何故ここに
純とホンファが互いを認め合った直後、訓練室の扉が開かれた。
そこから現れた少女は、純の姿を見るやいなや彼に駆け寄り、純とホンファの二人を交互にじっと見た後、深く息を吐いた。
「本当に傷付いてないんだ……」
「いや、ついてたらアタシ死んでるから」
ホンファが呆れながら言った後、その発言者に対して言い聞かせるように説明する。
「アンタ、確か保護されてる娘よネ。なら驚いただろうけど、アタシらは大体あんな感じで訓練してるし、そもそも実戦があんなんだからこんな風に訓練してるワケ。でもそれで怪我したら元も子もないカラ、怪我しないためのシステムがなきゃこんなのやってないワヨ。だからその辺心配する必要はないのヨ」
「そうだ。だから俺も彼女も五体満足だよ」
純が見せびらかすように両手を広げ、己が無傷であることをアピールして見せた。それでもなお愛花は少し納得が行かない様子で、純はどう言ったものかと困り果てている。
その二人を見たホンファは、あることを察した。そこで『二重の意味で』助け舟を出してやる。
「そんなに納得しないなら、技術部の連中から原理を聞いてくればいいのヨ。訓練自体はそこらの格闘技とは比べ物にならないぐらい安全ダカラ」
「そういうことだよ。だから、あんまり心配するなって」
「……そっか」
漸く愛花が引き下がり、純のスーツの袖を掴んだ。
「さ、早く維月さんの所に行こう?二人とも待ってると思うよ」
「あ、ああ……」
「ちょっと待っテ、聞きたいことがあるんだケド」
そのまま放置していれば出て行ってしまうことを危惧したホンファは二人を呼び止める。そして、二人にとっては投げかけられ慣れているかもしれない爆弾を放り投げた。
「アンタたち二人、デキテんノ?」
「……へ?」
「あー……」
目をまん丸にして驚く愛花とバツが悪そうに頭を掻く純。対照的な反応を見せるものの、その胸中まで反対ではないはず。自身の仮説を裏付けるため、彼女は更に詰める。
「どう見ても夫婦のそれなのヨ、アンタたちの距離感ッテ。家族っつっても友達の深い版として口にするそれとはまた違う、みたいナ? どうなの、そこんトコロ。アタシハッキリしないの嫌いだカラ、聞かせて欲しいわネ」
「あ……えと……その……」
愛花はすっかり顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。態度とは得てして言葉以上のものを伝えるものだが、今回のそれは教科書に載せたい程に良い例だ。
「良く聞かれるけど、幼馴染って以上のものは無い。俺にとって愛花が大事な家族だってのはそうだけど、君が考えてる様な関係じゃない。行くぞ、愛花」
「へっ、ふぇ? う、うん」
毅然とした態度でホンファの問いに答えた純は回答を終えると即座に愛花を連れて出て行った。確かにそこだけを見れば、彼の言葉に一切の嘘は無く見える。
が、彼は去り際に小さく、ホンファには聞こえない声で呟いた。
「俺にその資格は無い」
*
ホンファとの闘いを終えた後、モニター室で維月たちと合流しようとした純だったが、待っていたのは維月一人であり、そこにいるはずの人物がいなかった。
「あれ、アキラの奴は何処に」
「それが……お前の模擬戦が終わって愛花が部屋を出た直後に『維月姉は強い男がいいか?』って聞いてきて、『軟弱者は嫌だな』と返したら出て行ってしまった。今は……そこだ」
彼女が指差したモニターには、東条と対峙するアキラの姿があった。アキラは彼にしばしば手ほどきを受けているため、組み合わせそのものに違和感は無かったが、問題は様子だった。アキラの顔は明らかに普段の調査とは異なる、気合の入った顔だった。別段平時が不真面目な訳ではないが、音が聞こえないモニター越しでも彼が突撃する際に声を上げているのが分かる。
「あいつ……」
東条に吹き飛ばされてもなお立ち上がるアキラの姿。あれ程真剣な彼は純であっても見た回数は多くない。
「なあ、純。一つ気になっているんだが」
画面に釘付けになった純の横から維月が尋ねてきた。
「彼奴は、何故魔導協会に入ったんだ?」
*
