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三船ら三人の目の前で何事かを呟いたまま動かない男ーーミラン・クライストーーにアキラが攻撃を仕掛けようとするも、蛇が彼を睨んで牽制する。三船が矢を放つも、空中に出現した盾によって阻まれる。それを受け、東条が斧を大きく振りかぶって襲いかかるも――。
「アーメン」
男が十字を切った瞬間、東条の体は石にされたかのように動かなくなった。
「なっ……!?」
停止したのはほんの一瞬だったが、その一瞬こそが戦闘において致命傷に繋がる。事実、東条の喉元には蛇型尖兵の牙が迫っていた。
「東条さん!」
その牙は突如飛来した刃によって阻まれた。アキラが『大蛇丸』の刃を飛ばして防いだのだ。
「すまん、霧島。しかし……」
東条はミランの姿を見る。微笑みを浮かべ、こちらを見据えている彼はやや自慢げな様子で口を開いた。
「私には、常に『神の加護』があります。貴方達が言うところの『魔術』を扱うように、奇跡を起こすことが出来るのです」
ミランが胸に提げたロザリオを両手で握ると、その姿が消失した。
「うわ、逃げやがったか!?」
「いえいえ、ここに居ますよ。まあ、動いてはいますけどね」
「くっそ、見つけ出してーー」
「待つんだ、霧島! 姿の見えない相手じゃ下手に動いては逆に隙を与えることになる。ここは三人で纏まって互いを守り合うようにするんだ」
「そうは言ったって……」
ミランだけでなく、蛇型尖兵の姿も見えなくなっている。蛇の体では潜まれては見つけるのは難しい。姿が見えない敵と相対すると、想像以上に神経がすり減らされる。
「蛇か……幸成が好きだったが、こうして見ると恐ろしいな?」
「幸成って確か、一番上の弟さんでしたよね?」
こんな状況でも東条は余裕を忘れない。一見するといい加減なように見えるが――。
「――見つけた! 『金槌壁』!」
東条が斧の石突を床に打ち付けると、床から巨大な金色の壁がせり出し蛇型尖兵を隠れ場所のソファーごと打ち上げた。
その姿を視認するやいなや三船が素早い動作で矢を番え、その躰を正確に撃ち抜いた。蛇は壁に叩きつけられた後、爆発を起こして機能を停止した。
「すっげぇ。よく見つけましたね」
「何、視力には自信があるからな。しかし、だ」
「はい?」
金槌壁。巨斧『壊力』と並ぶ、東条真澄のもう一つの固有魔法。壊力の石突で地面を叩くことで、自身の前方五m以内の場所に黄金の壁を出す技。主に強力な盾の役目を果たすことが多いが、こうして相手の不意を突く使い方も出来る。
しかし、東条自身はあまりこの力を使いたがらない。理由は二つ。一つは、高い強度と引き換えに魔力の消費が極めて大きいこと。もう一つは――。
「あれが本物の金だったら、きょうだい達の誕生日のケーキを何年分買ってやれるだろうか……」
「……一生分買っても余りそうっすね」
「そうだよなぁ……」
使用者の精神衛生上の問題である。
*
『……ん……滝本さん!』
通信機から響く瀬良の声で、自分が気絶していたことを理解した。しかし、まだあの男――コルナード・ベルナード――が来ていないことから、長くても数秒程度だろう。
トンファーの一撃が命中する直前、左手で出した杭の反動による移動。間に合わなかったと思ったが、ほんの一瞬だけ移動出来たらしい。おかげで眉間からは少なくない流血があるが、頭蓋骨が陥没するようなダメージは免れた。尤も、おかげで余計な距離まで吹き飛ぶ羽目になったが。
純は、眉間に走る激痛に顔を顰めながら立ち上がった。
「大丈夫です、現在アーシェラと戦闘中です」
『そちらもですか……。他もアーシェラと交戦中、白峰さんは空間に引き込まれたらしく、交信不能です』
「とりあえず、生きてはいたんですね。とはいえ……」
今は自分の心配をするべきだ、と思い直す。
杭を外したということは、暫く右手が扱えないということだ。
「へぇ、ちゃんと生きていたか」
純が吹き飛ばされたことで空いた穴からコルナードが姿を現す。何処となく安堵したような口ぶりとは反対にトンファーが既に構えられている。風で一気に距離を詰めようという算段だろう。
「くっ……」
この状況で、正面からぶつかり合うのは危険過ぎる。ただ杭を撃っても避けられる以上、より確実な状況でない限り杭の使用は控えるべきだろう。しかし、そこまでの状況に持ち込むことは至難。となれば、今純が打てる手は一つ。
「あっ……!?」
純は、全力で床を踏み抜き、階下へ『逃げた』。とりあえず今は、右手がまた戦闘に使えるようになるまで生き延びることが先決。
「逃げか……。否定はしないけどな」
階段を降りて二階まで来たところで、コルナードがトンファーから発される推進力を活かして追ってくる。
まともに逃げていては追いつかれる。そう判断した純は、敢えて男子トイレの中に入り込んだ。
「窓から逃げるか? いや、待ち伏せ狙いか……。まあ窓から逃げたんならマリーンのこと助けてやるか」
閉じた扉の向こうからコルナードの声が聞こえる。これで建物の外に逃げる手は実質封じられたと言える。今他の所に行かれては例え向かわれたのが悠の方だとしても危険だ。
