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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
二章-孤立魔術師救出作戦-
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救出戦⑤

 三船の窮地に間一髪で間に合った純は、左脚に火傷の様なダメージがある三船を抱えた。


「大丈夫だ。歩けないほどじゃないよ。それより、君に伝えなければいけないことがーー」

「伝えたい事……ですか?」

「ああ、奴の……あのアーシェラのことだ」


 純は三船を抱き抱えた状態でアルの弾丸を躱す。純には彼の弾を動体視力で『見る』ことが出来たため、三船より比較的楽に避ける事が出来た。それでも、三船の話に耳を傾けつつアルの弾丸を見ることはマルチタスクが苦手な純にはある意味かなりキツいことだったが。

 だが、三船が簡潔に纏めてくれたこともあり、まだ話の理解は楽だった。

 三船が知ったアルの魔法。

 名前は『色彩の弾丸(パレット・バレット)』。少なくとも六色の弾丸を撃ち出す遠距離特化の魔法。

 色毎に性質が違い、赤は爆発する、言うなれば『榴弾』に近い。もっとも、通常の榴弾が爆発による破片が主な攻撃手段なのに対し、これは純粋に爆発によるダメージを与える代物だが。

 黒は貫通力に特化した『徹甲弾』。

 青は着弾と共に強力な冷気を飛散させる『凍結弾』。

 紫は着弾点に強酸性の液体を撒く『酸弾』。

 黄色は周辺にスパークを起こす『電撃弾』。

 白は光によって目を眩ませる『閃光弾』。

 中でも最も警戒するべきは、速い上に(シールド)を張っても簡単に突き破られる『黒』。三船によると、純の籠手(ガントレット)でも防げないだろうとのことだ。


「どうも逃しちゃくれないみたいですね……」


 下手に背中を向ければ間違いなく撃ち抜かれる。このまま逃げることは出来ない。

 純は三船を降ろし、彼に背を向けた。


「三船さん、歩けはするんですよね」

「『逃げる時間は稼ぐ』とでも言うつもりかい?」

「そうです。申し訳ありませんが、その腕で三船さんが闘えるとは思いませんので」


 三船の右腕は強酸に溶かされ、見るも無惨に焼け爛れている。彼と逆方向に、純は一歩進む。


「駄目だ! アレは強い。その上遠距離タイプじゃあ君との相性は最悪だ。弓はまだ引ける。ほんの数秒だけだけど、稼いでみせるさ。君の足ならその間にーー」

「先輩が逃した三人は今のところ無事です。先輩は、三人の分の時間を作った。ならーー」


 上から飛来した弾丸をバックステップで躱し、純は三船を横目に見ながら、拳をグッと握りしめた。


「先輩の時間(ぶん)は、俺が作ります」


 純はアルに視線を向けると、彼へと全力で駆け出した。


「……すまない」


 背後から、三船の絞り出した様な声が聞こえた。

 放たれる青の弾丸をジグザグにステップして回避すると、姿勢を低くしてアルに肉迫する。

 三船との四分程にも渡る撃ち合いの直後の純との戦闘。真っ直ぐに飛んで来る矢を回避するのと、素早く動きつつこちらに迫る敵を迎撃するのでは訳が違う。遠距離での撃ち合いに慣れた状態のアルには、純の機動が実際より疾く見えるはず。

 その予測が正解だと明かすかのように、アルは目を見開いている。

 純はアルの胸元の青い光から新たな弾丸が飛び出す直前身体を右に倒し、胴体が地面に接する寸前、右腕で身体を支えながら、地を這う様なローキックをアルの膝に向かって繰り出した。転ばせるなどという生易しいものでは無く、折るつもりで。

 結果は直撃。骨の折れたという手応えは無いが、ダメージは通ったはず。素早く立ち上がり、よろめきながらも撃とうとするアルから離れる。


「危ねえ……」


 流石に二撃目はさせてくれないか、と純の歯に力が加わる。とはいえ、戦法は決まった。

 アルの『色彩の弾丸』の弱点。一つは、直線にしか弾丸を飛ばせないこと。もう一つは、『発光の色で何の弾が来るか、相手に筒抜け』ということだ。

 純の速さなら、アルに接近することは可能。その上真っ直ぐにしか飛ばない弾丸なら、偏差射撃されない様に不規則に動けば避けられる。まして接近状態で有効な手立てを持たない相手なら、確実に一撃入れるだけの隙はある。一撃離脱を徹底すれば、勝てない相手ではない。


「魔導協会に置いておくには惜しい奴だ……」

「それはどうも」


 決して軽くないダメージを与えたはずだが、アルは平然と立っている。絶対零度の蒼の瞳は、今尚熱を帯びていない。

 純が再び仕掛けようとしたその時、アルは自ら純に接近して来た。

 予定外の行動に驚愕するも、『それならば』と純もアルへと距離を詰める。純の腕が少し届かない程度の距離まで来たところで、アルは右手の親指と人差し指の先で一瞬輪を作る。すると黒い光が彼の胸元に出現した。

