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生贄捕獲作戦

 時は既に23日の午後5時を回っていた。

 敬二郎の勝手な計画では、吸血族の伝統的集会は明日のクリスマスイブの夜に開始予定。

 タイムリミットはあと一日。

 それまでに、僕が今までこっそりと見つめ続けてきたあのコンビニの女性を連れ出して、集会の生け贄にしようっていうんだから、時間的、計画的に無理があり過ぎる。

 大体、そんなにあっさり声が掛けれるくらいだったら、何ヶ月も前からストーカーの如く、彼女を覗いたりしている筈がない。

 アパートの外に出ると、冷たい木枯らしが音を立てて街路樹を揺らしていた。

 既に真っ暗になった空には三日月が煌々と輝いている。

 大きく伸びをしながら敬二郎は意味深な笑いを浮かべて、僕をつついた。


「やっと分かったぞ。昨日の晩、お前があの橋の上でボケっと突っ立ってたのは、その女が目当てだったんだな。バイト先からお前を尾行していたんだが、突然、変な場所で立ち往生したから、何してんのかと思ったぜ」

「……」


 仕事帰りにコンビニのお姉さんを拝みに通っていたのは事実であるので、図星を突かれて僕はグッと言葉に詰まった。

 それより、バイト先からこんないかついオッサンに尾行されてた事の方がビックリなんだけど。

 そもそも、この人はどうして僕のバイト先まで知ってたんだろう?

 住所は吸血族の協会に登録があったとしても、僕のバイト先までは知らない筈だ。

 いや、住所だって、リセットしてからは協会に連絡した覚えはない。

 もしも住所登録してたのなら、リセット以前も今のアパートにずっと住んでいた事になる……。

 だったら、誰と住んでいたんだろう?

 どうして僕は殺される羽目になったんだろう?

 そんな事を考え出した時、僕は重要な事を思い出して「あっ!」と叫んで立ち止まった。

 その途端、後ろから黙ってついてきていた四朗さんが、僕の背中に勢い良くぶつかってくる。


「あ、ごめん。四朗さん」

「いえ……、どうかしました?」

「僕、今日も明日もレンタル屋のバイト入ってるんだよ。午後6時からのシフトだから、もう行かなくちゃ」

「何だと? 久し振りに友人が集まったってのに、何もこんな時に限って働かなくてもいいだろう。そんなもん、休んでしまえ」


 いかにも世間を知らなさそうな敬二郎がまたまた勝手な事を言い出した。

 このオッサンならそう言うだろうとは思ったけど、一応、社会人として働いている手前、無責任な事はできない。

 吸血族はコミュ障で融通が効かないヤツが多いけど、契約は守るタチなのだ。


「そういう訳にもいかないよ。今、クリスマスシーズンで皆休みたがるから、なかなかシフトが組めないんだ。僕がドタキャンしたら、店が回らないよ」

「だから、そんなモン放っておけと言っているんだ。お前一人くらいいなくても世の中はそれなりに回っているんだから安心しろ」

「休むにしても欠勤の連絡はしなくちゃ。無断欠勤は社会人としてマズイよ」

「面倒臭いヤツだな。だったら、嘘でもいいから病気になったって連絡すればいいじゃないか」

「それこそバレバレだよ」

「だったらそんな店辞めちまえ」

「そんな無責任な……。まあ、一つだけ、バイトを店長公認で休める方法があると言えばあるんだけど」


 僕はその時、「恋人と一緒にDVD借りに来い。そしたらバイト休ませてやる」と言った店長の言葉を思い出して二人に説明した。

 店長は、彼女がいる筈のない僕をからかって冗談を言ってみたんだろうけど、吸血族的にはそれでも契約には変わりはない。

 冗談だろうが本気だろうが、言葉の契約は僕には平等に重いのだ。

 それを聞いて、敬二郎と四朗さんは顔を見合わせた。


「それなら尚更、その女を連れて来て彼女にしてしまえばいいじゃないか。仕事は休めるし、俺達の集会も開催できるし、一石二鳥だ」

「そうですよ。取り合えずその女性を連れて来れたら、あとは自分が催眠術でなんとかできます」

「……ありがたいけど、もう間に合わないよ。今日は6時から入る事になってんだから。悪いけど、僕抜きで進めておいて。上がりは深夜になるだろうから、部屋に勝手に戻っててもらっても構わないよ」


