救出戦②
何処を見ても代わり映えしない景色が映るばかりの上、沼地だらけで機動性が損なわれる、そんな森のある場所で三船とアルの戦闘が始まったのは、丁度純たちが沼地へ着いた頃だった。
彼の引いた弓から放たれた矢は、先程のそれと同じく簡単に躱される。アルが黒い光から再び何かーー三船はこれを便宜上『弾丸』としたーーを発射した。しかし、それを予測していた彼は右にステップすることで回避してみせた。
彼は純や白峰のような一線級の魔術師とは異なり、卓越した動体視力や反射神経は持ち合わせていない。無論常人と比較すれば相当に高いものではあるが。だが、それまで三度、弾丸を見た彼は既に弾丸が『真っ直ぐにしか』飛べないことを理解していた。もし弾道を曲げることが出来るのなら、彼が吹き飛ばした後輩達を追って弾丸をカーブさせることが出来たなら、彼らは決して無傷では済まなかったからだ。不意打ちであればともかく、一直線に飛来するなら幾ら速度があっても回避することは充分に可能。
とはいえ、こちらの矢も無策に撃つだけでは余裕で避けられてしまう。まして当たったとしても、急所を直撃しない限りそのダメージは近接武器での一撃には遠く及ばない。
そもそも、彼のスタイルから考えると、こうして単騎で敵と対峙すること自体、愚行と言わざるを得なかった。『弓』という非常に珍しい飛び道具の魔法を扱う彼の本来の役割は『支援』にあるからだ。矢による牽制で敵の機動を制限し、味方が攻撃を当てやすい状況を作り出す。それによって仲間と共に闘い抜いて来た彼だったが、今はその仲間たちを逃すことに注力している。三人の中で三船に次ぐ実力を持つ矢崎が撃たれたこともあるが、仮に彼と共に立ち向かったとしても、勝てる可能性などほんの一、二%上がるかどうか、という程度でしか無かったからだ。そう思わせるほど、アルの恐ろしさは彼の中に焼き付いていた。
しかし、時間を稼ぐ。それだけならば、今の状況は然程絶望的ではない。
「こっちの一撃が通用しなくても、弾丸に当たりさえしなければ……」
更に放たれた弾丸を、今度はより小さい動きで回避。その態勢から矢をつがえ、射る。不安定な体勢とは思えぬ正確無比な狙いで射られたそれを、アルはやはり避けた。先ほどまでと同じく、必要最小限の動きで。しかし、避けるだけの手間を与えること、すなわち後輩たちを追いかける隙を作らないこと、それこそが最も重要なのだ。
このままずっと、引きつけられれば。
彼はそう考えながら、弾丸を確実に避けながらアルに矢を放ち続ける。しかし、何も考え無しに撃っている訳ではない。彼には、切り札があった。
三船の矢には、三種類ある。一つは特に効果のない通常の矢、一つは後輩たちを強引に退避させた爆発する矢、そして最後の一つ、敵の動きを数瞬だが封じる事が出来る『麻痺矢』。これこそが彼の切り札だった。これは爆発矢と同様空中で破裂し、強力なスパークを発する。今のような、通常の矢を撃たれ続けて最小限度の機動で躱しているアルは、スパークの有効範囲からは逃れられない。
時間にして三十秒程の撃ち合い。だが、上手くいけばそれ以降はなくなる。
「……これで!」
弓を水平に構え、三本を同時に装填し、射出する。一本は真っ直ぐアルに、残り二本はそれぞれ彼の左右へ飛んで行く。一見デタラメにしか見えない攻撃。だが、この三本の矢は全て麻痺矢であり、その上それぞれの矢が、スパークの有効範囲をカバーし合っている。つまり、右に避けても左に避けても、スタンは免れない。飛んで避けても、半径数メートルの範囲からは逃れられない。結果は同じだ。
予想通り、アルは軽く身体を右に捻って躱した。と、同時に矢が爆音と共に破裂し、強烈な閃光が三つ迸る。
その瞬間、アルの身体がバランスを崩し、地面に倒れかける。
成功した。三船はアルの頭部が来るであろう位置に偏差射撃を敢行した。たとえアーシェラであっても、脳を破壊されれば死ぬ。それは生物である以上、逃れられぬ絶対の法則。
その矢は確実にアルの頭部に向かい、そしてーー。
『赤い』閃光から発せられた爆発と共に、消えた。そして爆煙から赤い弾丸が飛び出してくる。反射的に右に身を躱すが、その弾丸は彼の横で爆発し、爆風が身体を吹き飛ばし、近くの樹木に頭から叩きつけられた。
一瞬、意識と体が剥離しかける。が、それを貼り直してどうにか立ち上がると、煙の中から静かに近付いてくるアルの姿が見えた。
「色彩の弾丸」
