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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
一章-同棲任務-
10/90

大好き

 愛花が魔導協会で保護されてからというものの、昼は愛花の世話役を任されていた瀬良と交流したり持ち込んだ恋愛小説を読んだりして時を過ごし、夜は医務室の空いているベッドを借りて眠った。離れたベッドを使ったとはいえ、初日こそ同じ部屋に純がいるという状況に緊張して眠れなかったが、二日目はそれまでの寝不足により、そんなことを気にする余裕もなく眠りこけた。

 そして三日目。純と同棲する部屋への引っ越しを明日に控えた愛花は、一日中ソワソワと落ち着かなかった。朝から純との同棲ばかり考えては『純はお仕事だから浮わついちゃダメ』と自戒、の繰り返し。更に二日目に聞かされたことだが、同棲中は『魔導協会内を除き二人が一定距離離れることが禁止』される。宮村曰く、


「室内警護とは言ったが、いつまでも部屋に引きこもらせる訳にも行かねえだろ。厳密に言えば室内+SPみてぇなもんだ。離れちまったら意味ねぇだろうよ。だからこそお前さんが気の置けない滝本を選んだんだ」


 とのことだった。言っていることは最もなのだが、それにしても純とずっと一緒というのは、嬉しいと恥ずかしいが半々と言った所だった。


「う〜〜……」


 彼女はただ、三つの机と六つの椅子が置かれたラウンジで頭を抱えて唸り続けていた。目の前にあるほとんど口をつけていないイチゴミルクは、すっかり温くなっている。


「あら、愛花さん。どうか致しましたか?」

「瀬良さん。その……明日だって思うと、落ち着かなくて……」

「あら、そういえばもうそんな日でしたか」


 この三日間で、愛花と瀬良はかなりお互いを気に入っていた。この短期間でありながら、『親友』と呼んでも過言ではない程に打ち解けていたのは、二人のコミュニケーション力故か、それとも女性特有の何かがあるのか。


「落ち着かないのでしたら、一緒にお風呂に入りませんか?」

「お風呂……ですか?」


 魔導協会に浴室があることを愛花は知っていて、当然利用もしていた。が、瀬良と裸の付き合いをしたことはまだ無く、そしてそのような誘いをしてくることに少し驚きさえしていた。


「ええ。時間も丁度良いですし、お湯にゆっくり浸かると落ち着くでしょう?」

「それはそうですけど……はい、行きます」


 愛花は若干答えを渋ったが、やがて小さく頷いた。



 *



 魔導協会の浴室は、多くの職員が利用することを想定してそれなりに広く作られている。そして今は午後五時半という入浴時の時間。愛花と瀬良以外にもオペレーターや技術部、総務部といった各部署の女性職員が複数人確認出来る。


「む〜〜……」


 愛花が瀬良と風呂に入るのを少し渋った理由。それは、彼女の完璧な身体をありのまま見ることになるからだった。

 はち切れんばかりの自己主張をしていた双丘はスーツという拘束具から解放され、自由になっていた。生で見ることで一段とその迫力は増し、それは最早丘というより、『山』と呼ぶべき代物だった。


「やっぱり凄い……」

「うふふ、何を言ってるんですか。愛花さんも美しいですわよ」


 瀬良は本心から自分の身体を褒めている。それはわかっているのだが、彼女の男性の理想を具現化した様なスタイルの前には、恥ずかしくて仕方がない。

 だが事実、風呂上がりのマッサージ、朝と夜の豆乳など様々な手段を行使して育てられた愛花の胸は、一般的に言えば十二分に『巨乳』である。全体的なプロポーションも決して悪くない。彼女自身は少し気にしているが、ウエストの肉も程良い程度に収まっており、むしろ人によってはこちらの方が好みである可能性もある。故に愛花は、自分のスタイルにはある程度自信を持っていた。

 しかし今日、その自信は打ち砕かれた。瀬良のプロポーションは、最早『芸術』の域にまで達していた。出るところは出て、引っ込むところは引っ込むが徹底されたそれは、男受けどうこうとは別の次元にいると言っても過言ではない。無意識に目を奪われる大質量でありながら、下品さは一切無く、むしろそれが無ければアンバランスとすら思える程、あらゆる部位が理想的な形状を保っていた。


