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ゾンビ出現

「おい、南条」

「……何?」

「あの柚香ってガキは、確かに美雪って女の住所を聞きに行ったんだろうな?」

「そう言ったよ。佐々木美雪さんの住所は履歴書に書いてあるだろうから、店長に聞くって……」

「だったら、どーして30分も経ってんのに出て来ないんだ!?一体、店内で何をやってるんだ!?」


 苛々も最高潮に来た敬二郎が、太い指をバキバキ鳴らしながら不平不満をぶち撒けた。

 無理もない。

 店内に戻ってからさっぱり出て来ない三谷柚香を、僕らはもう30分くらい待っている。




「ちょっと待ってて。店長に美雪さんの住所聞いてくるから」


 僕らの生贄・佐々木美雪の安否の確認という点において、三谷柚香と一致団結した僕らは、彼女がそう言って再び店の中に入るのをホッとしながら見送った。

 美雪さんが行方不明と聞いた時は驚いたけど、案外、自宅にいるんじゃないか?

 なにしろ、今日はクリスマスイブなのだ。

 急に用事ができて仕事に来られなくなって、自宅で居留守を決め込んでいるのかもしれない。

 彼女の恋人が、突然、有給休暇を取って二人でイブを過ごす事になったら、バイトなんかドタキャンしてしまうだろう。

 まあ、彼女に恋人がいればの話だけど。

 そんな事を考えている間に時は更に過ぎていき、敬二郎のイライラも徐々にレベルアップしてきた。


「おい、南条! 住所聞きに行っただけなのに、どうしてこんなに時間が掛かるんだ!? 何だかんだ言って、俺達の事をサツにチクリに行ったんじゃないだろうな」


 せっかちな敬二郎は、僕の肩をグイグイ小突きながら文句を垂れ流す。

 さっきは何の役にも立たなかったくせして、図々しい男だ。

 でも、僕には文句を言う気力は残っていなかったので、当たり障りのない回答をしておいた。


「美雪さんの安否を確認したいのは彼女も同じなんだから、今更そんな事しないと思うよ。どのみち、美雪さんの住所が分からなければ僕らも動けないんだから、ここで大人しく待つしかないよ。気になるなら敬二郎さんが様子見に行けば?」

「……俺が行っても話にならん。無益な言い争いになるだけだ」

「敬二郎さんの話し方は女の子に対して失礼なんだよ。もっと優しくしてあげなくちゃ」

「フン、生温いことを……、だから女は苦手なんだ」


 敬二郎は不貞腐れた顔をして、フイと横を向いた。

 サングラスの奥の赤い目が普段のライトブラウンに戻っている。

 この人もこうやって黙っていれば普通の人だし、結構カッコいいのに。

 どうして僕らはややこしい性質の一族に生まれついてしまったんだろう。

 敬二郎は、いかつい外見で口が悪くて行動も突発的だから誤解されやすい。

 でも、本当は寂しがりで、顔だってよく見れば男前なのに。

 やはり、吸血族云々以前に、彼の性格に難ありだ。

 残念な敬二郎が少しかわいくなってきた。


「なんだ? 何が可笑しい?」


 無意識にニヤニヤしていた僕の脇腹に敬二郎のストレートが入った。

 

「い、いや、敬二郎さんにも苦手なものあるんだなって思ったら、なんかかわいいなって……」

「貴様、この俺を愚弄するか!?」


 その時、「パリーン!」と店内で何かが壊れる音が聞こえた。

 普通の人間なら恐らくは気が付かない、微かな音。

 だけど、五感が無駄に発達している僕ら吸血一族には十分に聞き取れる音域だ。

 店の入り口付近で待機していた四朗さんがピクッと身体を硬直させる。

 サラサラの銀髪の隙間から真っ赤になった目が緊張でギラリと光った。

 

「店内で争っているような音が聞こえます。床をバタバタ走っているような……あ、女性の声がします!」


 四朗さんが言いかけたその時、僕の耳にも小さな女性の悲鳴が聞こえた。

 柚香ちゃんに間違いない。

 押し殺された小さな声は、確かに助けを求めている……!

