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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
二章-孤立魔術師救出作戦-
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救出戦③

「……行ったか。よし、霧島。ここは、俺たちでやるぞ」

「了解です、ついていきますよ」


 東条が戦車(タンク)(タイプザリオン)二体を豪快にぶった斬る。アキラも昆虫(インセクト)(タイプ)の攻撃を上手くいなしてから縦に両断した。


「しかし東条さん、この数結構ヤバくないすか?」

「ガッハッハッハ!! 何、やり甲斐があっていいじゃあないかーーうおおう!!」


 突如、木の上から昆虫型が飛び掛かってきた。咄嗟に飛び退くものの、振り下ろされた鎌状の腕が東条の左腕を掠める。


「東条さん!」


 アキラが飛んで来たザリオンを斬り捨てる。東条の腕はスーツこそ綺麗に裂かれているものの、傷からは僅かに血が滲んでいる程度であり、アキラの左脇腹のダメージよりも更に軽いものだった。


「すまんな、霧島! 終わったら浴室で乾布摩擦といこうじゃないか!」

「ゲッ、感謝してるならそれだけは勘弁して下さいよ……。あと、今の『(シールド)』使えば防げたんじゃないですか?」

「……そうだな、いつも忘れるんだ。何、心配するな。こんな傷、ツバでも付ければ治るさ! ガッハッハ!!」


 軽口を叩きながらも二人は順調にザリオンを減らしていく。現在、二人が考えていることは同じだ。


「戻ってこいよ……滝本、白峰……三船……」



 *



『そうそう、そっちです! そのまましばらく真っ直ぐ行ってりゃ、三つ目の(ゲート)があった場所っスよ!』

「了解です。問題は、着いてからですけどね……」


 悠は典型的なギャルのオペレーターである星野(ほしの)の案内に従い、三つ目の門の出現位置に向かっていた。恐らく門から出てきたアーシェラは既に移動済みだろうが、そこからなら足跡などの手がかりを掴んで追跡することも出来る。そうでなくとも、何のヒントも無しにこの森の中を探し回るのよりは何倍も効率的だ。


「待たれよ」


 声が、聞こえた。場所は悠の右側。一度立ち止まり、そちらを見ると、そこには真紅の鎧を身に纏った男の姿があった。男は巨剣を肩に乗せながら右手で持ち、悠に真っ直ぐ視線を向けていた。


「貴方は……アーシェラ、ですか」

「左様。(それがし)は、ヴァルター・ウェインライト」


 悠は目の前の男に対して奇妙な感覚を覚えた。突然名前を名乗ったこともそうだが、悠の姿を認識していながら攻撃を仕掛けるどころか、声を掛けて自らの存在をアピールした。これは、『兵士』としてはあるまじき行為である。となれば、このヴァルターという男が何を気取っているかは、予想がつく。


「『武士』のつもりでしょうか。アーシェラにしては随分と親切ですね」

「某はアーシェラの目的や大義などに興味はない。某がこうして剣を取る理由は二つ。一つは、生涯の忠誠を誓った、我が『主君』のため。そしてもう一つは……血湧き肉躍る、強者つわものとの『命の語らい』のため!!」


 語りを終えると、鈍重な外観を裏切るような恐るべき速さで悠へと斬りかかってくる。上段に大剣が構えられ、間合いに悠が入ると同時に振り下ろされる。悠は刀を横に倒し、右手で峰を抑えて防御の姿勢を取る。だが、これは正面からその力を受け止める為ではない。

 剣と刀がぶつかり合い、火花が散る。腕に刀の重さ分以上の重圧を感じた瞬間、悠は刀を身体ごと右に滑らせてヴァルターの一撃を受け流した。そのまま後ろに回り込み、その背中へ彼の代名詞とも言える剣戟を浴びせる。悠には彼が語ったような『命の語らい』を楽しむ趣味はないからだ。


「『空絶(くうぜつ)』」


 全身の関節を加速器として連動させ、更に繰り出す瞬間、ジェットの様に吹かした魔力を用いて両腕を加速する。それによって放たれる斬撃は音速を優に超越し、彼の愛刀『霊刀(れいとう)神羅(しんら)』の斬れ味も合わさって『空前絶後の破壊力』を持つ、一撃必殺の奥義となる。それが、『空絶』。

 その技の前には、陳腐な鎧など何の障害にもならず、ヴァルターは左肩から右脇腹まで完全に断ち切られた。


「見事……天晴れだ……」


 ヴァルターが満足げな声色で呟くと、二つに裂かれた体は『直ぐさま繋がった』。そして剣を横に薙ぎ払いながら悠の方に向き直る。悠は地を蹴って跳んだ後足元に足場を設置し、それを踏み台にして更に跳躍。それに薙ぎ払いを回避すると、ヴァルターから一メートル程離れた位置で着地した。


