救出戦④
純が三船の元に着いた頃。ホンファはサイ・キックに対して一方的に攻撃し続けていた。
「せい! やあ! はあぁ!!」
彼女は愛槍『滅青龍槍』でサイ・キックの急所を狙った突きを連続して繰り出す。彼は一発目の心臓を狙った突きを軽く躱した。二発目、頭狙いの一閃も外れた。三発目、首に向かって放たれたそれは、僅かに首筋を掠めはしたが、有効打にはなり得ない。
この男、巫山戯ているがやはりアーシェラだ。
ホンファはこれまで一切の容赦無しに、急所だけを狙って攻撃している。相手はその全てを確実に回避していた。
しかし、少しずつだが直撃に近付いているのも事実。彼の動きを予測し、攻撃の度に回避しづらい様に動かせることで相手の動きを鈍らせていく。これならば、何れ相手の命を貫くことも可能だった。
四発目。眉間を狙った一撃は後方に飛び退かれて避けられたものの、それこそがホンファの狙いだった。
右脚を後ろに退き、槍をサイ・キックに向かって投擲すると同時に槍を追いかけて飛びつく。投げられた槍は躱されたものの、彼女は自ら投げたそれに追い付き、キャッチするとサイ・キックの右肩に上から突き刺す形で刺突を繰り出す。それは、サイ・キックの右上腕筋を引き裂いた。返り血が彼女のスーツに飛び散り、黒のスーツに赤の染みが幾つもつけられた。
「いった!! いってて……流石に当てられちったか〜」
右腕を深く裂かれたというのに、サイ・キックは未だに笑いを消さずにいた。左手で負傷部位を抑えながら、男は尚もふざけた態度を維持したままである。
「あはは、この『サイト・オブ・サイ・キック』様に傷をつけるなんて、槍使いのお姉さん中々『やり』ますね! なんつって。ぎゃはははははは!!」
自分が不利にも関わらず、腹を抱えて大笑いするアーシェラの男を前に、流石のホンファも呆れてものも言えなかった。ひとしきり笑った後、サイ・キックは再び語り始める。
「いやまあ、僕チンに当てたのは大したもんだと思うんですけど〜、一つ言っておきたいのは、僕まだ『攻撃していない』んですよね」
「へぇ……攻撃すればアタシを倒せるのかしら?」
「そりゃ勿論。何たってサイ・キック様、ワンパンで色んな魔術師を伸して来ましたから! お姉さんにも見せてあげましょっか。あっでも、折角なんで『魅せる』方でいきますね。何たってサイ・キック様はエンターティナーですからね!!」
そう言うと、サイ・キックは近くにある苔の生えた大岩の後ろに隠れた。ホンファはいつでも回避出来るように身構える。
「それじゃあ行きますか! サイ・キック様必殺のーー『砕・キック』!!」
次の瞬間、サイ・キックの笑い声と共に、ホンファに向かって大量の礫と化した大岩が襲いかかった。
*
ヴァルターが両手に持った大剣を振り下ろす。悠はそれを躱すと、鎧の肩当てに突きを繰り出した。が、それは甲高い音を鳴らすのみで、鎧には傷一つつかない。
悠は一度距離を取ると、状況を分析し始める。
今悠が相対している男、ヴァルターは大剣ーーおそらく『レイテルパラッシュ』という種類だろうーーと真紅の鎧を身に纏う、アーシェラにしては珍しい、正統派な近接パワータイプ。しかし、最も不可解なのは『明らかな致命傷を与えても即座に再生する』ということだ。
どのようなトリックかわからない以上、下手に空絶を放つ訳にもいかない。何しろこの男、『心臓』を切断しても直ぐさま再生するのだ。
「某を殺すことは出来ぬよ。さぁ、心行くまで死合おうか」
「僕に……そんな趣味はない」
ヴァルターはまるで軽い片手剣を振り回しているかの様な軽快な機動で悠に襲いかかる。相手の装備を考えると驚異的な速度ではあるものの、流石にその速さは悠には劣る。その一挙一動を読み、確実に躱す。回避し切れなければ刀で受け流す。当たれば大ダメージは必至だが、逆に言えば当たらなければ何も恐れるような攻撃ではない。とはいえ、こちらも有効打を与えられないのであれば、戦闘はいつまで経っても平行線のままだ。
どうしたものかと考えあぐねている時、通信機に連絡が入る。
『白峰センパイ、その辺から動いてないみたいッスけど、どうかしたんスか?』
声の主は星野だった。
「剣使いのアーシェラと交戦中です。どうも、今回は妙な奴でして」
『いつもみたいに空絶でサクッとやっちゃえないんスか?』
「やりましたよ。そうしたら、再生しました」
『再生って!? センパイそれどうやって倒すんスか!?』
「それが分かれば苦労しませんよ」
