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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
三章- 一時の平穏-
31/90

違う

 霧島あきらの生まれに特に特筆するべきことは無い。サラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれた一人息子。

 父から金髪を受け継いだものの、母の髪質が遺伝した結果かなり癖のある髪となった。彼はそれがコンプレックスとなり、引っ込み思案な性格になっていく。それに加えて、彼は幼い頃からゲームが何より大好きだった。大手のゲーム会社に勤める父から魅力的なゲームの情報をどんどん与えられ、誕生日やクリスマスのプレゼントは決まってゲームソフトだった。そんな子供だったから、周りの子たちとは話が合わず周囲からは孤立していった。それでも別に良かった、クラスメイトも先生もつまらないから。楽しいのは、ゲームだけだ。

 だがそんな彼にも友達と呼べる子が出来た。それが、純だった。彼はアキラお気に入りのRPG「インコンプリート・ブレイブ」の話についていける唯一の同級生だった。加えて彼もアキラと同じ根暗組。何となく似ていて、一つだけとはいえゲームの話が出来た。だから馬が合ったのだろう。

 このまま二人は根暗のまま、無気力に生きていく。何となく、そんな風に思っていた。

 尤も、そうはならなかったが。


「ねえ、アキラ……どうすれば、強くなれるのかな?」


 ある日突然、純がそんなことを聞いてきた。面食らったアキラは、ゲームの話かと脳内補完してそういう風にアドバイスした。


「そうだな、まあまずはレベル上げないとだめだろ、経験値貯めてさ。アクションゲームなら、コマンド覚えてそれがすぐ出せるように練習して。でも一番大事なのは、途中でやめないことだと思うぜ」

「……なるほど。ありがと。僕、頑張ってみるよ。あ、これからしばらく遊べなくなるけど、ごめん」


 それから純はやけにボロボロになることが多くなり、彼が『上級生と喧嘩をしている』という噂が立つようになる。更にしばらく経つと、二人の集まりに、女の子が一人増えた。


「……」

「大丈夫だって、怖くないよ。アキラは僕の友達だから」

「友達?」

「うん。ほら、挨拶しよう」

「……山崎、愛花です」

「お、おう」


 一つ歳下の大人しい女の子は、促されてようやく純の後ろから出てきた。翠色の瞳に若干の陰を宿したその少女は、同級生の誰よりも綺麗で一瞬たじろいでしまう。そしてその時、アキラは純のあの言葉を思い出していた。


「なあ、純。もしかしていきなり『強くなりたい』なんて言い出したのって……」

「うん。助けたかったんだ、どうしても」


 そう話す純の眼には一片の曇りも無く。

 今まで自分と同じだと思っていた、無気力コンビの相棒だった少年の目には光が宿り、自分とあまり変わらないはずの身体は随分と大きく見えた。


「何だよ、全然違うじゃねえか……」



 *



 その後彼は維月と出会い、大切な女性(ひと)が生まれるものの、(しんゆう)の背中は徐々に遠く、大きくなっていく。体格的にも別人と見紛う程に屈強となった彼に対して、アキラはただ、立ち尽くしていただけだった。

 理由は単純。自分が維月に並び立てるような男になれるとどうしても信じられなかったからだ。噂が正しければ純は『強くなりたい』と願って立ち上がり、一つ上でも異様な威圧感のある上級生、それも三つ上の相手に立ち向かっていった。果たして、自分ならそれが出来ただろうか。自分がやったことと言えば、『ワックスで髪の癖を誤魔化せるようになった』だけだ。彼が魔導協会への入会を決めたのは、情けなくもそんな思考さえ薄れ、それより明日発売の新作ゲームの事を気にしていた高三の秋頃。