 そう言って、僕はアパートの自転車置き場に走って、愛用のママチャリを引き摺り出した。


「じゃ、悪いけど僕行くから。また後で!」 

「おい、南条!」

「南条君!」


 二人の呼ぶ声を尻目に、僕はレンタルショップに向かって必死でペダルを踏んだ。



 レンタルショップのスタッフルームに飛び込み、タイムカードを打つと時刻は17:58と印字された。

 何とか遅刻せずに間に合ったらしい。

 ケチなこの店の店長は、シフト外時間に延長したって一銭だって残業代くれやしないのに、1分遅刻すれば1時間の減給にしてしまうのだ。

 ロッカーからユニフォーム代わりの黒いエプロンを引っ張りだし、僕はカウンターに向かった。

 店内はまだ客も多く、僕一人で働く羽目になるのかと思うと働く前からウンザリする。

 カウンターには、メタボ体型の中年男性が一人で返却DVDのチェックをしている。

 僕をバカにしてやまない店長だ。

「おはようございます」と、一応、声を掛けてカウンターに入ると、メタボ店長は面倒臭そうに一瞥した。


「おはよーございます、だぁ? バイトのくせにギリギリで飛び込んで来るなんて、いい度胸してるよな~、南条君は。てか、やる気あんの?」

「……はい、すいません」

「バイトは5分前には職場に入って掃除くらいするもんでしょ~が、え?」

「すいません、今日、ちょっとヤボ用があって、出るのが遅れたものですから……」

「ヤボ用? 南条君のくせにどんな用事があるっての?まさか、女がいる訳でもないんだろーが?」

「……」


 店長の機嫌は最悪らしい。

 この攻撃的な絡み方は、もはや八つ当たりに他ならなかったけど、応戦する程、僕も子供ではない。

 完全スルーを決め込み、仕事に取り掛かることにした。

 それが彼の神経を逆なでしてしてしまったのか、店長は更に苛ついた声で毒づき始める。


「南条君ににクリスマスを一緒に過ごす女がいるくらいだったら、俺だってこんな日にこんなとこで仕事してないよなあ。お前、性格暗いし、女どころか友達すらいなさそうだし、ここで働かせてもらえばクリスマス暇に過ごさなくていいんだから、寂しくなくていいだろ、な?」

「……」

「そーいや、彼女連れてきたらバイト休ませてやるって話だったっけ? どーせ、そんな女いないだろ? 働かせてやってる俺に感謝しながらクリスマスはずっとバイトだな、フヒヒヒ……」


 ここまで言われて、さすがの僕もイラっときた。

 彼女も友達もいなくてする事がないのはお前だろーが!

 その鬱憤を僕で晴らそうなんて、どれだけ小さな男なんだろう。

 そう思った途端、頭にカアッと血が上った。

 身体が熱くなって、指の爪が疼くのを感じる。

 こんな奴、その気になれば一瞬で……。

 凶暴な感情が一瞬、脳内を駆け巡ったその時だった。


「おう、南条! 待たせたな!」


 カウンターの正面にあるエレベーターのドアが両端にスウッと開き、中からサングラスをしたデカい男が威風堂々と現れた。

 ハリウッド映画でお馴染みの未来からきたアンドロイドみたいなその男を見て、店長はカウンターの内側であんぐり口を開けたまま硬直している。

 瞬間的に湧き上がった僕の殺意も、オッサンの場違いな登場に一気に萎えてしまった。

 僕らの反応も眼中にない様子で、敬二郎はズカズカとカウンターまで大股で歩み寄って来ると、店長の胸ぐらをいきなり掴んで、自分の顔の前まで引きずり上げた。

「ヒイイィッ……!!」と、声にならない声を喉から絞り出して、店長はまるでこれから絞め殺される鶏の如く、硬直したままぶら下がっている。

片手で店長を吊るし上げたまま、敬二郎は唇の端から牙をチラリと見せ、残忍な笑みを見せた。


「おい、お前がここの店長か?」

「は、はいっ! な、何でしょう……」

「南条が恋人を連れてきたらバイト休ませるって言ったのは本当か?」

「……は?」

「本当なのかと聞いてるんだ!」

「うわああ、は、はいいいっ!」


 店長は恐怖にかられて、バカみたいに首をブンブン縦に振った。

 彼の目的が分からない僕は、カウンターの前でそびえ立っている敬二郎と吊るされている店長を見比べ、呆然としていた。

 突然こんなとこまでやって来て、何を言い出すんだ、この人は!?

