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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
三章- 一時の平穏-
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再会

 東京郊外にあるなんの変哲もない一軒家。午前八時前のその家では、平日には最早お馴染みの光景があった。洗面所でワックスを大量に使い天然パーマの髪を数十分かけ丁寧に整えるスーツの男、霧島あきらは、高校時代から行っていたセットを慣れた手つきで整えていく。仕上げに前髪の一部を微妙に右に流すと、彼は鏡に映った自分を一分ほど見つめてからニッと笑った。


「よし! 今日のオレもばっちり決まってるぜ!!」

「アキラ!! 早く朝ごはん食べなさい!!」


 母の大声で現実に帰還するとすぐさま食卓へ向かい、ニュース番組の左上に表示された時刻を見るとアキラは朝食に手をつけずに玄関へ駆け出した。


「悪い! 今日早いの忘れてた、飯いらねぇ!!」

「あ、こら!! アキラ――」


 母の声を振り切り、玄関を開けて自転車のサドルに跨る。

 今日は魔導協会にとって非常に重要な『ゲスト』が来訪するらしく、彼女が到着する時間が早いことと諸々の準備のために、通常より早い時間の出勤が命じられていた。


「一体誰が来るってんだよ……クソ眠ぃ……」


 最近サービスを開始したばかりのオンラインゲームを深夜までプレイしていたツケとして、朝というのに既に蒸し暑い中、眠気に瞼を上から押されつつ、全力で自転車を漕ぐという苦行を味わう。指定された集合時間まであと十分。現在の距離では間に合うかどうかは微妙なところだ。だが、彼には自負があった。危機的状況に陥った時、彼はいつでも最終的には最高の成果を叩き出す。昨晩のゲームも、自分が一人で敵本拠地へ強襲をかけたことで、劣勢を一気にひっくり返した。

 重要なのは、己を信ずること。それは、彼が憧れている『あの女性ひと』がかつて言った言葉。全身から汗が吹き出し、ワイシャツやズボンに張り付く不快感などものともせず、アキラは全力で自転車を加速させた。



 *



 彼が協会の集合場所に着いた時、時刻は八時二分。結論だけ言えば、遅刻した。



 *



 結局遅刻したアキラは、間に合わなかったという脱力感と全力を尽くしたことの疲労でヨレヨレになりながらも集合場所である大ミーティング室にたどり着いた。こっそり扉を開けて入るも、幸いだったまだ宮村支部長は姿を見せていなかった。彼の存在にいち早く気付いた純にいつもの調子で軽く声をかける。


「おいっす。支部長まだ来てねぇよな?」

「ああ、おはよう。まあ、五分ぐらい遅れるのはいつものことだしな」

「あ~~……そういやぁそうだったなぁ」


 別にあそこまで急ぐ必要はなかった。アキラは宮村の性質をすっかり失念していたことに気が付き、脱力した。


「まあ、お前からすれば助かったし、良かったじゃないか。流石に今日遅れるのはまずいし」

「ごもっともだぜ。で、今日のゲスト様とやらはどんなお方なんだろうな?」

「なんでも、日本の支部にとって一番大きいスポンサーの関係者らしい。とりあえず……」

「んだよ、言いたいことあるなら言えよ」


 純のもの言いたげな視線に、アキラは怪訝な顔を返す。彼が口を開こうとした瞬間、割り込む形で誰かが言った。


「『お前は何かやらかしそうだから大人しくしていろ』と言いたいんじゃないか?」

「……言わないで下さいよ、東条さん」


 二人の間で腕を組んで立つ東条にセリフを言い当てられ、純は少し困惑した顔をした。その横でアキラはプルプル震えたのち、噛みつかんばかりの勢いで叫びながら東条に突っかかった。


「アンタにだけは……言われたくねぇええええ!!」

「ぬぅっ!? 俺は滝本の言葉を代弁しただけだぞ!? ……思っていたのは確かだが」

「思ってんじゃねぇすか!! つーか、東京支部一の天然バカでしょアンタは!」

「俺が……天然だとぉ!?」

「この間害虫駆除用のホウ酸団子を間違って持ってきた挙句『俺のおやつ』つって誤魔化したのは誰でしたっけ?」

「ぬ、ぬうぅ……」


 返す言葉もなく、東条は言葉に詰まっていた。何しろ東条の天然ボケエピソードは枚挙に暇がなく、後輩に対する気前の良さや大らかさ故に慕われはするものの、イマイチ尊敬されはしない原因はそこにあった。


