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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
二章-孤立魔術師救出作戦-
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救出戦⑥

「ハア……ハア……」


 三船は覚束ない足取りで戦線から離れていく。自分のために戦う純に対して何も出来ないことが、悔しい。

 彼は最初、駆けつけた増援と協力してアルを倒す算段を立てていた。しかし、アルの想定外の戦闘力の前に、利き腕と左脚を無力化されてしまった。この状態ではとてもじゃないが戦闘は不可能。


『……え……ね……』


 通信機から声が聞こえる。どうやら、電波の届かないエリアと届くエリアの境目ほどに、自分はいたらしい。まだ電波が良いとは言えないが、それでも会話が出来る程度には回復していた。聞こえてきた声は、彼にとってとても馴染み深い物、柳夏果(なつか)のものだった。


「大丈夫。だけど、僕を逃すために滝本が……」

『良かっ……事だったのね! 滝本……は現在、生体……は確認しているから……健在よ。でも、今から…………が空いてないし、送っても……合うかどうか』

「祈るしかない、のか……」


 唇を噛みしめる。こうするしか無かったとはいえ、自分より四つも歳下の魔術師(ウィザード)を置いて逃げてきたことで無力感に打ちひしがれる。


『悪いこと……りじゃないわ。矢崎さん……三人は、無事に保護されたわ。もうす……部に帰ってくると思う』

「そう、か……」


 ふぅっと深く息を吐く。とりあえず、最低限の仕事はこなせた。


「ところで、何処にいるかわからない僕がどうやって通信圏外まで出たことに気がついたんだい?」

『えっ? 気がついてない……よ? ただ、さっきからずっと呼んでただけで……』

「さっきから? その間他のことは?」

『瀬良と芽衣(めい)さんが言ったの。


「通信出来る魔術師ももう殆ど居ませんから」

「ここはウチらに任せて、三船センパイに真っ先に声を聞かせてあげて下さいっス!!」


 ……って』

「柏木さんと星野さんが?」


 いつの間にか通信が途切れ途切れでなく、明瞭なものになっていた。どうやら柳の後輩二人が気を利かせてくれたらしい。正直に言うと有り難かったが、任務中にそんなことを考える訳にはいかない。


『それより、無事なら場所を教えて。それさえ判れば直ぐに救護を送れるから』

「こんな、何処を見渡しても変わらない所じゃーーん?」


 三船は自身の二時方向、百メートルほど先の地点に何かがあるのを発見した。目に優しい深緑の中に不似合いな、赤く目立つ標識。真ん中に白い文字で『中継ポイント』と記されている。地形踏破訓練用の標識だった。


「わかった! 踏破訓練中継ポイント! そこのすぐ近く!」

『中継ポイントね、わかったわ!』


 そして通信は切れた。三船は中継ポイントのすぐ横で座り込んで空を見上げ、青空に不釣り合いな灰色の雲が東へ離れていくのを見つめていた。



 *



 悠は呼吸を整え、右手で愛刀『霊刀・森羅』の柄を、左手で鞘を握る。

 彼我の距離は数メートル。前方への跳躍(ステップ)を二度もすれば届く程度のものだ。しかし、今必要なのは、この間を一瞬で詰めてあの男の『剣』へと空絶を叩き込むこと。自身の武器を弱点にするという馬鹿を通り越して狂気じみた発想を実行しているならば、相当強力な一撃を叩き込まねばならない。

 森羅を鞘に納めたのは、威力・速度共に通常より一段優れた居合術を用いた空絶のため。悠は両足に力を込め、呟くように『技』の名を紡いだ。


「『瞬天』」


 地を蹴った瞬間、彼の眼前には眼を見開くヴァルターの姿があった。

 瞬天。この技の原理は空絶とほぼ同じ、『全身の関節を加速器として連動させ、その上で魔力によるブーストをかける』ことで、停止状態から自身の最高速度まで一瞬で加速する。本来は遠距離特化の敵に対抗するためのものだが、近距離特化の敵であっても距離を置いてから行うことで不意打ちをお見舞いできる。


「『空絶』」


 悠はヴァルターの剣に空絶を打ち込んだ。この瞬天と空絶のコンボで、彼は何人ものアーシェラを葬ってきた。

 白峰悠。彼のアーシェラ単騎撃破数は『十二』。この数字は『金剛の騎士(ダイヤモンド・ナイト)』の異名を持つ魔術師(ウィザード)に次ぐ世界第二位。彼の存在があるからこそ、東京支部は世界の支部の中でも高い成績を維持していた。


「がっ……」


 ヴァルターが血を吐いた。どうやら、仮定は真実だったようだ。

 しかし、まだ剣は生きている。それを破壊するため悠は刀を左手に持ち替えた。直撃を受け、蹌踉めくヴァルターに放つ止めの一撃。それは左片手平突きの空絶だった。


「『空絶』」


 森羅の切っ先がヴァルターの大剣と接した瞬間巨大な亀裂が走り、一人の男の(たましい)が音を立てて崩壊した。そのまま貫通した刺突を、今度は彼の眉間に突き刺す。

 完全なる決着。もはやヴァルターは再生することはない。悠がバックステップすると、光と共に、微笑みながらヴァルターは爆散した。この爆発こそ、アーシェラの魔術師達が『死んだ』ことの裏付けである。