 敬二郎はサングラスを外すとニヤリと不敵に笑って、ぶら下げたままの店長に言った。


「よく聞け。俺がその恋人だ」

「は、はい!?」

「俺が南条の恋人だと言ってるんだ。お前が俺をここに連れて来いって言ったから、わざわざ来てやったんだろうが!」

「はいいい!?」


 もはや支離滅裂なオッサンの言葉に、僕も店長も突っ込みどころが分からない。

 オロオロしている店長に敬二郎は目を吸血モードにして凄んだ。


「約束通り、南条はクリスマスまで休ませてもらうからな。今から連れて帰るからよろしく頼むぜ」

「え、ええ!? こ、困りますよ。今から急に帰られたら……」

「貴様が恋人を連れてきたら休んでいいと約束したんだろうが! それとも、あれは嘘だったのか?」

「う、嘘じゃないですけど、まさか、あなたが南条の恋人だなんて……」

「何だと? じゃあ、俺が嘘を言ってるって言いたいのか?」

「そ、そういう話じゃありませんよ」


 店長はもはや半ベソをかいている。

 突然現れたいかついオッサンに意味不明なことで絡まれて、さすがの僕も多少の同情は禁じ得なかった。

 敬二郎は店長を床に放り出すと、今度はバカみたいに突っ立ってた僕の胸ぐらをグイと掴んで引き摺り上げた。

 子供を扱うように片手で軽々と抱え直すと、彼は信じられない行動に出た。


「貴様、信じないのなら今から証拠を見せてやる」 

「えっ? ちょっと、敬二郎さん?って、ちょっと、ちょっとおおお!!!」


 オッサンの逞しい腕に抱き抱えられた僕の顔は、彼の顔の前に引き寄せられ、そして、その勢いのまま彼の唇にブチュ~ッとばかりに押し付けられたのだ。


「!!!!!!!!」


 声にならない悲鳴を上げ続けたが、僕の首ねっこをギッチリ掴んだ敬二郎の腕はびくともしない。

 僕がしばし無駄な足掻きを続け、諦めて脱力した頃、ようやく解放してくれた。

 敬二郎は僕をまだ掴んだまま、カウンターの中で腰を抜かしている店長に向き直ると声高に宣言した。


「これで分かっただろう? 俺は南条の恋人だ。こいつは今からクリスマスまで休ませてもらうからな。さあ、行くぞ、南条」


 僕を小脇に抱えて、敬二郎は堂々とエレベーターの方に戻っていく。

 もちろん、抵抗する気力はもう残っていなかった。

 エレベーターのドアが閉まる直前、カウンターの前で腰を抜かしている店長が声を掛けた。


「南条君、君、もう来なくていいからね」



◇◇



「いやあ、良かったですねえ。お仕事、お休みできて。これで、敬二郎の念願の決起集会が実現できそうですねえ」


 夜風に銀髪を絡ませて、四朗さんが間延びした声を上げた。

 さっきまで穏やかだった四朗さんのテンションが少し上がっている。

 巻き添えを食ったように合流してきた彼だけど、結構、その気になってるのかもしれない。

 意気揚々と前を歩く敬二郎の小脇に抱えられたまま、僕はもはや返事をするのも面倒臭いくらいに不貞腐れていた。


「何にもいいことないよ。僕はこれで失業しちゃったんだ。明日からどうやって生活してけばいいんだよ!?」

「何? お前は吸血族のくせに生活の心配なんかしてるのか?」

「当たり前だよ! クリスマス会終わったら、あんた達は帰っちゃうんだろうけど、僕はここに住んで生活してるんだ。それから先、どうやって食っていくんだよ!?」

「俺達は食わなくても生きていけるだろう? スッポンくらい俺が池で獲ってきてやる」

「家賃はどうするんだよ!?」

「まあまあ、お二人共、落ち着いて」


 にこやかに話を聞いていた四朗さんが、僕を宥めるように割って入ってきた。


「当座は失業保険を申請してみたらどうでしょう? 会社都合の退職の場合はすぐに支給されます」

「これが会社都合って言えるの!?」

「言えるさ。あいつがもう来なくていいって言ったんだ。認めないなら、俺がまた言ってやるから安心しろ」

「やめて! これ以上、面倒臭いことしないでくれ! それより、あんた、人前で大変な事してくれたよね!?」

「接吻の事か?」

「接吻て、何かっこいい感じで言ってんだよ! 男同士だよ!? 僕はそういう類の人間だって思われちゃったじゃないか!」

「思わせておけばいい。どうせ解雇されたんだから、あの店とは今後付き合う事もないだろう。ガキじゃあるまいし、そのくらいでガタガタ言うな。それともお前はいまだに童貞か?」

