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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
三章- 一時の平穏-
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メイちゃんの料理教室

「遅い」


 翌日の魔導協会。昨日取りつけた約束のため、ホンファは訓練室にいた。後は純が来れば昨日の借りを返せるのだが、その彼が来ないのだ。リベンジに気合を入れすぎて出社時間より早く来ていたとはいえ、かれこれ二時間は待機している。色々ゴチャゴチャしていてよくわからず、未だに携帯電話を持っていないのが災いして連絡を取ることも出来ない。


「どうも、ホンファさん」

「白峰! ちょっとアンタ、滝本の連絡先知ってル!?」

「あの、そう肩を掴まれると痛いんですが……」

「あ、ゴメン」


 入室した悠に八つ当たりをするように詰め寄る。悠はホンファが手を離すとスマートフォンを


「彼なら、今日はお休みですよ。貴方に伝えるように連絡がありまして、ちょうど伝えるために来たんです」

「あ、ソウ……。じゃあ……」


 ホンファが何か思いついたように不敵な笑みを浮かべた。


「せっかくだしアンタ、付き合いなサイ」

「えっ」



 *



「昨日より上がってるな……他に何か持ってきて欲しい物は?」

「ううん、大丈夫……ケホッケホッ」


『38.2』と記されたデジタル温度計を見ながら、すっかり緩くなった氷枕を取り出す。

 昨晩、急激に熱を出した彼女を明朝医務室へ連れて行った所、単なる夏風邪であり、特に危険な病気ではないと診断された。熱が下がるまでは安静が必要ということで、支部長に連絡して有給を貰い、つきっきりで看病している、という経緯である。


「食欲はある? 確か冷凍庫にうどんがあったから、昼はそれにしようと思うんだけど」

「うん。ありがとう」

「気にすることじゃない。それより、早く気づかなくてごめん」

「それこそ気にしないで。私だって気付いてなかったんだから」

「そうか……とりあえず、氷入れてくるよ」


 愛花の部屋を後にすると、思わぬ静けさに少し驚いた。部屋に籠るタイプではないので、リビングに行けば大抵は愛花の顔が見れたことを思い出す。

 考えてみれば愛花と住むようになって一ヶ月と少ししか経っていない。にも関わらず、ずっと前からそうであったものが無くなったように静かに感じている。


「まぁ、長い付き合いだしな」


 原因をそう結論付けると同時、ポケットのスマートフォンが初期設定そのままの通知音を鳴らす。相手はアキラだった。


『おう、純。山崎さんの体調はどうだ?』

「良くはないな。昼は消化に良いものを食べさせるよ」

『調理出来るか? お前』

「……俺も随分馬鹿にされたもんだな」


 純が不器用なことを知っていて積極的に煽りに行く分、性質が悪いのがアキラという男だった。いかんせん幼馴染であるが故に、ポンコツさを象徴するエピソードを多数握られているのが問題だ。


「冷凍うどんなんてのは湯を沸かして柔らかくなるまで湯がけばいいだけだろう」

『残念! スープの素を入れねえと何の味も無えんだよな』

「素で忘れてた……じゃなくて、だ。ただ煽りに来ただけなら切るぞ」

『ちょ、待て待て! 本題はここからだって!!』


 通話を切ろうとしたところ、慌てた様子で引き止められた。


『山崎さんの見舞いに行こうかと思ったんだけどよ、何人かで行っても迷惑じゃねえかと考えた訳よ。そこでだ、立候補者何人かでじゃんけんして、代表者一人を行かせるってことで同意した』

「それがお前ってことか?」

『いや、俺は最初に負けた。まあ安心しろって。多分お前は飯の用意に一番手こずるだろうし、その辺りで最高の助っ人だから』

「誰のことだ?」

『そいつぁ来てからのお楽しみだ。じゃあな〜〜』


 結局誰が来るのかを明かさないまま、アキラとの通話は終了した。



 *




 気が付いたら夕方になっていた。時折愛花の様子を見に行くこと以外、特にすることがなくボーッとしていた。随分時間を無駄にしたものだが、それより今は問題なことがある。愛花の夕飯だ。というのも、二食連続で冷凍うどんというのは病気とはいえ食を楽しみとしている彼女が可哀想だ。だからといって純が何か料理しようとしても何処かで失敗するのは目に見えている。純は戦闘に関していえば極めて優れた魔術師なのだが、ことそれ以外に関しては『ポンコツ』と称される部分が多い。

 そこまで考えていたところで、不意にインターホンが鳴った。

 そういえば、代表で一人見舞いに来ると言っていたな。

 そう思って玄関のドアを開けると――。


「ど~も~っス! お見舞いに来ました、星野ですよ~」

「……え?」


 余りにも予想外の人物が来てしまい、あっけに取られる。やってきた星野は仕事終わりにそのまま来たらしく、スーツ姿で近くのスーパーのものと思しきビニール袋を両手に提げている。


