三人の時間
翌日、愛花がすっかり回復した為純は魔導協会に来ていた。そこで行っていたのはホンファとの模擬戦闘。
閃玄砕牙を受けて左腕を損失した純の死角を突くようにホンファは彼の左側に回るようにして立ち回っている。故に攻めきれず後手に回っている現状だが、対するホンファも右肘にダメージを負っているために普段より遅い刺突しか出せずにいた。つまり、現状どちらも攻勢に回りきれずにいる。
このままでは埒があかない。そう考えた純は彼女を追う動きを止め、右斜め前に掌を突き出した。そこから通常より小さめの杭を出現させ、その反動で後方に飛ぶ。
「駄目か……!」
ほんの一メートル弱飛べばよかったのだが、想定の倍は飛んでしまった。杭の大きさをまだ絞り切れない。やむを得ず両足で地面を引っかいて停止するも、ホンファがその隙を逃すはずはなかった。高速で突っ込んでくる彼女に対応するべく、彼女が来る予測地点、その頭に当たる位置を狙って構える。彼我の距離が縮まった折、予測通りの地点に来た彼女に向かって掌を突き出す。
だが、純が捉えたのは虚空だった。それと同時、左胸に鋭い痛みが走る。
「読み通りヨ」
ホンファの呟きが聞こえると同時、戦闘は終了した。
*
終了後、ホンファがニヤニヤしながら純を見下ろす。
「十三戦終わってアタシが七勝……ようやく勝ち越せたワ」
朝からぶっ続けで戦い続けた二人は、勝ちと負けを交互に繰り返していた。ついでとして自身の技を更に磨き上げるべく試してみたりしているものの、純の方はどうも上手くいかない。
「最後のやつ、何をしたんだ?」
「最後ォ? あんなもん簡単ヨ。ただ形状変えて接近してぶっ刺したダケ」
ホンファは純が『杭撃ち籠手』を狙うタイミングを狙っていた。右手が動いた瞬間、彼女は姿勢を下げつつ純の左手に回りつつ『四神幻槍』を投擲特化の『追白虎月』に変形させ、手に持って直接純を刺した。
「投槍だからって投げるためにしか使っちゃいけない、なんてルール無いのよ。アレは短くて取り回しが良いから、こういう風に使ってもイイってワケ」
「なるほどな……それにしても、固有魔法の形状変化か」
形状変化。固有魔法は使用者にとって最も馴染み深いものであり、必然的に殆どの魔術師は戦術の基点として扱っている。殆どは『武器+別の特殊スキル』『特殊効果付きの武器』の何れかになる。前者には悠と東条が、後者にはアキラとホンファが該当する。
固有魔法は変化せずずっとそのままではなく、使用者に何かしらの心的変化が起こったり詳細なイメージの元それを形にする訓練を積み重ねれば新たな形状や能力を付与することも可能になる。しかし、それは使用者が『変わる』ことを強く望むだけでなく変化後の形状や効果を極めて精細に思い描き、実際に幾度にも渡る試行の果てにようやく可能となる、非常に困難な技術である。無理に使用者の精神と合わない事象――例えば『命を守る』ということが心の芯となっているものが広域殲滅の力を手に入れようとした場合など――を半端な意志で実現しようとすると、元の固有魔法にも悪影響が及ぶ危険がある。
「よく出来たよな。追白虎月、最初から固有魔法だったって言われても信じられるぐらいの完成度だ」
「まあ、楽じゃなかったけどネ。上海に行ってる間に戻ってくるギリギリでようやく完成したシ。思いついてから習得するまで二年近くは掛かってくるワ」
「二年か」
「アンタもやってみたラ? 向いてないワケじゃないと思うケド」
「出来たら強いとは思うけど……どういうのがいいかな。二年ぐらいかかるんだろ、ちゃんとイメージ固めないと」
「アタシが時間掛かったのは、アタシ自身の魔導因子が弱めってのと『相手を追いかける』なんて効果足そうとしたからヨ。そうネ、拳にトゲ仕込む、ぐらいなら比較的簡単に出来るんじゃないカシラ」
「まあ、何かしら考えておくよ。で、休憩時間だ。続きは飯の後にしようか」
「そうネ。アタシもお腹空いてきたワ」
そうして二人は食堂へと向かっていった。
*
「時に滝本、白峰」
「ん?」
「何でしょう」
現在、職員で一杯の食堂で純とホンファは悠を交えて三人で食事を取っていた。純はカツカレー牛丼を、悠は焼き鮭定食を、ホンファは辛口カレーを自身の前に置いている。