「純、その怪我ーー」

「ああ、自転車で転んだんだ。あんなに派手に転んだのはーー」

「嘘だろ、それ」


 純が腕に酷い傷をつけていた時のこと。純が吐いた嘘を見破れたのは長年の付き合いなのでわかる、というわけではなく傷の原因に『心当たり』があったからだ。


「温厚な上にお前を信じ切ってる山崎さんは騙せても俺はごまかせねぇぜ。まあお前は元々怪我するようなこともしてたが、それでも頻度が最近明らかに多いだろ。しかも半端な怪我じゃねぇ。そうだな、確か傷が増えたのは今年の一月ぐらいからだったよなぁ。その頃にお前、バイト始めたんじゃ無かったか?」


 その時、純の眼がアキラを睨むように鋭くなった。しかし、アキラは一切怯むことなく純を睨み返す。身長差故に晃が見上げるような形になるが、そんな些末なことは気にしない。


「なぁ、純。答えろよ。お前、『何のバイト』してんだよ」


 そこまで言って、純は観念したように口を割った。誰にも聞かれないように屋上へ移動してから話されたことは本来秘匿義務のある情報だったが、アキラを信用していたためか『絶対に他人に話さないこと(特に愛花には)』を強く念押ししたうえでに知っている限りのことを全て話した。ただ一つ、『アーシェラ』の存在は伏せて。


「『魔導協会』ねぇ……只の研究機関じゃなかった訳か。まぁお前のことだし、山崎さんを守る力が欲しかったんだろうが、それにしたって限度があるだろ」

「そうする必要があったんだよ、俺には。あそこに居れば、俺はずっと強くなれるんだ」

「お前、まさかーー」


 大事なことを聞こうとした時、屋上の扉が勢いよく開く音が聞こえた。二人がビクッと体を震わせてから振り向くと、愛花が頬を膨らませながら歩み寄ってくる。


「こんなところにいたの!? 今日は一緒にご飯食べたいから教室で待っててって言ったのに!」

「あっ……ごめん、忘れてた」

「忘れてた!? ひどい!」


 プリプリ怒る愛花に平謝りする純。学校内で実質的にカップルとして扱われている二人のやり取りは、何度見ても頰が緩むものがある。アキラはかつての愛花を知っているからこそ尚のことであった。

 いつも純の陰に隠れて彼以外の人に怯えていた彼女は最早何処にもなく、花のような笑顔と明るい声で周囲の雰囲気を明るくする彼女に憧れる男もいたーー告白するものは絶無だがーー。

 純は一人の少女を救い、今なお彼女の為に力を尽くしている。では、自分はーー。



 *



 その日家から帰ると、彼の元に手紙が届いていた。差出人は、維月。急いで自室へ行き、手紙を読むと、そこには彼女の写真が添えられていた。写真の維月は余りにも美しく、彼の理想の女性像がそのまま形となった様だった。

 これを見たアキラは、愕然とした。維月の存在がずっと遠くなったことが、自分があれから殆ど変わっていないことを思い起こした。自分は何をやっていたんだ、と。自分と同じような体型だった純は今やフィジカルモンスターとしか言いようのないスペックを誇る。彼が一人の少女を救い、変えた時に自分は何をしていたのか、と。

 維月の手紙の最後の一文。それが余りにも深く、強くアキラに突き刺さる。


『何れまた逢う時、君がどう成長したか。それを見る日が、今から楽しみだ』


 成長。伸びたのは背だけではないか。自分の進歩の無さに焦った彼は、純の言葉を思い出した。


『そうする必要があったんだよ、俺には。あそこに居れば、俺はずっと強くなれるんだ』


「魔導……協会……」



 *



 魔導協会はその性質上、あまり公に求人を出せない。そのため、協会員及びその協力者からの推薦という形で応募を受け付けている。これは以前純の口から話されたことだったが、だからこそ彼に言う必要があった。


「なあ、純。俺は魔導協会に入るぞ」


 霧島輝は、十八にして漸く立ち上がった。己を変えるために。かつての比じゃない程美しくなった憧れの女性(ひと)に並び立てるように。強くなった親友に負けないように。理想を前に立ち尽くしても何も変わらないから、ただ自分に出来ることをやる。だから先ずは、貧弱なゲームオタクでしかない自分を変えるために、彼の魂に炎が灯された。

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