ここで食い止めるしかない。扉を開けた瞬間、一撃を叩き込む。この手が予測されているはずだが、それならば多少意表を突くものが必要だ。
*
コルナードは、扉の向こうで身構えていた。わざと相手の狙いを類推することを口にし、逃げの一手を打ちにくくした以上、向かってくる可能性が高いだろう。しかし、相手も馬鹿ではないだろう。何をしてきても、最速の一撃で確実に決める。コルナードの『グラインド・トンファー』ならそれが可能だ。
『グラインド・トンファー』はトンファーの後方からジェットの如く強力な突風を推進力として吹かせるものだ。シンプルな能力だが、それ故に扱い易く対応力が高い。消費こそ大きいが、『機械』のおかげで因子が格段に強化されている以上、ある程度なら無茶が利く。
「こっちとしては、気にせず逃げてくれりゃあ楽なんだが――」
そう呟きながら扉を開けようとした時、扉がコルナードに向かって飛びかかってきた。反射的にそれを割ると、その背後にいた純にショルダーチャージを決められる。
存在をアピールしたことを利用された。このままだと壁に叩きつけられるが、右方向に全力で突風を吹かせることで方向を変え、逃れた。
「……ハッ、一本取られたな」
胸を強く打たれたことで少し息が詰まったものの、純が突進の勢いを殺している間に整えた。この程度のダメージ、『戦争』では日常茶飯事だった。
向かってくるのなら、それはそれで問題ない。あの杭は当たれば必殺だろうが、全力で逃げれば退避出来る。相手もそれをわかっている以上、下手な攻撃は出来ないはず。無論、侮るつもりも無い。
「覚悟は決まってるようだな? それじゃあ――」
突風を起こし肉薄すると、その勢いのままに側頭部目掛けて一撃を入れる。後方に跳んで避けた相手を構える前に追い、眉間への攻撃。先ほどは耐えられたが、今度当たれば確実に頭蓋骨を粉砕出来る。純はそれを横から左の拳で払い除けた。通常なら胴ががら空きになっている状況。しかし、コルナードは即座に払われた腕のトンファーから突風を起こし、横からの攻撃に切り替える。これには反応出来ず、純は脇腹を殴られ壁へ叩きつけられた。吐血する純に苦痛に悶える暇さえ与えず、コルナードは更に左からの攻撃を加える。紙一重で躱され、背後の壁に大穴が空いた。
躱された方向を見ると、純の姿が無い。どうやら階段を上がって上の階へ逃げたらしい。
*
純は、三階の広い事務室で脇腹を押さえ、息を整えていた。
あの敵、隙が無い。トンファーからの推進力による高速かつ強力な連撃。それを掻い潜って掴んだとしても、逃げられる。どうにか右手の感覚が戻り、再び拳を強く握れるようにまで回復したが、次外しても同じように逃げられる保証は無い。アレを相手にするなら、『杭打ち籠手』は無いものと考える方が良いだろう。
だが、その場合にも問題は当然ある。そうなれば拳撃で戦うしかない。それが問題なのだ。
『全力で拳を振るうこと自体』が純にとって望ましくない行為だ。拳を使わずとも相手を討てる『杭打ち籠手』を態々身に着けなければいけない程に。特に、『愛花が見ている今』は。それをするということは彼女との約束を破ることと殆ど同じだから。
純が迷いを抱いていると、コルナードが部屋へと立ち入った。
「もう……逃げられない、な」
コルナードは、ほぼ無傷。対してこちらは頭部と脇腹に小さくないダメージを受けている。最早、選択の余地はない。
共倒れしても、あの男を倒す。
「おっとぉ……」
純は右手を構えながらコルナードに接近した。それを見たコルナードは、意外と拍子抜けが混ざったような声を発する。何故なら、これでは『杭打ち籠手』を狙っているのがバレバレだ。
「悪いが、そいつには当たってやれな――」
コルナードが回避の態勢を取ろうとした瞬間、純は左足で進行方向を微調整、コルナードのやや左側へ跳んだ。しかし、多少の騙しは想定らしく、それも冷静に対処しようとする。
が、純の狙いは彼の頭や心臓ではない。『足』だ。
「ッ!?」
純は構えた右手を降ろすと、コルナードの左足を強く踏みつけた。その状態で左の肘で彼の顎を打つと、左足に力を込めて足を踏みながら方向転換。握りしめた右の拳をその顔面に叩き込んだ。
吹き飛ばされたコルナードは、空中で体を翻して着地し、受け身を取るも扉の前まで押し返されていた。鼻から多量の血を流し、口から血濡れの前歯を吐き出す彼に、純は言う。
「そういえば、さっき名前を聞いていたな。教えてやるよ。魔導協会東京支部所属、滝本純だ」
心の奥底から、黒いものが流れ出してくる。そうだ、これは『あの人から教えられた』技。人間が元来持つ武器『拳』を使って他者を『殺す』ための技。自分が愛花と愛し合ってはならない理由の一つ。
こんなものを使う男が。今から人を殺すということに何の恐怖も持たない男が、愛されることを望んでいいはずがない。
「俺を殺すっていうならやればいい。その前に、いや同時にでも『俺がお前を殺す』」
泥の勇者 『■■■■■■』
『殺すための技』