ヴァルターの逆袈裟斬りを紙一重で避ける。今の一撃は、少しばかり危なかった。
「……話しながら戦える相手ではなさそうなので切ります。また何かあれば」
『わかりました。まあ、センパイなら大丈夫っスよ。何たって『絶対勝者』ですもんね』
星野からの通信が切れる。
『絶対勝者』。彼の功績を讃えた協会本部から与えられた称号。自身はあまり気に入っていないが。
「守りに徹していても仕方ない……」
悠は両手で刀を構えた。心臓が駄目なら、脳を狙う。
ヴァルターが繰り出してきた突きを受け流し、軽く跳躍する。二メートルはあろうという巨躯を持つ男の首を横薙ぎで跳ね飛ばすためだ。
悠が空絶を放つ直前、ヴァルターは体勢を既に立て直していた。
防がれる。
そう思った時には、既に空絶を放っていた。空気が切断される音が鳴り、刀身がヴァルターの首に吸い込まれていく。その直線上に剣を置かれれば、ガードされてしまう。が、刀は何者にも邪魔される事なく、ヴァルターの頭部を宙に舞わせた。直後に頭部は身体と接合され、無表情だった顔に再び笑みが宿る。
「外れだ」
悠は自身の正面に足場を出し、それを蹴って後方へ跳んだ。それまで彼が居た場所は、ヴァルターの切り上げに晒された。
これで悠は、普通ならヴァルターを三度殺している。しかし、事実として彼は今も此処で平然と剣を振るい、心から楽しそうな顔で立っている。
その得体の知れなさに、寒気さえ覚える。
何処が弱点か、と思案している時、星野から再び連絡が入る。
『白峰センパイ、滝本センパイが最初の門付近に到着したらしいっス。……三船センパイが無事かどうかは連絡がつかなくて、わからないみたいっスけど』
「そうですか。……今は祈るしかないでしょう」
「ですね。それと一つ思ったんスけどセンパイ、「刀は武士の命」なんスよね?』
星野の唐突な質問に、悠は呆気に取られる。彼女は新人故、まだ魔術師のことをあまり理解していないこともあってか時々突拍子もないことを言い出す。
「そういう言葉は確かにありますけど……それが何か?」
『いや、相手は剣を使うんスよね? それで再生するってことは、もしかしてホントに剣が命になっちゃってるんじゃないスか? アーシェラならあり得るくないスか!?』
「はは、面白い考えですね。でも、流石にそれは……人間離れし過ぎてます」
『そ、そうっスか?』
「ええ、ではまた」
星野からの通信を切断し、刀を上から振り下ろした。その剣戟はヴァルターの巨剣に阻まれる。しかし、直ぐさま刀を引いて再び空絶の構えを取る。次は剣を空絶で弾き、その上で腕を狙いに行くつもりだ。
「空絶」
彼が下から、逆風の空絶を放つと、ヴァルターはその進路上から剣を退かし、甘んじて彼の刃を受けた。彼の身体が真っ二つに切断された直後、やはりそれは高速で縫合されたようにくっ付いていく。ヴァルターは笑いながら剣を横にする。
「ふふふ、技をぶつけ合い、傷を増やし、死力を尽くす。闘いとは、こうでなければなぁ!!」
横から薙ぎ払われた剣を避けられないと判断した悠は刀を横に持って受け止めた。が、刀が大剣に力で敵うはずもなく、彼の体は左後方へ吹き飛ばされた。衝撃は相当なものだったが、地面から少し距離があったために胴体で着地するようなことにはならずに済んだ。
現状、悠には取り立ててダメージは無い。しかし、空絶を四度も放ったせいで体力の消費は少なくなかった。
引き換えに、ヴァルターの動きに不自然な箇所を見つけた。
彼は、空絶を剣で防ごうとしない。否、その動きはまるで『身体で剣を庇っている』ようにも見える。幾ら再生するからといって、普通自ら斬られに行くものだろうか。ただ、先ほど彼は『傷を増やす』ことを喜んでいるかのようなことを口走っていたため、たんに彼が極度のマゾヒストである可能性も無くはない。
普段なら、そこで彼の思考は『ヴァルターはマゾヒスト』というところで終わっていたかもしれない。が、彼は直前に星野が話していたことを思い出した。
『思ったんスけどセンパイ、「刀は武士の命」なんスよね?』
『もしかしてホントに剣が命になっちゃってるんじゃないスか?』
やはり思い返してみても、馬鹿馬鹿しい想像だった。だが、自分が思う以上に現在の戦況に危機を覚えているからだろうか。その馬鹿な考えに賭けてみようと、悠は考え始めていた。
「試す価値は……あるでしょうか」
悠はヴァルターから更に少し後ろに下がり、刀を鞘に収め、居合いの構えを取った。