「いやいや、『え?』って何スか。霧島センパイから話聞いてませんでした?」

「いや、聞いたけどまさか君が来るとは思ってなくて……」


 純は星野のことを良く知らない。そもそもオペレーター陣とそれほど話はしない上に自分とはタイプが異なる人種だったからだ。星野は誰にでも同じ調子で話が出来るタイプだが、純は対人関係において相当気を遣うタイプなので、親しさの度合いによって対応が大きく変わってくる。


「あのですね、センパイ。体調崩した人を労わるのに、仲の良し悪しは無関係な訳ですよ。まあ嫌いな奴が寝込んだら軽く笑いますけど」

「秒で矛盾している」

「ま、それはさておき私がここに来たのは霧嶋センパイが言ったかもしれませんけど、山崎さんのご飯を用意してあげるためっス!!」

「……」

「今、『え、こいつ料理出来んの?』とか思いましたよね?」

「何でバレたんだ」

「女ってのは意外と表情の変化に敏いんスよ。センパイも気を付けてくださいね」


 来訪して一分も経たないうちにその場の空気を完全に掌握されてしまった。突っ込みや軽いリアクション程度しか出来なくなった純を後目に星野は室内に入り、キッチンでビニール袋の中身を取り出した。そこにあったのはスポーツドリンクや鶏肉、卵といった食材だった。


「これは?」

「今からこれを使って山崎さんと私たちの晩御飯を作ります。その前に、食欲や胃の調子は?」

「食欲は結構あると思う。胃腸も目立って悪くはないみたいだけど、消化に悪いものは避けた方が良い」

「ふむふむ、食欲あり、と。それじゃあ、三品ぐらい用意してしっかり栄養を取らせますか」

「なあ、さっきも思ったけど星野さんって料理出来るの?」

「ふふん、そりゃ勿論。何を隠そうこの私星野芽以こそ創業八十年を誇る老舗定食屋『ほしの』の跡取りにして、弱冠十六にしてその技術のまあ大体受け継いだ、そんじょそこらのギャルとは女子力が一味違うってもんスよ!!」

「『ほしの』って確か駅前の商店街の? 成程、それなら腕は確かって事だな」

「そうっスよ。だから私の教えるレシピ――」

「じゃあ俺は準備を手伝うから、後は任せても――」

「待たんかいいいいいい!!!」


 食べ物を運ぶトレーを取りに行こうとした瞬間、星野に襟首を掴まれた。かなり強引に掴まれたので強く締まり、声帯から奇妙な声が出た。


「……何で止めるんだ」

「いや私の話聞いてました? 教えるって言ったんスよ? お・し・え・る」

「いやいや、態々俺に作らせなくても君が作るのが一番じゃないか。同じメニューなら上手い人が作った方がいいじゃないか」

「……はぁ~~。あのですね、センパイ。センパイは美味しけりゃ作り手が誰でもいいんスか? 山崎さんが作ったものに特別さとか感じないんスか?」

「いやそれはまた違うだろう。そりゃあまあ愛花が作ってくれたって事実は嬉しいけど、あいつはまず料理上手いし」

「下手だったら嫌なんスか?」

「その事実が嬉しいって言っただろう。上手いとか下手はそことは関係ない」

「そういうことっスよ。そりゃ私が作れば彼女が満足する出来のものを出すことは簡単っス。でも、センパイが頑張って作れば、山崎さんはすっごく喜ぶと思いますよ、さっきセンパイが言ったように」

「喜ぶ……か」


 純は少しばかり考える。食事としての満足度を考えると星野に任せるべきだろう。しかし、先ほど彼女が言ったことも反論の仕様が無い。更に自分は愛花の看病をしていた訳で、その責任は最後まで果たすべきだろう。いや、それよりも彼女が喜んでくれる、ということが大事だろう。


「わかった、やってみるよ。それで、最初はどうすればいい?」

「じゃあ、最初は茶碗蒸しを作りましょうか。まずは鶏肉を細かく切ってください」

「わかった」


 手を洗い、愛花のエプロンを拝借して調理に取り掛かる。後ろで星野が見ている中、鶏肉に包丁を当てて切ろうとするが――。


「切れない」

「あ、切るのそこじゃないっス。筋に対して直角に切るのが大事だから――」


 星野が指示する前に純が鋸のように動かして肉を切ってしまった。しかし、それは途中で止まると同時、包丁の刃の下から鮮血が滴る。


「……星野さん、絆創膏持ってきてくれる?」

「……嘘でしょ」


 画して、前途多難極まる料理教室が開講した。

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