「この食堂の辛口カレーだけど、物足りないと思わナイ?」
「物足りない、のか?」
「辛口は食べたことがないので、分かりませんね。というより、ホンファさんの物足りないは常人の『充分辛い』に相当するはずですが」
「ンナコトないワヨ。アンタが弱すぎるダケ」
「自分が四川省周辺で育った、という前提を頭に置いて下さい。普通の日本人男性は『天龍亭の激辛麻婆豆腐』を水無しには食べられません」
「いやいや、これは本当に物足りないのヨ。何だったら食べてみなさいヨ」
ホンファがカレーをスプーンで掬い、悠に向かって突き出す。悠は「わかりました」とそのままスプーンに口をつけた。
「どうヨ」
「辛口を名乗るなら充分でしょう。激辛、ならば少々弱い程度の辛さではありますが」
「表現の問題ナノ? 日本じゃこれで辛いのネ、今度激辛カレー追加の要望でも――ン?」
「どうしましたか、滝本さん」
ホンファと悠の会話の横で純が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「いや……どうしたじゃないだろ。気にならないのかよお前ら」
「だから何がヨ」
「ホンファが口付けてたスプーンだろ、それ。本当に気にならないのかよ」
「ならないわヨ」
「なりませんね」
『何がそんなにおかしいんだ』と言わんばかりの視線を投げかけてくる悠とホンファに純は頭を抱える。少し前に愛花とやって全身から汗が噴き出るような緊張を覚えたことを、何の気無しに平然とやってのける二人を見ていると、もしかして自分が間違っているのかという錯覚を覚える。
しばらく不思議そうな顔で見つめ合っていた二人だったが、やがてホンファが不適な笑みを浮かべてもう一口分カレーを掬った。
「そうそう、折角だしアンタも食べてみなヨ」
「なっ……!?」
「何鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔してんのヨ。いいからこっち来なナイ」
「……手ぇ洗ってくる」
純は席を立つと足早に去っていった。
*
「アハハハ、ちょっと見た、今ノ? 凄いうろたえてた、面白いわねアイツ」
「あまり遊ばないでやって下さいよ、彼は人一倍純粋なんですから」
ケラケラ笑うホンファを悠が窘める。ホンファが笑った時点で彼女の行動には予想がついていたものの、助け舟を出す前に純が出て行ってしまった。
「いや、普通に考えておかしいデショ。アイツ模擬戦だと心臓に杭ぶち込むのに、普段はこれでもまごつくナンテ」
「いやまあそうかもしれませんけども。戦ってる時と普段じゃ心構えなどが異なるんでしょう」
「まあネ。あの『愛花』って娘よネ、原因は」
「一途ですからね、彼は」
「アイツは『家族』って言い張ってるケド……」
それだけでないのは、その辺りに敏い方ではないホンファもわかっているらしい。しかし、『家族』という言葉に思うところがあるのか、その表情は曇っている。
「ところでさ、白峰」
「はい?」
「アンタの家族って……どんな人なのヨ」
「僕……ですか?」
正直言うと驚いている。今まで、こういった踏み込んだことを聞かれたことはなかったからだ。
『お前、今……何を……』
『出来たよ、父さん。父さんの奥義。あれ、どうしたの? 父さん? いつもみたいに褒めてよ、ねえ』
「僕の家族は……」
思い出したのは、幼少期の記憶。まだあの『道場にいた頃の記憶』。二度と戻ることのない家を思い浮かべながら、いつものように爽やかな笑顔で答えた。
「貴方を含めた、東京支部の皆さん。全員、僕の大切な家族ですよ」
「白峰……」
二人の空気が凍り付く。作り物の笑顔を感じ取られたのは、彼女の勘の鋭さ故か。
「戻ったぞ」
「あ。お帰りなさい」
「お、お帰り。いや~~さっきはツイからかっちゃって悪かったわネ」
「いや、いいよ」
純が戻ったことで場の空気が徐々に温度を取り戻していく。互いに一言掛け合った後、ホンファが悠に耳打ちする。
「軽率だったワ。もう聞かないから安心シテ」
「助かります」




