爆弾芸術
悠は眼前の男――バーン・ストレリア――がアーシェラの人間だと察すると、まず相手の外見に目を向ける。
服装はアーシェラの者がよく着用している白い戦闘服。特徴的なのは軍手を嵌めていること。その手には何か黒い塊を握っている。それから推察すると、やはりあの爆弾の仕掛け人はこの男で間違いないだろう。
「剣士か……しかし、左腕がそれでは既に死に体だな」
「……かもしれませんね」
左腕の使用不可能。それは、悠にとってはただの剣士が腕を失くすのとはまたレベルが違う。それは彼の必殺剣『空絶』が封じられたことを意味するからだ。
まず、空絶は全身の関節を連動させ、体そのものを刀の加速装置とすることで常軌を逸した破壊力を生み出す技である。通常関節を連動させるための姿勢を整えるのが至難であり、実戦では到底使い物にならない技なのだが、悠自身の神業的技量で漸く実戦で扱える物になっている。つまり、非常に『繊細な』技なのだ。
だからこそ、左腕をやられた状態では使用が出来ない。彼を世界最高ランクたらしめる理由の一つが崩れたのだ。
「せめてもの情けだ。動かずにいるならば、即死させてやる」
バーンが悠に向かって爆弾を放り投げると、悠は左足を下げて腰を落とした。
「馬鹿な奴だ」
爆弾が炸裂し、爆音と煙が上がる。その直後、バーンの横から悠が飛び出して来る。
愛刀『霊刀・神羅』と並ぶもう一つの固有魔法『瞬天』。一瞬で自己の最高速度まで加速するこの技でバーンの目にも止まらぬ速さで移動し、横からの奇襲を仕掛ける。
「無駄だ」
バーンが先端に爆弾がついた槌を手に持ち、悠に向かって振り下ろす。完全に加速がついている以上、今更躱せない。そう踏んでの一撃だったのだろうが、その手には乗らない。
悠は自身の足元に薄い盾を出現させ、それを踏み台にして跳躍する。バーンの斜め後ろに跳ぶと、体を翻して体をバーンの方向へ向ける。その際、空中に出現させた盾を蹴り、再度跳躍した。右手で短く持った刀を水平に構えてバーンの横を通り過ぎた。
「左が使えないなら、使えないなりの戦い方をするまでです」
「貴様……」
バーンの脇腹から鮮血が噴き出す。
充分な速度で刀を触れないなら、体そのものを動かしてその勢いを利用して斬れば良い。盾を足場にした高速空中機動。悠の得意とする戦い方の一つだ。
悠は、齢十六を数える頃には既に剣術における一種の『極み』に到達していた。そこで彼はそれ以降の修練の多くを『不測の事態への対応』に充てた。片手の欠落は最も多く想定し、最も長い間訓練して来た状況だった。
「仕方あるまい。旧人如きに片付けるのに不要だと思ったが……」
バーンが何やら白い箱を取り出すと、周囲の景色が真っ白い殺風景な空間に変成した。
「ここならば、逃げることも叶うまい」
「成程。しかし、自ら逃げ道を塞いで良かったのですか?」
「己惚れるなよ旧人。逃げられんのは貴様の方だ」
バーンは虚空から無数の爆弾を取り出し、自分と悠の周囲を埋め尽くさんばかりにばら撒いた。
「旧人共の人類史には興味はないが……一つだけ、好ましいと思える名言がある。『芸術は爆発だ』」
バーンがそう呟いた瞬間、彼らの周囲が光と轟音に包まれた。
悠は爆弾が炸裂する直前に『瞬天』を発動し、爆破範囲から逃れた。
「自爆、でしょうか……?」
今の爆発は、明らかに範囲が広すぎる。それに加え、相手は防御をする素振りを見せなかった。
「いや……」
自爆は、考えられない。自爆自体リスクが高い行為故、こういった一対一の戦闘では最後の悪あがきや捨て駒として用いられる。そんなことをするなら悠と接触した時点でしている筈。となれば、相手はあれだけの爆発の中で平気でいられる理由がある、ということだろう。
そしてその予測通りに、煙の中からバーンが姿を現した。
