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諸々の正体

「あ、気が付きましたよ、柚香殿、柚香殿!」


 四郎さんの声で、僕は慌ててソファに駆け寄った。

 そこには気絶したまま寝かされていた柚香ちゃんが、ぼんやりとした表情で薄っすら目を開いている。

 屈みこんで脈を取っている四郎さんに気が付くと、弱弱しい声で「ここは?」と尋ねた。


「柚香殿が働いているコンビニの二階の事務所であります。それより具合はどうですか? 痛む処はありませんか?」

「うん……多分……平気……かな?」


 眉間に皺を寄せて、記憶を手繰り寄せているようだ。

 でも、四郎さんの問い掛けに、彼女は顔をしかめながらもはっきりと返事をしていた。

 取り合えず、無事だったらしい。

 安堵感でいっぱいになった僕は、その場にヘナヘナと座り込んだ。


 四郎さんはまだ真剣な表情を崩さず、彼女の顔を両手でそっと包み込んで観察している。

 細い首筋に赤い痣があるのは、さっき店長に絞められた痕だろうか。

 色白な肌だけに、そこだけがなんとも痛々しい。


「柚香殿、あやつに嚙まれたりはしていませんか?」


 首筋にそっと指を這わせる。

 彼にしてみれば店長が血を吸ったんじゃないかと医学的な観察をしているのだろうけど、ビジュアル系イケメンに超至近距離に見つめられた柚香ちゃんは顔を真っ赤にして戸惑っている。

 なんなんだ、この不愉快な絵は!?

 殺されかけながらも瀕死の彼女を果敢に助けたのは僕なんですけど。


「はい、大丈夫です…首を絞められましたが、噛まれてはいない気がします。助けて下さってありがとう……」


 頬をバラ色に染めた柚香ちゃんは、恥ずかしそうにそう言って俯いた。

 

 ちょっと待て!

 もはやこれは恋に落ちているパターンじゃないのか!?

 いくら四郎さんが稀に見るイケメンだからって、その人は本当は100歳以上の高齢者なんだぞ!

 イライラが頂点まできた僕は、二人の世界を邪魔すべくズズイと真ん中に割って入った。


「あっ、あのねえ! お取込み中失礼するけど、君を助けたのはその人じゃなくて……」

「何を隠そうこの俺だ!」


 野太い声が後ろから響いて、振り返るとさっきまで古雑誌を読み漁っていた啓二郎がふんぞり返って僕らを見下ろしている。

 柚香ちゃんは驚きの表情で両手で口元を抑えた。


「ほ、本当? あなたが私を?」

「まあな。あんな雑魚、俺の一蹴りでノックアウトよ、フハハハ……」

「すごい……強いんだ」 


 ふんぞり返っている敬二郎を柚香ちゃんは尊敬の眼差しで見上げている。

 事実だけに、僕は反論することもできずグヌヌ……と歯を食いしばるしかなかった。

 その時、僕の背中をポンポンと四郎さんが叩いて言った。


「でも、柚香殿を助ける為、いの一番に駆け付けたのは南条君であります。彼の到着が少しでも遅れたならば、柚香殿はあの店長の毒牙に掛かっていたことでしょう。今回の一番の功労者は南条君ですよ」


