救出戦⑦
孤立した魔術師四人全員の生存確認に加え、アーシェラの魔術師二人の撃破。この時点で既に大勢は決していた。しかし、まだ一つの闘いが残っている。そしてその状況はアーシェラの優勢であった。
「……っ!!」
至近距離で放たれた無数の弾丸は、純の肉体に幾つもの穴を作り上げた。籠手に護られた左腕とそれで庇っていた胸部は無傷だったが、特に左半身に被弾し、激痛に思わず呻き声を上げる。更に衝撃で少し後方に吹き飛ばされ、バランスを崩された上に距離まで離されてしまった。
緑の弾丸。その性質は『拡散弾』で間違いないだろう。もし反射的に右へ避けていなければ、今頃純の上半身は蜂の巣になっていた。
どうにかして奴の弾丸を掻い潜る。やる事は変わらないが、拡散弾の存在でそれが困難になる。あれはかなり広範囲にばら撒かれるため、近距離で見てから完璧に避けるのは、純の反射神経と瞬発力を持ってしても不可能。
それだけではない。先ほどの弾丸で左肩を撃たれ、腕が胴体と垂直の位置より上に上がらない。それに加え、不運にも右上腕二頭筋に一発直撃し、『杭打ち籠手』を当てられる程の速度が出せそうにない。左脇腹にも三発ほど被弾しており、出血で白い戦闘用スーツが真紅に染まっている。
必殺技さえ封じられ、状況は最悪。だが、ここで退く訳には行かない。彼らがアーシェラである以上、狙いは間違いなく『愛花』だから。
自身の持つ手札を整理する。この事態を打開するために必要なのは、先ず機動力。だが奴を出し抜いて懐に飛び込むだけの速度を出す方法がない。次に一撃で仕留められる技だが、これも難しい。出せない訳じゃないが、右は掌を打ち出すまでの速さが落ちている。左は腕を上げることが出来ない。どちらを使うにせよ、ただ近付くだけでは必殺はおろか有効打さえ与えられるかどうか。
「クソ……本格的にマズいな……」
とりあえず後退し、アルと距離を離す。フェイントを掛けられても、見てからでも避けられる程度の距離を保つことで生存率を上げ、策を練る。
白峰なら、瞬天で一気に距離を詰めて一刀両断出来ただろう。あのレベルでなくとも、あれに近い速さが出せれば杭を叩き込める。しかしその手段が浮かばない。思考はただループし続ける。
「来ないのか。ならば……」
痺れを切らしたアルが弾丸を飛ばしてくる。色は黄色。飛来する数発の弾丸と雷撃を掻い潜った純は、アルが自分に向かって駆け出しているのを確認した。狙いは『緑』か、或いは他の色か。発光を利用したフェイントを掛けられた今、色をそのまま信じることも出来ない。ただ、散弾の『緑』以外は真っ直ぐの軌道を描くため回避方法自体に違いはない。恐ろしいのは、他とは一線を画す速さで飛んでくる上、基本的に防御不可能の『黒』。故に、彼は黒の弾丸を最大限警戒した。黒に発光した瞬間、それがフェイクだろうと回避態勢を取る。現状、純に出来ることはそれぐらいしかない。それも読まれれば、死に繋がる。
握った拳が手汗で滑り、額から伝い落ちた雫が大地に吸い込まれた刹那、アルが左手の親指と薬指を接触させる。発光の色は『紫』。そこから放たれた閃光に当たれば、強酸に皮膚が灼かれる。しかし、純はアルから距離を離しつつ弾丸の間をすり抜けるようにして躱す。脚に散弾が当たらなかったのが幸いした。一方で純は、先刻のローキックのダメージに因るものだろう、アルの動きが決して速くないことに気がついた。
いける。
そう踏んだ純はアルに敢えて肉迫する。
腕は上がらないが、心臓を狙うならばそうする必要はない。右側に回り込んで打ち込めば、左手でも上手く穿てる。相手から来てくれたお陰で接近する手間が大幅に減ったために、ただ全力で地を蹴るだけで近距離の間合いに立ち入れる。脚にダメージを残した相手ならば、避けることは出来ないはず。
弾丸が止んだ瞬間力強く駆け出し、左手を構える。
純の考えは実際正解である。近接タイプの魔術師は、身体能力の強化に扱える魔力の大半を注ぎ込めるため、遠距離タイプの魔術師より身体能力に長けるのは必然。増して相手が脚にダメージを受け、機動力が鈍った状態なら全速力で接近する相手を捌くのは至難の業。
『ダメージを受け、機動力が鈍った状態』なら。
「……なっ」
アルは純の張り手を容易く躱し、『緑』の弾丸を構えていた。
