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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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依頼

「驚いたな。魔導協会にこんな設備があるとは」

「現支部長の方針なんです」

「しかし、本当に私が使っていいのか? 職員のためのものだろう」

「ふふ、お気になさらず。ゆっくりして下さい、海城様」

「維月でいいよ、柏木さん」

「でしたら、私も瀬良とお呼び下さい」


 東京支部、浴場。現在、維月と瀬良の二人が話をしている。協会屈指の美貌を誇る瀬良とそれに勝るとも劣らぬ美しさを持つ維月が並ぶことでその周辺にはある種の聖域が出来上がっていた。


「胸って本当に浮くんだ……都市伝説かと思ってた」

「あまり見ちゃダメッス。直視すると目が輝きに焼かれるッス」


 遠方では星野が二人を見て感嘆する女性職員の眼を防いでいる。


「維月さんは海城建設の跡取りなんですのよね?」

「ああ。来年には父の後を継ぐことになりそうだ」

「滝本さん達とはどういったご縁でお会いしたのですか?」

「私がまだ、母方の実家にいた頃の話だ。今から八年前――」



 *



「まずいな……やはり警察に行くべきだろうか?」


 それは、維月がまだ高校に入学したばかりの頃。電車で三駅向こうの学校に通っていた彼女は、駅への通り道で財布を落とした。こういったトラブルは初めてだったため、内心でかなり焦っていた彼女は汗だくになりながら周囲を走り回っていた。言えばまた新しい物を用意してもらえるだろうが、それなりに長く使っていたため、愛着がある。


「あ、あの……」


 左から小さな声が聞こえた。見ると、クセのついた金髪の男の子が一人、何か黒い物を手に佇んでいた。その黒い物は、維月の財布だった。


「もしかして、これお姉さんのですか?」

「……ああ、君が見つけてくれたんだね。ありがとう」


 しゃがんで男の子と目線を合わせ、優しく頭を撫でる。男の子の顔がみるみる赤くなり、体がプルプルと震える。


「す、すまない。嫌だったか?」

「い、いえ。嫌なんじゃなくて……。その、黒くて大きい財布だから、怖いおじさんのかなと思ってたけど、こんな美人なお姉さんだったからその、緊張して……」

「あはは、君は口が上手いな。将来女の子を泣かせるんじゃないぞ」


 見たところ十歳ぐらいの少年は震える手で維月に財布を手渡す。それを受け取り立ち上がると、維月は財布を開いて中身が無事なことを確認する。


「さて、何か礼がしたいんだが、欲しいものはあるか? して欲しい事でも、私に出来る範囲なら何でもしよう」

「何でも? じゃあ……」


 維月は彼に連れられて小学校近くの公園まで来た。


「アキラ、遅い。というか、その人は?」

「ちょっと訳があってさ。あ、この人はさっき知り合った人。名前は……なんだろ」


 そこにいたのは短く切り揃えられた黒髪の少年とその後ろに隠れて殆ど顔が見えない茶髪の少女。維月の姿を確認すると、黒髪の少年は近づいてくる。


「すみません、アキラに何か連れられたみたいで。あいつは結構思いつきで行動するタイプなので、悪気はないと思うんですけどーー」

「オレが無理やり連れてきたみたいに言うなよ! というか、思いつきで動くのは純もそうだろ!」

「お前ほどじゃない」

「こいつ……」

「無理やりじゃないよ。この子に財布を拾って貰って、お礼がしたくて付いて来たんだ」

「財布……? それで遅れたのか」

「そうだコノヤロー、無理やり連れて来たんじゃあねぇ」


 アキラと呼ばれた少年が純と呼ばれた少年に威張る。


「私は海城維月だ。で、アキラ、でいいのか? 私は何をすれば良いんだ?」

「オレたちと遊んで下さい。特にコイツの後ろに隠れてる女の子と」

「……っ」


 少女は純の体にしがみつき、離れようとしない。


「おい、アキラ」

「何だよ、山崎さんが内輪以外にも関われるようにしたいって言ってたのはお前だろ?」

「それはそうだけど……それならうちのクラスの女子からでも――」

「おい純、俺たちは日陰者勢だぜ? 相手する女子がいると思うか?」

「自分で言ってて悲しくならないの? えっと、愛花」

「純の知らない人……怖い」

「どうするよ……」


 どうやら考え無しに維月を引っ張ってきたらしく、当のアキラも困っている。しかし、礼をするといった手前何もせずに帰るわけにもいかない。


「そうだ、アイスでも食べないか? 近くにコンビニがあったはずだ」

「え、良いんですか?」

「一緒に食事をすれば、話もしやすいだろう。何でも好きなものを買ってあげよう」

「よっしゃ! じゃあ俺、チョコモナカ!」

「おい、アキラ」

「ふふふ、君は彼より真面目なようだな。だが、気遣いの類は無用だよ」

「あ〜〜……じゃあ、抹茶ソフト。愛花は?」

「煉乳いちごアイス」



 *



「……という感じでな、最初の頃は苦労したこともあったよ。あの頃から愛花は純にべったりで、純とアキラは何かと張り合っていてーー」

「それはまた、随分と賑やかですね」

「ああ、本当に……素晴らしい時間だった」


 三人との出会いを語る維月の瞳は輝きに満ちていた。


「しかし、維月さんも罪な人ですわね」

「と、言うと?」

「美人なお姉さんとの突然の出会い。それから仲良くなる、なんて少年の初恋としては往々にしてあるシチュエーションではないですか。もしかすると、今も変わらないかもしれませんね」

「私に、か? それはないだろう。純は言わずもがな、アキラも私といたのは六年も前の話だ。仮に当時、私をそう思っていてもそんなものはとうに過去の話だろう。すっかり男前に育ったアイツには、もっと近くに相手がいるはずさ」