『徹甲弾』が来る。

 そう判断した純は素早くアルの側面に回り込み、掌底を構える。『杭打ち籠手(パイル・ガントレット)』を撃ち込んで終わらせるために。

 しかし、アルは純が掌を打ち出そうとした瞬間、右手の親指と『小指』で輪を作った。その時の発光の色は『緑』。

 フェイントに加え、情報の無い『七色目』。純は反射的に手を引き、両手でそれぞれ頭と胸を庇いつつ右ステップで回避を試みる。


「無駄だ」


 緑の光から射出されたのは、『無数の弾丸』だった。


 *



 サイ・キックによって射出された無数の弾丸がホンファに襲いかかる。


(シールド)!」


 自らの前方に巨大な盾を展開する。岩の礫はこれに阻まれ、ホンファの細い身体を穿つことはない。が、この状態では前が見えない。死角から回り込まれることを警戒し、神経を集中させる。

 そして奴はすぐに来た。彼女が張った盾を軽々乗り越えて。

 想定内だった。ホンファは直ぐさま後ろを向いて槍を構える。着地の瞬間、その一瞬の硬直の間に、奴の武器である脚を狙う。『(サイ)・キック』という巫山戯過ぎて最早言葉もないネーミングだが、『(サイ)』という名の通り、そこに何百年と鎮座し続けていたであろう大岩を破砕した威力は脅威だ。だからこそ、先にその破壊力(あし)を奪う。同時に機動性を削ぐことも出来れば、同じ『砕』の字を持つ自身の必殺を当てやすくもなる。

 姿勢を下げ、今まさにこちらを向いて地に降り立たんとするサイ・キックの右足へ、渾身の一撃を繰り出す。

 最高のタイミングだった。足場を作って空中でも自在に方向転換出来る白峰悠のような例外でない限り、空中で身動きを取ることは至難。加えて相手は完全に着地の体勢に入っている。躱すことは不可能。

 それは、彼女の中での話。

 穂先がサイ・キックの足を貫く直前、槍が突然何かに掴まれ、押さえられた様な感触を覚えた。直後に槍はずらされ、彼女の体もぐらつく。



「……は?」


 ホンファは一瞬、自分の目がおかしくなったかと思った。

 確かに捉えていたはずのサイ・キックの右脚は彼女の『右側』に存在している。そして脚のあった箇所には、『右腕』があり、それが滅青龍槍を掴んでいたのだ。そして本来右腕の在るべき場所には『首』が存在している。


「『砕・キック』」


 身の危険を感じたホンファは自身の右側に盾を展開した。が、それは容易く蹴り割られ、右足が彼女の脇腹に突き刺さる。トラックに轢かれたかの様な衝撃と共に、肋骨がへし折れる音が体内を通して彼女の耳に届く。

 脚が振り抜かれると同時に、ホンファの躰は漫画のような速度で吹き飛んだ。彼女の目に映ったサイ・キックは、首と四肢を反時計回りに回転させ、元の位置へと戻していた。

 やがて彼女は地面に打ちつけられ、その後も数メートル転がってようやく停止した。横たわったまま口から血と泥を吐き出す。おろしたての新品だったスーツは全身泥塗れであり、右脇腹の部分は破れている。

 折れた肋骨が肺に刺さっていないのは不幸中の幸いだったが、それでも立ち上がることさえ難しい程のダメージだった。魔術師(ウィザード)モードは人間の身体的強度も引き上げられる。そうでなければ彼女は既に意識を手放していた可能性が高い。

 しかし、ホンファはそれだけの重傷を負って尚、闘気を消してはいなかった。それは眼前の男が家族の仇(アーシェラ)であること、そしてーー。


「ここで死んだら…...『アイツ』と勝負出来ないじゃない……」


 一年半の間上海で頼りない新米魔術師達を纏めあげつつ、厳しい鍛錬を積んで来た。アーシェラを一人で倒せる実力をつけた、成長した姿を『アイツ』に見せつける。

『家族の復讐』という過去のためのもの、『ある人に認めさせること』という現在(いま)のためのもの。二つの理由があるから、彼女は立ち上がれる。

 彼女は右腕に巻きついていた糸を引き、近くに落ちていた滅青龍槍を引き寄せた。この槍には糸がついており、彼女の右腕と結ばれることで武器を手放さないようにしていた。

 それを地面に突き立て、杖にして両足で地面に立つ。


「お、いたいた。サイ・キック様の砕・キックを受けて立てるなんて……ってややこしいっすねやっぱこれ」


 相変わらず腹の立つ口調でサイ・キックがホンファに追いついた。


「驚いた? サイ・キック様の奥の手『四肢回転換(ししかいてんかん)』。普通なら有り得ない様な動きも、これなら出来ちゃうんすよね〜〜」


 勝算は皆無ではない。が、はっきり言って彼女のやることは賭けに近かった。

 完成したのはここに来る直前。実戦での使用は前例が無い『形態』を使用する。仮に上手く機能したとしても、それが当たるかどうかはわからない。だが、最早これに賭けるしかない。

 今のホンファに彼に近付いて反撃の隙さえ与えぬ程の猛攻を仕掛ける力はない。

 その上、下手に四肢を狙ったところで『四肢回転換』とやらで避けられ、最悪反撃される。もう一度『砕・キック』を食らえば、確実に死ぬ。


「確かに……面白いと思うわ。最高よ。間違いなくエンターティナーよ、アンタ」

「そうっすか? いや〜そんなに褒められたのは久々なんで、照れますねぇ」

「デビューしてもいいんじゃないかしら?」


 槍の形態変化を完了させ、槍投げの構えを取る。滅青龍槍より短く刃も細い、雪の様に真っ白な槍。右半身の激痛を物ともせず、彼女は素早くサイ・キックの足元目掛けて槍を投げた。


「……地獄でね!!」

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