 僕は弾かれたように駆け出し、勢いのまま店内に飛び込んだ。


「柚香ちゃん! どうしたの!?」


 昼間みたいに明るいコンビニの店内には、客はおろか、彼女の姿も、夜間一人で働いている筈の件の店長の姿も見えない。

 まさか客がいないからって、営業してる店に誰もいないって事はないだろう。


「南条君! 上です。この建物の二階から微かに女性の声がします。階段がレジの奥のドアの向こうに見えます……、そこから二階に上がって下さい、急いで!」


 僕の後についてきた四朗さんが、グルリと店内を見回して、素早く指示をくれた。

 さすが軍隊経験者の長老、年の功から透視能力まで開発されたみたいだ。

 だけど、今は冗談を言っている場合ではない。

 四朗さんの指示通り、僕はカウンターの中に飛び込んでドアを開けると、二階に続く階段を駆け上がった。

 階段を上がった正面に『STUFF ONLY』の小さな看板が掛かったドアが行く手を塞いでいる。

 ノブに手を掛けたが、中から施錠されているドアはガタガタ動くだけで、開こうとはしなかった。

 その時、今度は僕の耳にもハッキリと柚香の悲鳴が聞こえた。

 

「や、やめて! たすけて……、誰か!」


 僕の頭の中が一瞬で真っ赤になった。

 体中の血液が沸騰し、両手の爪が鋼鉄のように硬化すると、皮膚を突き破って伸びる。

 その爪が伸び切るのを待たず、僕は力任せにドアのノブに打ち下ろした。

 アルミ製のドアノブは鉄のハンマーをぶつけられたくらいの衝撃を受けて見事にひしゃげ、金具もろとも僕の足元にガチャンと音を立てて落下した。

 同時にドアを蹴り飛ばし、僕は部屋の中に突入する。


「柚香ちゃん……!」


 そこで見たものに、僕は思わず息を呑んだ。

 タイムカードが掛かった白い壁、在庫のスナック菓子のダンボールが乱雑に並べられたラックとパソコンが置いてある事務用デスク。

 何の変哲もないコンビニの事務所の真ん中に、モズグリーンの制服を来た小太りの男が蹲っていた。



 外から見るより案外広いコンビニの事務所はガランとしていて、その真ん中で蹲っているように見えたそいつの姿は真っ直ぐ僕の視界に飛び込んできた。

 小太りな体は蹲っているのではない。

 床に横たわった三谷柚香に馬乗りになって押さえ込んでいるのだ。

 気絶しているのか、床に投げ出された柚香の両足は脱力してピクリとも動いていない。


「柚香ちゃん!」


 思わず叫んだ僕の声に、そいつはゆっくりと首だけ持ち上げると、上目遣いに僕を睨んだ。

 この小太りな男性が店長だという事は、着用しているモスグリーンのユニフォームから見ても間違いないだろう。

 だが、今の彼は店長どころか、もはや人間とは思えない凄まじい形相で、憎悪を込めた目で僕を凝視している。 

 顔色は赤黒く変色し、真っ赤に光る両目は僕らと同じ吸血モードの状態だ。

 裂けて出血している両唇の端から大き過ぎる牙がはみ出して、赤く染まった唾液がダラダラと床に滴り落ちる。

 興奮を抑えきれない犬のように、小太りな身体をひっきりなしに揺らしながら、そいつは僕に向かって低い唸り声を発した。

「グルルル……」と地の底から聞こえてくるようなその声は、まるで野生の狼の如しで、今の彼に意識があるのかどうかも疑問だ。

 僕は警戒しながらも、少しづつ二人との距離を縮めた。

 モンスターと化している店長を興奮させないように言葉を選びながら、ゆっくり話し掛ける。


「あ、あの、あなたはここの店長さんですね?」

「……オマエ……ダレダ?」


 喉の奥から吐き出される溜息みたいなしゃがれた声に、外国人みたいな変なイントネーション。

 だけど、何とか聞き取れる言葉を店長は発した。

 どうやら会話は成り立ちそうだ。

 僕はそのまま低いテンションで話を続ける。


「ぼ、僕の名前は南条。通りすがりの者ですが、柚香さんを助けにきました」

「……?」

「あ、あなたが押さえ込んでいる女性を今すぐ解放して下さい!」

「……ウ…グアアアア!!!!!」


 店長は肉食獣のように口角を引き上げて吠えた。

 どうやら怒っているらしい。