「先輩に対して何たる物言い……。これは由々しき事態だ、なあ滝本!? ……おい、何目を逸らしているんだ。こっちを見ろ! おい!」


 純は東条から目を逸らし、黙秘権を行使していた。しかしよく見ると頬が緩んでいる上に肩が震えている。三人――というより二人――が騒がしくしていると、ミーティングルームの扉が開くと同時に怒鳴り声が響いた。


「るっせえええええええ!!! 俺がいねぇからって騒いでんじゃねぇぞ阿呆共!!」



 *



 それからは会員総出で施設内の掃除を行った。結局ゲストが誰かの詳細は聞き出せなかったものの、最早それは誰も気に留めていなかった。

 そして、客が来訪する午前十一時。宮村が新たな指示を出す。


「さて、そろそろ客人が来る訳だが、出迎えを頼みたい。この役目については……滝本と霧島。お前らに頼む」

「……え?」

「……は?」


 二人は同時に疑問の声を上げた。


「あの、何で俺なんすか?」


 アキラが宮村に尋ねる。

 彼の疑問も最もだ。客人の歓待ならば通常女性職員、特に瀬良の品格と美貌を兼ね備えた人物が最適だ。客人が男性ならば尚更だ。もしその人が女性だった場合はその限りではないが、それでも純を選択したのは理解できる。彼の肉体はそれだけで強大な存在感があり、安心感を与える。相手がスポンサー企業の関係者である以上、この支部の人員についてのアピールとしては十分な効果があるだろう。

 だが、自分が何故選出されたのか、それはわからなかった。

 アキラの魔術師ウィザードとしての実力は並程度でしかない。アーシェラの魔術師を単独撃破した魔術師が三人もいる東京支部では確実にかなり下のランクだ。

 彼の疑問に宮村は少し困ったように答えた。


「あー……俺もよくわからんが、奴さんからの御達しだ。まぁ……会えばわかるだろうさ。とにかく行ってこい、もう時間ねぇんだから」

「……しょうがない。行くぞ、アキラ」


 純は憮然とした表情でアキラの肩を叩くと、扉へ向かっていった。



 *



「……え?」


 純とエントランスに向かったアキラが見たのは、愛花の姿があった。二人は自動ドアの向こう側で佇む彼女の姿を見ると、直ぐに駆け寄っていった。


「山崎さん? どうしたの?」

「あれ、霧島くんと、純? 私は宮村さんに『ここで待ってろ』って言われて……」

「は? どういうこったよ……」


 アキラが状況の読めなさに頭を抱えていると、隣で純が何事かを呟いた。


「……まさか、な」

「ん? どうしたよ、純」

「いや、俺の勝手な想像だけど――」

「構わねぇよ。何かしら思ったなら言ってくれ」

「……支部長は『会えばわかる』って言ってたよな。それで集められたのが俺たちで、尚且つ客人は『大企業の関係者』。つまり今日来る客っていうのは――」


 純の言葉を遮るように、一台の高級車が彼らの前で静止した。そして、その中から出てきた人を目視した瞬間、アキラは――。



 *



「お気をつけて、お嬢様」

「ああ、行ってくるよ。父上にもよろしく頼む」


 純は『やはりそうか』とは思っても、それでも驚きを抑えられなかった。それでも車を運転していた執事らしき人物に掛けた声は、最後に彼女に会った八年前のそれとほとんど変わらなかった。容姿の大まかな部分も変わらず、彼は一瞬でそれが誰なのか理解した。

 自分や愛花にとっても驚愕の人物だが、アキラのそれは二人の比ではないはずだ。

 艶やかな黒髪をかき上げたその人は、やはり八年前と同じ、凛々しくも優しい笑みを浮かべて三人に声を掛けた。


「久しいな。私のこと、覚えているか?」


 海城維月。三人は今日、『憧憬』と再開した。

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