「ふふ……ふふふ……いいぞ。某が『命まで』剣に捧げていなければ、ここで終わっていた。素晴らしいぞ……貴殿の様な強者と相見えるとは……感無量なり!」


 ヴァルターは空けた左手をグッと握りしめ、感動を露わにしている。しかし、悠はそれより先ほど、ヴァルターの体が明らかに『再生した』ことの方が気になっていた。空絶によって体は二つに泣き別れ、普通のアーシェラならばそのまま爆散している。これまで戦ったアーシェラ達に、一人として例外はいない。だが、今ここにその例外が現れた。


「これは……少々厄介なことになりましたね……」


 悠は刀の鋒をヴァルターに向けながら、額から汗が垂れるのを感じていた。



 *



 同刻。三船とアルの壮絶な撃ち合いが始まってから、既に四分弱経過していた。

 既に撤退した後輩三人が、アルが追跡することが難しい距離まで退避する程度の時間は稼いでいる。しかし、味方が来ないことにはこの場から退く訳にはいかない。かと言って、これ以上の戦闘は不可能。

 現在、三船の状態はこうだ。まず、右腕が『紫』の弾を被弾した際に焼け、皮膚がケロイド状に爛れている。最早、弦を満足に弾くことさえ叶わない。

 次に、『青』の弾丸を左脚に受けて脛の辺りが凍傷を起こし、強く足を踏みしめると激痛が走る。それに加え、先ほど『白』の弾丸が発した光に目を眩まされ、今も視界がややボヤけていた。そして、三船の魔術師としての能力も既に限界に近づいている。

 通常、支援を専門とする三船が一度の出撃で放つ矢は、精々通常の矢を三十本程である。しかし今回三船は発現に一本当たり通常矢十本分の負担が掛かる『麻痺矢(スタン・アロー)』を三本も出した上に、通常矢を六十本、爆発矢を十本は放っている。普段の戦闘の三倍以上という重い負荷。脳は働き過ぎを頭痛で訴え、因子のある左胸にも締め付けられるような痛みを覚えていた。

 しかし、対価として得た情報は大きい。彼は既に、合計六色もの弾丸の色と、その効果の情報を得ていた。三船が扱う矢の、少なくとも倍もの種類がある。

 この情報を伝えることが出来れば、後に来る増援にとって有利に働くことは間違いない。が、問題はそれが出来ないことだ。

 スーツにセットされている無線機は、小型化を重視した結果場所によっては通信が繋がりにくくなる欠点がある。そして今三船がいる場所こそが、まさにその繋がりにくい所なのだ。

 そうである以上、彼がこの情報を伝達するには、直接駆けつけた者に話すしかない。しかし、それがいつ来るかもわからない。

 しかも、アルの方はアーシェラの戦闘ジャケットの一部に損傷が見られるだけで、本体はおそらく殆ど無傷。只でさえ三船の上位互換と言える能力を持つアルを相手にこれ以上持ちこたえることは、はっきり言って無理だった。


「……せめて慈悲を与えてやろう」


 アルが三船の眼前で『黒』の光を胸元で光らせる。動きの鈍くなった彼を、最速の弾で屠るつもりなのだろう。あれで眉間を撃ち抜かれれば、苦しみもなく一瞬で死ねるだろう。確かに、ある意味では慈悲深い。

 三船には既に、対抗する手立てはない。死力を尽くした結果がこの敗北。だが、ただ負けた訳ではない。自身が教えて来た後輩たちが、無事にここから離れる事が出来た。それだけで、彼は今から失われる自分の命に何の不満も持っていなかった。ただ一つ、自身が掴んだアルの魔法の詳細を仲間に共有出来ないことは心残りではあるが。

 彼は、そっと眼を閉じた。散るならば、潔く。

 しかし、彼の意識が現世を離れることは無かった。弾が、飛んでこない。代わりに彼の耳に飛来したのは、風の音。それも真横だ。まるで巨大な団扇で扇がれたかのような突風が彼の水色の髪を揺らした。

 何が起こったかを確かめるため、眼を開いて顔を上げる。するとそこには、三船と逆方向へ跳躍しているアルが、突然現れた黒髪の男に黒の弾丸を放っていた。男は右足で地面を強く蹴って強引に身体にブレーキを掛け停止すると、左足で後ろに跳び、それを回避した。

 三船の眼前で着地した男は、振り向いて三船を見ると、ふぅっと一つ息を吐いてから、少しばかり笑みを浮かべる。


「どうやら……間一髪だったようですね」


 両手に装着された白銀の籠手(ガントレット)と壁の様に広い背中。三船は、駆けつけた男が、純だと一目で分かった。

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