 フォローしてくれたつもりなんだろうか、四郎さんは「ねっ?」と僕を見て笑った。


「そうなんだ……」


 柚香ちゃんは今度は真っ直ぐに僕を見つめた。

 彼女の強い視線に僕の胸がドキドキ高鳴り始める。

 やがて、柚香ちゃんはフッと表情を緩ませると、僕ら皆を見回して「皆、ありがとう」と言ってから、頭を下げた。

 十把一絡げに感謝されてしまったのは不本意ではあったけど、僕はもう黙っていた。

 柚香ちゃんが無事で、僕らに天使の微笑みを見せてくれただけで、全てが報われたような気がしたから。



 柚香ちゃんはフラフラしながらも何とか立ち上がると、いまだ伸びている店長の傍らに行った。

 だが、近づいただけでその異臭に気が付き、顔をしかめて立ち止まった。


「な、なにこの臭い? この人、本当に店長なの?」

「お前が知らないのに俺達が知っている筈がないだろう。店長かどうかは知らんが、こいつは動く死体、所謂、ゾンビだ」

「ゾ、ゾンビ!?」

「安心しろ。もう死んでいる。多分、しばらくは動かないと思うが……」

「こっ、この人、死んでるの!?」


 柚香ちゃんは口元と鼻を両手でガードしながら、横たわっている小太りな男の周りを遠巻きに観察し、そして首を傾げた。


「この人、店長じゃないわ。私が店長を最後に見たのは半年前くらいだけど、こんなに太ってなかったし、背ももっと高かった」

「……お前は同じ店で働いていて、店長を半年も見てないのか?」

「だって、店長は深夜のシフトの時しか現れないし、私はいつも夕方で帰っちゃうから……」


 呆れた顔の敬二郎に、柚香ちゃんも申し訳なさそうに首を竦めた。

 深夜営業をしているレンタル屋も同じような環境なので、僕にはよく分かる。

 昼勤と夜勤では、店員も店の雰囲気もガラリと変わるし、そもそも店長が二人いるところだってある。


「じゃ、誰なんだ、こいつは?」

「知らない。こんな人、初めて見たわ。誰なのかしら?」


 柚香ちゃんの言葉に、僕と敬二郎は顔を見合わせた。

 彼女も茫然としたまま、動かぬ死体となっている人物を見つめる。

 この男が既に死亡していて、どういう経緯か分からないけどゾンビ化したまま襲い掛かって来たのは間違いないのだ。


「あの、皆さん、ロッカーからこんなものが出てきましたよ」


 四郎さんの声に一同が振り向く。

 四郎さんが開けた鉄製のロッカーに無造作に突っ込まれていたものは、どっかで見たような黒いジャケットとパーカー。

 僕が愛用している大手アパレルメーカーで1980円だったものだ。


「おい、これ、お前が着てるのとお揃いじゃないか」

「うん、多分、去年のバーゲンで1980円だったパーカーだよ」

「うわあ、丸被りじゃないの」

「で、でも、僕のじゃないよ! ほら、今、着てるし!」


 四郎さんが腕を組んだまま、村の長老の如く「フム……」と唸った。


「思うに、この男、美雪さんを付け狙っていたというストーカーなのではありませんかな? 美雪さんを狙っていた筈が何者かによって返り討ちに遭い、かような姿で店長の代理で働かされる羽目になったのでは?」

「……この男がストーカーだというのは納得するとして、どういう経緯でこの状態になれたんだ?」

「そうだよ! ゾンビってなろうとしてなれるものじゃない。ゾンビを作る親ゾンビが必要だろ。しかも、店長の代理で働かされてたなら労働法に違反してるよ!」

「いや、こいつがたまたまここにいたからって、店長代理で働いていたとは限らないだろう」


 僕らの話を神妙な顔で聞いていた柚香ちゃんが、眉間に皺を寄せたまま低い声で言った。


「じゃあ、親ゾンビは本物の店長だったってことにならない? 美雪さんにストーカー男の相談をされた店長がこの男を殺してから自分の代わりに働かせてたんじゃないの?」

「まあ、そう考えるのは自然な流れではあるよね。でもさ、この時代にゾンビなんてあり得ないでしょ?」


 時代錯誤な吸血鬼である自分の事を棚に上げて、僕は軽く流そうとした。

 だけど、敬二郎と四郎さんは真剣な面持ちで、死体を見つめたまま黙り込んでいる。


「な、何? 二人共、真面目な顔しちゃって?」

「南条、厳密に言えばこいつはゾンビじゃない。俺達一族の『ナリソコナイ』だと思う」

「な、『ナリソコナイ』!?って、何?」


 初めて聞く単語に、僕と柚香ちゃんの声がハモる。


「まあ、俺もこの目で見たのは初めてだがな」

「間違いないでしょう。この者は吸血鬼に輸血されたが、失敗に終わった者の成れの果てです」


 四郎さんも神妙な顔をして続けた。

 意味が分からない僕は、ただポカンとするしかない。

 僕らの正体すら分かっていない柚香ちゃんは尚更だった。

 ツンツンと逆立てた短髪を搔きながら、敬二郎は重い口調で言った。


「俺達吸血一族は、人間に輸血をする事で仲間を増やしてゆく。だが、全ての人間が一族として生まれ変わる訳ではない。輸血された結果、一族になり切れず、動く死体状態ゾンビになる者もいるのだ。それが『なりそこない』だ」

「はあ……そうなんだ」

「実は、ここ一年くらいの間、面白半分に人間を襲い、輸血し、半死人状態にして隷属させ弄ぶという愉快犯があちこちで出現しているのであります。吸血一族親睦協会でも問題になっておりまして、我々は協会からその犯人を早急に特定し、見つけ次第、抹殺するようにと指令を受けていたのであります」

「……は? 協会から?」


 な、なんだ、それ?