「ありがとうございます……うう……」


 なるべく瀬良の体を見ないようにしつつ、愛花はボディーソープを出してタオルを泡立てた。



 *



「ところで瀬良さん」

「はい、何でしょう?」


 瀬良と愛花は体を洗い終わり、湯に浸かっている。瀬良の風船が湯に浮かんでいるのを気にしつつも、この三日間ずっと気になっていたことを尋ねてみた。


「瀬良さんって、『東京支部みんなのお姉さん』なんですよね?」

「ええ、そう呼ばれています。もっとも、私より年上の殿方は沢山いらっしゃいますが」

「えっ、瀬良さんって今幾つなんですか?」

「今年で二十歳ですが?」

「ええ!? は、二十歳!?」


 明かされた事実の余りの衝撃に、愛花は思わず湯船から勢い良く立ち上がった。愛花は瀬良の年齢を二十五、六と推定していた。これほどまで大人びた風格と落ち着きを持つ女性が自分とは二つ、純とは一つしか変わらないとは一切思っていなかったのだ。


「あっ、ごめんなさい……。その、瀬良さんが老けているなんて言うつもりはなくてーー」

「うふふ、ご心配なく。年齢の話をすれば皆さんその様な反応をしますから」


 瀬良は本当に全く気に留めていない様だったため、愛花は少し驚きつつそっと湯に浸かり直した。


「あ、それで話を戻しますけど。えっと……東京支部みんなのお姉さんって呼ばれてますけど……誰か気になる人とか、いないんですか?」

「いませんわ」


 愛花がドキドキしながら聞いたことを、真顔でキッパリと言い放つ瀬良。そのハッキリと物を言う性格のおかげで、愛花は安堵した。


「そうなんですか……じゃあ、純のことも?」

「滝本純さん、ですか。確かに彼の頑丈さは魅力と言えますが、ご安心下さい。私、筋肉男は趣味ではありませんから」

「ご安心下さいって……私は別にそんな……」

「あら? お好きでは無かったのですか? 滝本さんのこと」


 のぼせた訳でも無いのに、愛花は茹で蛸の様に顔を赤くした。そして今までそう尋ねられた時と同じような反応を返す。


「す……好き、ですけど……どうしてわかったんですか?」

「だって貴方、よく誰かの事を考えているような、そんな目をしてるんですもの。それが誰かはわかりませんでしたが、今の質問で確信しました」

「わ、私そんなにいつも純の事ばかり考えて……」


 否定しようとした。が、それまでの自分を振り返ってみると、確かに純に想いを馳せることが多い。

 思い返してみると、休日明けに学校で友達に話す純の話に『今週の滝本先輩』というバラエティーのコーナーじみた名前を付けられていた。修学旅行、夜のコイバナでは『いつも聞いてるから』という理由でパスされたりもした。愛花自身今まで意識していなかったが、確かに自分は純の事をよく、いや下手をすれば常に考えている。


「あうぅ……恥ずかしい……」


 遂に何も言い返すことが出来なくなり、愛花はただこの場から逃げ去りたい程の羞恥心に悶えることしか出来なくなった。瀬良はただ微笑ましげに彼女を見つめている。


「恥ずかしがらなくても良いではありませんか。それだけ大切に思える殿方を見つけられた、というのは女性としてとても幸せなことだと思いませんか? 少なくとも、私は愛花さんが、とても羨ましく思います」

「は、恥ずかしいけどそう言って貰えるのは嬉しいです」

「ただ、いつもその方のことばかり考えていては、相手に『重い』と思われてしまいかねないので、そこは気をつける必要があるかもしれませんが」

「それはそうですけど……し、仕方ないじゃないですか!」


 愛花は知っていた。自分の愛情が世間の人々からすれば『重い』ものであるということを。だがそんなことを言われても、心の底から溢れ出る想いは決して止められない。

『光』を失くした自らの世界に再び『灯り』を灯してくれた、不恰好で、泥臭くて、誰よりも真っ直ぐなあの(ひと)を。


『なら君が笑える様になるまで、僕は君の横にいる。笑わない君を泣かせようとする人から、何度でも君を守る』


 『優しさ』を感じるための心を思い出させてくれたあの言葉を、その時の気持ちを決して忘れられない。

 愛花は、自分の純に対する気持ちを、『平仮名と漢字の三文字』に詰め込んで瀬良に話した。


「ずっと……『大好き』何ですから」


 愛花は恥ずかしさの余り、湯船に口まで浸かり、口から吐いた息でブクブクと泡を立てた。ちょうど目線の先に、瀬良の風船と谷間があることなど、最早気にならなかった。

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