 開いた唇の間から、赤い唾液が滴り落ちていく。

 真っ赤に充血した細い目を釣り上げて、店長は吠えた。


「オマエ……コロス!」


 次の瞬間、店長は目にも留まらぬ俊敏さでパッと飛び上がると、僕に向かって突進してきた。

 柚香に気をとられるあまり油断していた僕は、彼の最初の一撃は何とかかわしたものの、勢いで背中からひっくり返った。

 床に仰向けになった僕の腹の上に、間髪入れず店長のメタボな体が飛び乗ってくる。

 小太りな外見から想像もできない、すごいスピードだ。

 あっさりマウントを取られた僕は、さっきの柚香と同じ姿勢で押さえ込まれた。

 仰向けになった僕を見下ろすと、店長はシャーッという不気味な笑い声を上げた。

 裂けた唇の間から酷い悪臭がする。

 なんだ、この臭い!?

 僕らの栄養源である血液と似て異なる、もっと腐ったような……。


「腐乱死体……?」


 思わず口から出た言葉に、店長は細い目を見開いた。

 彼にも僕の変化した赤い瞳と八重歯くらいの牙が見えている筈だが、躊躇する素振りもない。

 店長の両手が僕の首に巻き付いた。

 いきなり気道を塞がれ、僕は無意識に「グゥッ……!」と呻き声を上げる。 


「オマエ……コロス!」


 ま、まずい。

 こんな処で得体の知れない化け物にあっさり殺されたんじゃ、一族の面汚しもいいとこだ。

 そう言おうと思っても、息ができないので声にならない。

 酸素が足りなくなって、目の前がだんだん暗くなってくる。


 うわあ……

 このまま殺されたら、またリセットだ。

 敬二郎、四朗さん、何やってんだよ。

 柚香ちゃんだけでも誰か助けて…。


 そう思った時、バキャッとものすごい破壊音がして、僕の上にいた店長が天井まで吹っ飛ばされた。

 コンビニの低い天井にガン!と頭を打ち付け、真っ直ぐ床に落下した店長は「ギャッ!」と変な悲鳴をあげたまま動かなくなった。

 店長の重圧から解放されて、僕は咳き込みながら上半身を起こして息を吸い込む。

 新鮮な空気を肺いっぱい補給してから、たった今、豪快な蹴りを見せてくれた敬二郎の長い足にしがみついた。


「あ、ありがとう、敬二郎。助かった」

「礼には及ばん。南条、ドアを壊して侵入したまでは良かったが、やられるのが早過ぎるぞ」

「わ、悪かったね。これから反撃するつもりだったんだよ」

「ハ、どうだか……、いや、そんなことより、アレがこの店の店長なのか?」


 サングラスを外した敬二郎は、彫りの深い顔を更に険しくして、床でダウンしているアレを呆然と見下ろしている。

 敬二郎の長い足にもたれながら、僕はヨロヨロと立ち上がった。


「そうだと思う。あいつ、今、柚香ちゃんを襲ってたんだ」

「何だと? じゃ、アイツも俺達のお仲間なのか?」


 呆れたような表情になって、敬二郎は肩を竦めた。

 激しく同類にされたくないという顔だ。

 その気持ちは僕も同じだったので、ツッコミはしなかった。

 今の店長の姿……、あれは間違いなくゾンビだ。

 僕らは生きているけど、彼らは死体だ。

 自己満足の世界かもしれないけど、僕ら的にはその違いは大きい。

 色々面倒臭い体質の吸血族だけどゾンビとは一線引いてもらいたいという、この意味不明なプライドの高さも吸血族故だ。


「敬二郎、南条君、大丈夫ですか?」


 ドアの方から爽やかな声が響いて、四朗さんもようやく部屋に入ってきた。

 二人共、すぐ傍にいた筈なのに、助けに来るのが遅過ぎじゃないか!?


「ど、どうしてもっと早く助けに来てくれなかったの?」


 僕の悲痛な訴えに、四朗さんは首を竦めてサラリと言った。


「いえ、南条君が始末すると思ったものですから。案外、あっさりとやられてしまったので、自分もビックリであります」

「悪かったね! それでも友達か!?」

「まあまあ、とにかく、柚香殿の安否を確認しましょう。意識がないようですが……」


 四朗さんの言葉で、僕はハッと気がついて、床に放置されたままの柚香の傍に駆け寄った。


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