 二人とも、あの協会の指令を受けて、今まで動いてたってこと?


「何だよ、それ。まさか、敬二郎も協会からの命令で来てるの?」


 僕の問いに、敬二郎は益々気まずそうな顔になって、広い肩を竦める。


「……まあな。サンパウロに在住していた俺が日本までやって来たのは、協会からの依頼があったからだ。誇り高き吸血一族からとんでもない狂人が出たから、何とかしろってな。俺は悪名高かったから白羽の矢が立ったんだろうが、どうせ暇だったから渡航費は協会もちならって条件で請け負ってやったのだ」

「えええ~???」


 敬二郎のまさかの告白に、僕は驚きを通り越して呆気に取られた。

 最初に「友達はいないから一緒にクリスマス会しよう!」って言ったのは嘘だったのかよ!?


「じゃ、じゃあ、最初っから、その愉快犯を探すために、二人共、僕のところに来たの? クリスマス会とかじゃなくて?」

「う……む、まあ、それも目的の一つであったことは否定はできんな」

「だったら僕のとこでなくてもいいじゃないか。どうしてピンポイントでこの町に来たんだよ?」


 思えば、最初から敬二郎は僕の住所はもちろん、バイト先まで知っていて、二日間も尾行してたって言ってた。

 それも、協会の差し金だったのか?

 僕の言わんとすることを理解した四郎さんが、申し訳なさそうに銀髪をクシャクシャ掻いた。


「……非常に言い難いのですが、協会からの愉快犯の容疑者リストの中に南条君の名前が入っていたのです。自分達は南条君を徹底的にマークするようにとのお達しが来ていたのであります」

「はああ????」


 僕が容疑者のリストに入ってたって!?

 いくら僕が協会に協力的でない吸血鬼だからって、容疑者扱いはないだろう。

 人畜無害にひっそりと今まで生きてきたのに、協会は僕の何を知ってるんだ?

 あまりの屈辱に、僕の爪がバキバキと音を立てて硬化し、目は吸血モード全開の紅蓮の赤に変わった。

 敬二郎が慌てて、白々しいフォローを入れる。


「まあ、落ち着け。結果的に、これでお前が犯人ではないことが証明されたわけだ。俺達の任務も半分くらいは完了だし、クリスマスもこれから……」

「ふざっけんな!」


 もう、あったま来た!

 冗談にも程がある!

 二人共、昔の友人を装って、実は僕が『ナリソコナイ製造者の愉快犯』だと疑って、今までつるんでたんだ!

 もし、僕が本当に愉快犯だったら、協会の指令に従って抹殺するつもりだったのか?

 くっそおお!

 コミュ障だと思って、なめんじゃねー!

 友達ができて、僕は少しだけ嬉しかったのに……!


「おい、南条……」

「南条君、話を聞いてください……」


 おずおずと歯切れ悪く、二人は弁解しようとしていた。

 でも、その腫れ物に触るような態度は、僕を更に苛立たせただけだった。


「うるさい! 人を馬鹿にするにも程があるよ。君達の顔はもう見たくない。もう二度と僕の前に現れないでくれ!」


 怒りと悲しみと、その他諸々の感情を必死で押し殺し、僕はクルリと背を向け、さっきぶち壊したドアに向かって走り出した。

 さすがに言葉もない敬二郎と四郎さんは何か言いたげに口を開きながらも、黙って僕を見送る。

 

 さんざん振り回された挙句に、こうもあっさり裏切られるなんて……。

 やっぱり、僕には友達なんかいない。

 裏切られるくらいなら、一人で永遠に生きてやる!

 まあ、死にたくても、死ねないけどな。


 コンビニを飛び出すと、真っ暗な夜空にチラホラと白いものが舞っている。

 

「雪?」


 熱くなった顔に冷たい粒がヒラリと舞い降り、目の下でジワリと溶けた。

 それが雪なのか涙なのか分からなかったけど、袖でグイと拭う。

 その袖が突然、後ろから引っ張られて、僕は危うく転倒しそうになった。


「ま、待って下さい! まだ何にも解決してない気がするんですけど?」


 僕のジャケットの袖に縋りついていたのは、息を切らせながら必死の顔で僕を見上げる柚香ちゃんだった。

 

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