魔法か技か、名前を口にした後、アルは黄色の弾丸を放つ。その時三船は察した。
この男は、自分と同じく複数種の弾丸を使い分けるタイプの魔術師だと。
*
純たちが東条の元へ駆けつけると、そこには既に数十体もの機械兵器が存在していた。
純がさっと確認した限りで、二種類の尖兵が確認出来た。無限軌道に目玉の様な砲台が乗った戦車型、カマキリの姿そのままの昆虫型。
どちらも一体一体なら新兵のアキラでも軽くあしらえる程度の強さだが、ここまで数が揃っていると東条の言う通り、少々厄介だった。
「どうする?」
「無視する訳にいかねぇだろ! ここはこのオレ、霧島アキラ様がーー」
アキラが単身、ザリオンの群れに突撃していく。彼自慢の薙刀『大蛇丸』を豪快に振り回し、戦車型と昆虫型を一体ずつ、瞬く間に斬り伏せた。
「おい、アキラ! あまり出過ぎるな!」
純がアキラを追って駆け出すと、残りの二人も後に続く。アキラは更にもう一匹、昆虫型を斬り裂いており、天下無双気分だった。
「オラぁ!! 俺様に触れられる奴ぁーーどぉわ!!」
アキラの横腹を、一筋の黒い影が強襲した。そのまま陰ーー他二種より強力な、獣型のザリオンに押し倒された彼は、眼前で牙を剥く狼の様な兵器に恐怖した。
「おいおい、待てって。ちょっとーー」
次の瞬間、獣型が蹴り上げられたサッカーボールの如く高空へ打ち上げられ、地面に着くと共に只の機械片へと成り下がった。アキラの傍らには、足を振り上げている純がいる。
「前に出過ぎるなって言っただろ! お前は調子に乗って失敗する癖をいい加減直せ」
「説教なら帰ってからしてくれ! けど、サンキューな。マジで助かった」
純が差し伸べた手を取り、立ち上がる。脇腹を少し爪で裂かれはしたが、傷は浅く戦闘にはそれ程支障無い程度だ。
「擦り傷だ。いける」
「そうか。なら良かったよ。こいつらは……出来るだけ俺が片付ける!!」
純は戦車型のビームを避けると、撃ってきたそれに高速で接近し、右足で蹴り飛ばした。破片を撒き散らしながら、錐揉み状態で吹き飛んでいく。最早、あれが再び動き出すことはないだろう。
次に、昆虫型二体に挟まれたものの、一体を後ろ回し蹴りでノックアウトした後、回転の勢いを利用して右腕を振りかぶり、もう一体に強烈なストレートをぶちかます。複眼らしきパーツが頭ごと砕け、小規模の爆発と共に煙を吹いたまま機能を停止した。直後、背後から獣型が噛み付いて来るも、既に感付いていた彼は左の籠手でその牙を受け止め、空いた右手で体の上側を押しつつ左手を下げ、下から膝蹴りを食らわせた。真っ二つにへし折れた体が、その破壊力を如実に語っている。
純だけではない。残りの二人も順調にザリオンを始末していた。
東条は雄叫びと共に身の丈程の巨大な斧を振り下ろしてザリオンを叩き斬り、二つのスクラップへと変えていく。
白峰は博物館に国宝として展示されても誰も疑問を抱かない様な、余りにも美しい白銀の刀を使い、単調な流れ作業でもやっているかの如く、易々とザリオンを斬り捨てていく。
流石は東京支部きっての精鋭三人と言うべきか、みるみるうちにゼンマイ仕掛けの木偶人形はその数を減らしていく。そこに、再びオペレーターからの連絡無線が入った。
『孤立した四人の内、三人と連絡が繋がりました! どうやら、かなり奥の方まで行っていたようです。一人脚をやられており、それを二人で運んでいるとのこと。しかも、現在地点がわからなくて、抜け出せないらしくて』
「三人? じゃあ後の一人はどうしたんすか?」
『その一人……三船さんは三人を逃がすために、単身アーシェラと交戦した、とのことです。彼とは連絡がつかず、安否が確認できません。また、二体のアーシェラの内一体は何処かへ移動した模様』
「何だと……ちぃっ!」
襲い来るザリオンを蹴散らしつつ、アキラは柳と交信する。そこから聞かされたのは、希望であると同時に絶望でもあるメッセージ。しかし、絶望の本番は、ここからであった。
『そしてもう一つ。先ほど、新たな門を観測しました』
「なっ……」
新たな門の出現。それは即ち、『もう一体アーシェラが増える』ということ。
現在このエリアにいると思われるアーシェラは二体。その二体すら影も形も見つかっていないのに、更に投下される。もし三船と交戦している――既に終戦しているかもしれないが――者を除く二体が孤立している三人に追いついたならば、彼らは成すすべもなく殺されるだろう。もしアーシェラを滝本、白峰の二人が一体ずつ撃破しても、残り一体はどうするか。三船は単体での戦闘には向かない為、単騎でアーシェラを仕留められる可能性は極めて低い。はっきり言って、全員を助けることは、アキラには不可能に思えている。
