで下さいよ。『偽物仲間』にいなくなられちゃ、ちょいと寂しいんで」
偽物仲間。そういえば、そんな事を会った時に言ったと思い出す。最後に本音らしきものを聞けたことに満足したミランは、涙を指で拭ってそれきり感傷を断ち切って三人を睨んだ。
「まずはお詫びしましょう。あなた方に、少々フェアでない戦術を仕掛けてしまいました。だからこそ、ここからは、私自身の力でお相手します」
首に提げたロザリオを引きちぎり、投げ捨てる。もうこんなものは必要ない。
幼い頃、この世の地獄を見た。今でもあの時故郷を蹂躙した者たちの『杖に巻き付く蛇』の紋章が頭から離れない。自分一人が生き延びた後、エルシアから一冊の本を与えられた。聖書だ。あれから宗教にのめり込み、心の拠り所とすることで、己を保ち続けた。
だが、今の自分に必要なのは宗教でも神様でもない。必要な物は、バーンの意志を継ぎ、エルシアの理想を果たす為の『力』だけだ。その意志が、彼から自身の力に対する恐怖を取り除き、『完全な』形として発現する。
「私、ミラン・クライスト。いいえ、『ジルヴァ・ラウル』には成すべきことがあります。その為にも、ここは押し通らせて頂きます」
己の『本名』を名乗り、残った蛇型尖兵を全て呼び出した。神話に及ばない、紛い物の力。それでも構わない。
ミラン――ジルヴァの髪が幾つかの束に纏まり、紫色に変色し、蠢き出した。蠢くそれの正体は――蛇だ。
「『贋作蛇神』」