「白峰です。アーシェラを撃破しました」


 通信機の向こうへ、ただ事実のみを伝える。もう何度も繰り返した行為だ。

 兵士にとっての勝利は二つある。一つは、与えられた任務を遂行すること。もう一つは、生還すること。白峰悠は、この二つの勝利を『一度も逃したことがない』。兵士としての勝利を確実に収めるからこそ、『絶対勝者』。

 そして今回も彼はまず、後者の勝利を達成した。後は、任務成功というもう一つの勝利条件が完遂されるのを待つだけ。



 *



 悠がヴァルターを撃破した時、ホンファとサイ・キックの戦いもまた終息しつつあった。

 ホンファが投げた白い槍はサイ・キックの右脚に向かって飛翔する。小型で空気抵抗が弱いこともあり凄まじい速度で飛来するそれを、サイ・キックは四肢と首の位置を時計回りに移動させて躱してみせた。右腕と右脚の間、本来右脚があった空間をすり抜けた槍は、遥か後方へ飛んでいく。


「ははは、残念!! タイミング合わせりゃこんなの幾らでも避けられますよ!」


 余裕の表情でケラケラ笑うサイ・キックと対照的に、ホンファの身体は既にフラフラだ。が、彼女はまだ折れていない。そもそも避けられたのは『想定内』。最後の悪あがきに見える一撃を避けて勝利気分の前借りをしている相手に察知出来るはずもない。


「それじゃあそろそろお姉さんも辛そうなんで、僕の砕・キックで天まで飛ばしてーー」


 四肢の位置を戻し、右足の先で地面を二度叩いた瞬間、サイ・キックの後方から飛来した何かが、彼の脚を貫いた。


「あ?」


 何が起こったかわからないような表情で、サイ・キックが膝から崩れ落ちる。ホンファが飛んできたそれをキャッチすると、ニヤリと笑ってみせた。


「アタシが只の槍を何の考えも無しに投げると思ったかしら?」


 彼女の手には先ほど投げた白い槍が握られていた。


「さっきアタシの槍を腕に受けたでしょう? その時点でアンタは、この『追白虎月(ついびゃくこげつ)』の標的(ターゲット)になってたわけ。『最後に付いた血の持ち主を追跡する』コイツのね」


『滅青龍槍』は、彼女の愛槍の基本形態に過ぎない。

 その正式名称は『四神幻槍(しじんげんそう)』。中国の伝説にある『四神』と呼ばれる生物、『青龍』『白虎』『朱雀』『玄武』をイメージした四種の形態に姿を変える力を持つ。もっとも、うち『白虎』『朱雀』の二つが完成したのはごく最近の話ではあるが。


「ふ、ふふふ……残念。サイ・キック様はこんな程度じゃ倒れないんですよ……!」


 太腿に風穴が開いているにも関わらずサイ・キックは立ち上がり、ホンファに接近するべく前進する。しかし、その動きは鈍い。その上、既にホンファはサイ・キックを倒す用意を完了させていた。

 彼女が持つのは、柄と合わせて彼女の背丈程の全長、最も太い所で彼女のウエスト程の太さがある無骨な槍。それは『玄武』がイメージされた、『破壊特化』の超弩級槍。


「はっ? ちょっと待って下さい、それぶつける気ですか?」


 困惑する彼をよそに、巨大な槍の後方からジェットの様に噴き出す魔力の助力によってホンファは一筋の光となる。そして、槍の名をそのまま付けた必殺の一撃を以って、巫山戯た男の戦闘(エンターテイメント)に終幕を告げた。


「『閃玄(せんげん)砕牙(さいが)』!!!」


 貫かれたサイ・キックの胴体は肩と腰を除く全ての部位が槍に貫かれ、本来穴の空いた箇所にあった部分は衝撃で遥か後方へ吹き飛び、胴の上でなく、空中で回転する首や四肢と共に木っ端微塵に爆散した。


「ハア……ハア……」


 閃玄砕牙を消失させ、息を切らしながらホンファは空を仰ぎ見て、見るものを畏怖させるような冷たい眼で言う。


「四肢を回すなんて随分気持ち悪い魔法だけど……アンタ、強かったわよ。でもまあ、『体』をやられたら終わりってのを対策しなかった辺り、頭の方は『空だ』ったみたいね。……うぐっ……」


 意趣返しと言わんばかりに、静寂の森の中で冗談を言ってみたが、そんなことをしている場合ではなかった。

 戦闘時はアドレナリンが放出される為にどうにかなったが、本来なら彼女は立つことさえ困難な重症者。その状態であんな閃玄砕牙(おもいもの)を思いきり使ったら倒れるのは当然。


「ヤッバ……流石に動けないわ。スマホは……鞄に入れて隠したんだった。誰か……運良く見つけてくれないかし……ら……」


 静寂の森の中で、ホンファの意識は更なる静寂へと堕ちていった。

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