「立て、霧島ァ!! それとも貴様の本気とはその程度なのか!?」
「んな……ワケ……」
アキラは薙刀を杖に立ち上がると、鬼軍曹の如く声を張り上げる東条を強く睨みながら突進した。
「ねェ!!」
彼の突き出した刃は東条の巨斧に容易く防がれた挙句、豪快に振り払われると彼の身体は無様に後方へ転がった。
実力差は歴然。同じ突進でもホンファのそれとは雲泥の差である愚鈍な一撃は、ベテランの魔術師である東条には一切通用しない。
過去幾多の模擬戦と一切変わらぬ醜態を晒す己を前に、次第にアキラの思考は弱気なものへと変わっていく。気がつけば、こんな事を口走っていた。
「何でどいつもこいつもあんなに強ェんだよ……」
悠を筆頭に純とホンファ、それらに次いで東条。サポートでは三船の右に出る者はいない。アキラの実力は東京支部内では間違いなく下から数えた方が早い。悠は『入隊数か月にしてはかなり筋が良いです』と言ってくれるものの、そんなことは彼にとって何の慰めにもならない。
そもそも、霧島アキラは何故魔導協会に入ったのか。思考は、そこへと移っていた。地面に膝を着いたまま、東条へ問いを投げかける。
「東条さん、あんたはなんで魔術師になったんすか」
「……話したかもしれないがな、俺には弟と妹が合わせて六人いる」
東条の身の上話は聞いたことがあった。彼は七人きょうだいの長男で、弟と妹は上が高校生、下には小学校一年生もいる。だが、父が健在の内はそれでもそれなりに暮らしていた。
が、末っ子が一歳を迎えた直後、家が放火の憂き目に遭った。きょうだい全員と母はどうにか避難出来たものの、家族を逃がすため最後まで家内にいた父は焼け跡から黒焦げで見つかる。
その後はあばら家を借りて八人が詰めあって生活することとなる。やがて母は過労が祟って病気がちになり、ただでさえ苦しかった生活が更に厳しいものとなった。それが、東条真澄が魔導協会に入隊するまでの話。
「知り合いの伝手で協会の存在を知った俺は即座に入会を希望した。幸いなことに、俺は魔導因子を持っていたから実働部隊に配属された。……霧島、協会の給与がどれぐらいかはわかるな?」
「高卒入会の俺で手取り二十万超え。福利厚生もまあ不自由無し。公に募集すりゃすげぇ倍率になりそうな待遇っすよね」
「その通りだ。だからこそ、俺はここにいる。俺が魔導協会に就職してからというものの、給料日には東条家の食卓に肉が並び、一番上の弟は奨学金を借りたとはいえ高校に進学出来た。アーシェラとの闘いによる危険手当が入れば後のきょうだいたちの進学のために積み立てることも出来る」
東条の言葉に、普段のような天然さ、豪快さは微塵も見られない。これが『押しボタン式信号で五分待ち続けた男』と同一人物であるなどと言われて信じられないのも無理はない。その黒い瞳は真っ直ぐ前を見つめ、曇り一つないその輝きは同性であるはずのアキラをも見とれさせる。
やがて彼は自嘲するように笑う。
「詰まるところ金のためさ。ホンファのように復讐を願って強くなった訳でもなく、滝本のように、命を懸けると誓える女もない。だが――」
だが、それはほんの一瞬。次の瞬間には、石突を地面から離してその巨大な斧を構えていた。
「俺にとっては、命を懸けるに値するものだ」
アキラに眼で、『立て』と要求する。それを見た彼も薙刀を構えなおした。
東条の『想い』を知ったアキラは、言葉を発することが出来なかった。ただでさえ高かった壁が、より高く、そして強固となって立ちはだかる。
金のため、確かにそうだ。だが、それの何が悪い。家族の幸福のために金が必要なら、それを集めることの一体何が悪なのか。アーシェラという組織の『人』を殺しているからか。だが、奴らはどんな崇高な目的かは知らないが只の少女を拉致を目論む上、故郷を焼け野原にされた者もいる。敵は純前たるテロリスト故、それを打ち倒すのは、倒せる力を持つなら当然のことだ。仮に東条の想いを嗤う者がいたら、すぐにそいつを殴っているだろう。そう断言出来る程に、アキラは東条の想いに強く心を動かされていた。
だからこそ、ならばこそ。思い出さなくてはならない。霧島アキラは、何故に魔導協会にいるのかを。