「あらら、これは苦労しますわね……霧島さんも……」


 まるで弟を自慢する姉のような無邪気な笑顔を、同意を求めるように向けてくる維月を見て、アキラに若干の同情心を募らせる瀬良だった。



 *



「はい、こちら魔導協会東京支部長の宮村です」


 支部長室に備え付けられた電話が鳴り響き、宮村が手早く応対する。

 通常、魔導協会への連絡は事務室に送られるのだが、一部の『協会の実態を知る集団』からの緊急連絡は直接支部長室の電話に繋がるようになっている。つまり、『何かしら対処するべき事態』が発生したということだ。


「それで、どのようなご依頼でしょうか? うちに連絡したって事は相当な事態でしょう。え? ああ、話には聞いたことがあるような……」


 相手方との話が進む度、宮村の表情は徐々に険しくなっていく。


「確かに、何かしら起こってないとおかしいでしょうねぇ。此方としてもまあ、何か起こってからじゃあ取り返しがつかない。……流石に今からは無理なんで、明後日辺り実行します。ええ、では失礼します」


 受話器を置くと、宮村は直ぐにパソコンと向き合い始めた。既にファイルが添付されたメールが届いており、それを開くと『とある一区画』についての資料が開かれた。


「『開発途中に放棄された』か……。映画なら幽霊の一体も居そうな場所だぜ。さて、明日召集して概要を話すとして、今日のうちに調査ルートを構築しねぇと……」


 窓を開けて煙草に火を着けると、今夜は徹夜だな、とぼやきながら煙を吐いた。





 第四章 廃棄区画調査




 *



「お早う。急な召集だったが、魔術師(ウィザード)とオペレーターは全員揃って良かったよ」


 あの後直ぐに召集の報せをメールし、一晩でどうにか計画を立てたにも関わらず、それを一切表さず、あくまで平常通りの調子で話を始める。


「お前らに集まって貰ったのは『依頼の話』をするためだ。最近入った連中にとっちゃあ初めての事だろうが、ウチはたまにお偉いさんから仕事を頼まれる。ちなみに今回の依頼主は、『警視庁』だ』


 宮村の言葉に、周囲がざわめく。アキラや星野ら新人は特に動揺している様子だが、それ以外の者もベテランの悠や瀬良を除く全員の表情に変化が見える。

 プロジェクターを起動し、製作した図を示しながら説明を続ける。


「依頼内容は、郊外に存在するある区画の調査だ。ここは元々何らかの開発事業が進められていたんだが、それがポシャったらしく完成したビルや開発途中の施設が丸ごと残されたまま放置されている。当然立ち入り禁止なんだが……つい先日、大学生の一団がここに侵入してから行方が知れない」

「その人達を探せって事でしょうか? それなら、どうして警察は自分達で動かないんですか?」


 やや控えめに手を挙げてから純が質問する。ここまで聞いただけなら当然の疑問だろう。だが、まだ話は終わっていない。


「いや、既に警察は捜索隊を派遣した。結果は……全員消息不明だ」

「全員、ですか」

「おうよ。最後の通信から得られた情報は『新しい血痕があったこと』『あの区画には何かがいる』ってことだ」

「だから、アタシたちに依頼が来たってワケネ」

「そういうことだ。得体の知れないモンの調査なら、お偉いさんにとって同じ得体の知れない俺らにお任せって事だな」


 やや自嘲気味に笑いながら、パソコンを操作して次の図を表示する。


「これが区画の立体図だ」


 表示された図には、五階建て程のビルが二つとビニールシートで覆われた建物が一つ、計三つの建物が立体的に記されていた。


「今回は三人一組のグループを二つ組み、手分けして完成済みのビルを調査して貰う。特に東側のビルは警官が行方不明になった時に居たという場所だ。こっちに何かある可能性が高い分、こちらの調査グループ、以下グループAの指揮は白峰、お前にやって貰う」

「了解です」

「もう一方のグループBの指揮は三船、頼めるか?」

「やります」


 リーダーの選考は比較的早いうちに終わらせていた。廃棄区画の調査という例のない任務を遂行するには、臨機応変な指示を出せるリーダーの存在が一層重要になる。その為、一人は屈指の戦闘経験を持つ悠を、もう一人は支援特化故に周囲の状況把握及び取るべき最適解を導くのに長けた三船を選定した。


「次にメンバーだが、グループAは滝本、ホンファに任せる」

「はい」

「了解ヨ」


 グループAには此方が出せる最高戦力を投下する、ということもかなり早期に決まっていた。決まっていないのはーー。


「さて、グループBのメンバーだが、一人は東条としてもう一人が決まらなくてな。やる気のある奴に任せたいんだが、誰かーー」

「じゃあ、俺がやります!」


 声を上げたのは、アキラだった。


「霧島か……そうだな……」

「支部長、俺は霧島の加入に賛成です」


 次いで手を挙げたのは、東条だった。


「霧島の大蛇丸は自由度の高い性能なので、チームを組んでの戦闘でも扱い易い。本人の実力についてはチームでカバーすれば問題ありません」

「ふむ。三船、お前はどうだ」

「僕は東条さんの意見に賛成です。僕と霧島が支援に回って東条さんが仕掛ける。このフォーメーションを徹底すれば問題はないと思われます」

「そうか、なら任せよう。Bチームは三船、東条、霧島の三名で編成するとしよう」


 宮村としては二人の意見を聞いておきたかったので、こうなったのは好都合だった。


「今名前を挙げたメンバーは明日の夜七時に再びここへ集合すること。調査コースなどは現場で俺が直接指示する。以上だ、解散」

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