想定外の事だった。避けられるとは思っていなかったからだ。いや、そもそもアルの動き自体、先程までと比較にならない程に速い。まるで先ほどまで本気ではなかったかのように。
しかしごく短い時間の接敵だが、純はアルが相手に対して手を抜く様な人間には見えなかった。そうであっても接近された挙句ローキックをかまされれば、普通は相手を甘く見るのを止めるはず。そんなことをするのは、あのローズ・ウォーター以上の自惚れ屋だろう。だとすれば考えられるのはもう一つの可能性。
『わざと鈍く動いて純の接近を促した』。それしか考えられない。
「残念だったな」
冷酷な声と共に、光から無数の弾丸が飛び出して来る。
死。その一文字を意識した。ここで敗れて、俺は死ぬのか。アーシェラに何も出来ないで。愛花を守ることも出来ないで。
しかし、その思考が純から死への意識を刈り取った。
「……なにっ」
考えて何かをしようとした訳ではない。だが、走馬灯か否か、愛花のことを思い出した瞬間、純は無意識に吠え、身体は意識とは無関係に動いていた。右手を横に、大地と水平に構えてから純は『杭を打ち出していた』。
その反動で左に高速で吹き飛んだ彼の肉体は散弾の一発にも接触することなく、アルから数メートル離れた地点で転がった。
「今のは……」
回転の勢いを活かして立ち上がると、純はまず、自分のやったことに驚いた。
『杭打ち籠手』の反動を全身で受け止めた際の衝撃。それまで只の欠点としか思っていなかったものが、彼の命を救ったのだ。
これまで考えたことも無かった動き。いや、頭で考えてばかりだったからこそ、思いつかなかったのかもしれない。これは恐らく、自分の深層の意識が、『愛花を守らずして死ねない』という意志が引き出したもの。そして、それが純に逆転の手立てさえもたらした。
「……いけるか」
思いついたのは、先ほどのように欠陥を『切り札』へと変換する方法。チャンスはたった一度だけ。失敗すれば今度こそ命はない。だが、成功すれば恐らく相手の反応出来ない程の速度で接近出来る。その際取るであろう相手の行動を予測したが、その範囲内の動きならば、純が今持っているカードで対処可能。
上手くいけば、勝てる。
敢えて少し退がった後、体を前に倒し左掌を後ろにする。なるべく地面と水平にしてから、ふぅっと息を吐く。
十メートル近く離れた位置にいるアルが、今度こそ純の息の根を止めるべく接近してくる。それを確認すると同時に、全力さえ超える気合いで地を蹴り、純はーー。
「『杭』!!!」
左手から杭を打ち出した。
純の目論見は見事成功し、『瞬天』程で無いにしろ、それまでの彼とは比較にならないスピードでアルへと迫っていく。
鍛え上げられた脚から発揮される脚力、それに彼の巨体を数メートル吹き飛ばす反動を『進行方向』に加えれば、その速さが驚異的なものとなるのは必然。
「チィッ!!」
アルは漸くその眼に焦りの表情を見せ、ブレーキを掛けながら『黒』の弾丸を一発射出した。
純の、予想通りの行動だ。
高速で飛来する敵を確実に止める為に可能な選択肢は二つ。『相手を吹き飛ばす』か『息の根を止める』かの何方かだ。
純の速さ次第では、前者の方が有効だろう。が、現在の純の速度では『黒』以外の弾丸では着弾がアルの手前になる。それで止められるだろうが、アル自身が受けるダメージも保証出来ない。まして、想定外の行動を取った相手を前にした咄嗟の対処で通常考えるのは『相手を殺す』という後者の方だ。
そして前傾姿勢で近付く相手を殺すために狙う場所といえば、頭。
だから純は、自身の目の前で右手を開き、『再び』杭を打ち出した。
黒の弾丸の脅威を三船から聞いた時、純は『これを防げない』と考えた。だが、純には一つ防げる心当たりがあった。
『杭打ち籠手』は確実に相手を貫くための技。そのため、かなり強靭な防御を持つ敵さえも防御の上から倒せる様、非常に高い強度を誇る。これまで鋼鉄板や退役した旧型戦車の装甲でテストしたこともあったが、一度たりとも此方が折れたことはない。
黒の弾丸は、杭に深く穴を穿ちはしたが、純の掌に届く事なくその直線運動を停止した。
「……届いた」
純は左手の杭を再装填し、アルに向かって突き出した。やはり腕は充分に上がらず、彼の心臓を打ち抜くには至らない。だが、それでもいい。
純はアルの『右腕』をしっかりと掴み、言葉を発した。
「貫けェ!」