「創成爆弾」
バーンが足元に爆弾を落とすと、それは足元で破裂して彼の善進速度を爆発的に高めた。右手には先ほどの爆弾付きの槌。
振り下ろされる槌を避け、剣道における『抜き胴』の要領で一撃返す。
が、その一撃は突然現れた爆弾によって阻まれた。刃が接触した瞬間爆弾が破裂し、悠の刀を押し返した。一見自爆に見えるこの行動でも、やはりバーンの体はおろかスーツにも埃一つさえ着いていなかった。
「これは……」
驚く間もなく、前方から横薙ぎに振るわれた槌が襲い掛かる。頭部狙いのそれを姿勢を下げて回避、足払いを仕掛けるも後方へ跳ばれる。下がり際に一つ爆弾を落としていくも、悠は横へ逃げつつ爆弾のある方向に盾を展開した。自身を完全に覆いつくした盾で爆発のダメージをシャットダウンし、立ち上がる。
「成程、貴方自身は爆弾でダメージを負わないということですか。また随分な能力ですね」
「フッ、己の『作品』に殺される芸術家が何処にいる」
不適な笑みを浮かべ、先ほどまでのそれより遥かに巨大な爆弾を上空へ投げる。それは彼らの上空数メートルまで上昇すると、途端に弾けて内部から無数の何かが射出された。
発想としてはクラスター爆弾に近いものだろう。物体の落下が速い上にかなり広範囲に拡散されている為、今から範囲外へ離脱するのは現実的ではない。ならばどうするか。
悠は落下物の進行方向を見定める。炸裂地点は自身より少し前方の位置。そこを中心に拡散されたため、こちらには斜め前から来るものを防ぐことになる。
悠は小振りの火球を生成すると、自身に向かって落ちてくる郡の一部に放った。火球と接触したそれは『大きな音と光を発して』破裂した。それに対し連鎖的に他のものも破裂していき、鼓膜が破られそうな程の爆音が一面に響いた。
「『癇癪玉』……!」
あの巨大な爆弾が総じて釣りだった、ということは。
そう考えた矢先、側面から槌が接近しているのを確認した。咄嗟に盾を展開して攻撃を防いだものの、槌の先に付いていた爆弾が爆発した際に莫大な量の煙幕が発生し、悠の視界を塞いだ。
後方からバーンの気配を察知した悠は前方へと跳ぶも、足裏と地面が密着した瞬間悠の足元で爆発が起こった。
地雷。
癇癪玉、煙幕に加え後方からの接近を偽装した三重の罠。地雷の存在を探知した瞬間反射的に退避しながら盾を展開したため、ダメージを抑えられたのは幸いだった。地雷がいわゆる『クレイモア地雷』に近いタイプだったことも手伝ったものの、それでも左足の肉が相当量削られ、踏みしめる度鋭い痛みが襲ってくる。
「クレイモアで逃げられるか、しぶとい奴だ」
バーンが忌々し気にこちらを見ている。事実、先ほどの戦術はかなり危険だった。やれると考えるのも理解出来る程に。
「随分とこじんまりした戦い方ですね。爆弾を作れるなら、最初に奇襲した時のように一気に僕を吹き飛ばせば良いのでは?」
「言ったはずだ。俺にとって爆弾とは『芸術作品』だと。ただ派手に破裂させれば良いなど、芸術を解さん劣等の所業。必要な時、必要な分だけで上手く扱ってこそ美しい。例えば……」
バーンはじりじりと悠に歩み寄ってくる。相手の出方を警戒し、悠は動かない。現状、彼は完全にバーンの後手に回っている状態だった。爆弾による防御の際、空絶を放っていれば強引に突破出来たはずだが、今それを考えても仕方がない。
状況を打破するための手段があるとすれば、『右片手用の空絶』を使う。それが最も確実な手段だ。しかし、それを使うには『槌』による攻撃を確実に捌く必要がある。
やることを整理した時、バーンが悠の二メートル程度手前で立ち止まった。
「今貴様を殺す為には、これぐらいがちょうどいい」
バーンがそう言ってニヤリと笑った瞬間、周辺の地面が一斉に爆ぜた。