「せぇぇぇぇい!!!」
東条が斧を薙ぐと、三体のザリオンが爆発四散した。先ほどの連絡を聞いていない訳ではないはずの上、ザリオンの数が明らかに増加している。にも関わらず、東条は臆することなく果敢に闘い続けている。
「いけぇ! 滝本! 白峰ェ! ここは、この俺が引き受ける!」
「東条先輩!?」
「聞いただろう? 今の状況を打破するには、アーシェラを仕留めるしかない! 今それが出来るのはお前たちだけだ! だから行けぃ! 霧島、お前は俺の後ろにつけ! 獣型は俺がやる。お前はやれると思った時だけ仕掛ければいい! ぬうあああああ!!」
東条は三人に指示を出しつつ、不燃ゴミを次々に生み出していく。その熱意に当てられ、三人が動き出した。
「わかりました。行きましょう、滝本さん」
「ああ。アキラ、東条さん。ご無事で」
そして純と白峰は、オペレーターの指示を仰ぎ、最初にゲートが確認された地点へと向かっていった。
*
「滝本さん。ここは、二手に分かれた方が宜しいのではないでしょうか」
「理由は?」
「先ほど柳さんが言っていたように、今最初の地点には多くとも一人のアーシェラしかいません。まして、もし既に三船さんが手遅れだった場合……相手がそこを離れていれば、二人だと無駄足になります。その上、完全に居場所の予測が出来ない三人を探し出す必要もあります。三人の内誰かが負傷しているようなので、彼らはアーシェラに捕捉されたら逃げることも適わない。故に、僕と滝本さんのどちらかが三船さんの救出に、もう一方が別のアーシェラを狙う、という風にすると効率が良いと考えました」
白峰の理論展開に反論するべき箇所が見つからず、純は即座に頷いた。
「わかった。俺が三船先輩を助けに行く。他のアーシェラと残りの三人探しは任せていいか?」
「了解です。では、ご武運を」
「そっちこそ」
そして二人は、それぞれ別方向へ向かって行く。純は柳と交信し、再び最初の門の座標へと近づいていく。
「間に合えよ……」
*
門から現れた男は、周囲を見渡した。おおよそ戦場には不似合いな装飾品だらけの紫色の髪をかき上げ、不気味に笑う。
「うっわ、何だココ。ジメジメしてて気持ち悪いったらありゃしねえ。森ってのはさ~、もっとこう……陽気に照らされ、小鳥が鳴いて……そんな風に、居たら元気が『もりもり』出てくるようじゃないと~~。なんつって。ぎゃはははははは!!!」
身体が泥で汚れることも厭わず、地面を文字通り笑い転げるアーシェラの男。その笑いぶりは明らかに異常であり、自分のジョークで笑い死にそうな程だ。十数秒ほど笑い続け、ようやく治まったところで、彼は立ち上がってピョンピョン飛びながら首を回し、準備運動を始めた。
「いや~笑った笑った。やっぱり俺『サイト・オブ・サイ・キック』様のお笑いセンスは世界一よねぇ。まあそれは置いといて、魔導協会の連中を――」
後ろから気配を感じた。これは、殺気。明確かつ強力無比な殺意。サイ・キックが後方の殺意から放たれた一撃を口笛を吹きながら避けると、その横を華奢な身体が通り過ぎて行った。
「ヒュー、あっぶね。いきなり襲い掛かってくるなんて、物騒だねーここ」
「いきなり……ねぇ。それは、アンタたちが言えたことかしら?」
仕掛けてきたのは、赤毛にボブカットの女性。その両手には、蒼く光る槍が握られていた。だが、最もサイ・キックの興味を引いたのはその眼。炎を灯している様な紅蓮の瞳は、刺し違えてでも自分を殺す、という強靭な『意志力』を発している。
「あの……そんな情熱的に見つめられると、僕チン困っちゃうな? その燃えるような瞳……萌えるなぁ。なんつ――」
冗談は、彼女の一閃によって遮られた。
「あんまりふざけたこと言ってると……心臓ぶち抜くわよ?」
ニヤけ面を崩さないままで、サイ・キックは槍を躱す。
「言わなくてもそうするでしょ?」
「そうね……」
女性は一度身を引くと、静かに語り始めた。
「アタシから故郷を……親を……大切な人達を奪った悪鬼羅刹……地球の癌にして、ダイオキシンさえ上回る最悪の汚染物質……」
彼女は槍を構えると、声高に啖呵を切った。
「アタシは劉紅花! アンタたちアーシェラは、アタシがこの地上から殲滅する!!」