「……」


 不毛な会話をダラダラと続けながら、僕達はとうとう件のコンビニの前まで辿り着いた。

 時刻は既に7時を回っている。

 真っ暗な冬の夜の中、コンビニの店内だけが煌々と明るく光っていた。

 僕らは明かりに集まる蛾の如く近寄ると、雑誌のラックがあるガラス側に顔をくっつけて中を覗いた。

 店の中に客の姿は見えず、レジの前にコンビニの制服を着た女性が一人、暇そうに突っ立っている。

 ガラス越しに顔ははっきり見えないが、学生バイトっぽい若い女の子だ。

 黒髪を引っ詰めて頭の後ろで無造作に括っていて、一見、素朴で飾り気の無い印象の女の子だ。

 ぼんやり眺めていると、僕の頭を太い腕がガンガン小突いてきた。


「おい、あれか? お前の意中の女は?」

「なるほど! いやあ、南条君はなかなかお目が高い。ああいう若い女性が好みなんですね」

「しかし、ガキ過ぎて色気もあったもんじゃない。あれでは生け贄にならん」

「確かに、敬二郎の好みではなさそうですねえ」


 僕が返事をする前に、二人は勝手な妄想を繰り広げている。

 年齢については、僕らが人に四の五の言える立場じゃないだろう。

 年齢100才以上のおじいさん達に外見についてコメントされるのは、彼女にとっても心外に違いない。


「あのねえ、残念ながら、あの女の子じゃないよ。今夜は彼女は来ない気がする」

「何だと!? どうして分かるんだ?」

「彼女、いつも深夜にいるんだ。もし、今日もシフト入ってるなら、この時間はここにいる筈だから」

「ははあ、意中の女性はクリスマス前には私生活が忙しい……と。つまり、誰かと予定があるんでしょうねえ」


 涼しい顔で、四朗さんは僕が怖くて口に出せなかった事をサラリと言い放った。

 何故か、それを聞いた敬二郎の方が憤慨して息巻いた。


「なんだ、その女には既に男がいるのか。南条、お前はそんな事も知らずに覗き魔やってたのか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。今日、シフトに入ってないからって、そこまでは分からないよ。それに僕は覗き魔やってた訳じゃないからね!」

「隠れて覗いてたんなら立派に覗き魔じゃないか。何故、一言、声を掛けておかなかったんだ? せっかくここまで来てみたのに生け贄がいないんじゃ、とんだ無駄足じゃないか」

「勝手なこと言わないでよ! 大体、そっちが突然現れて、変な企画始めたんじゃないか!」


 僕らの議論が違う方向に移ったのを見て、四朗さんが再び口を挟んだ。


「まあまあ、いないのなら仕方ないでしょう。この際ですから、あの女の子を生け贄の代役にするのはどうでしょうか?」

「あれでは生け贄にならんと言っているだろう。俺はガキは苦手だ」

「要するに、敬二郎の好みではないのですな。自分は人間であれば、この際、なんでも構わないです」

「勝手に決めんな! 誰もあんた達の趣味嗜好聞いてないし!」


 気がつけば、僕ら三人は人目も憚らず店の前で激論を繰り広げた。

 その時、誰もいない入り口の自動ドアが急に開いて、中から件の女子アルバイト従業人がひょっこり顔を出した。

 近くで見ると、丸顔で色の白い、まあ、かわいい部類には入りそうな女の子だ。

 ただ、敬二郎の言う通り、大人の女性的要素は乏しい、いかにも学生風な堅い雰囲気を纏っている。

 ドアから顔だけ出して様子を伺っているその姿は、草原に暮らす小動物を連想させた。

 大の男が三人して店頭で騒いでいるのを、眉間にしわ寄せたまま睨みつけ、冷たい声で言った。


「すいません。店の前で騒がれるとご近所の迷惑になりますから、大声出すのは控えてもらえませんか?」


 幼い顔に似合わぬ凜とした声だ。

 声の勢いに押された僕は、慌てて姿勢を正してその場に居直る。


「は、はい! 迷惑掛けてすいません! ちょっと人を探してたもので……、すぐに立ち退きますから」

「待て、南条。せめて例の女のことをこいつに聞いておけ」

「何言ってんだよ! この人に関係ないだろう? すいません、今立ち退きますから……、ほら、二人共もう帰るよ!」


 縋り付いた僕の手を軽く振り払って、敬二郎はズイと一歩前に出た。

 見るからに怪しげな大男が近寄ったので、彼女も顔を強張らせて一歩退く。


「おい、女! お前と一緒にここで働いている年増の女がいるだろう? 今日、そいつは休みなのか?」

「年増の女……? 美雪さんのこと?」


 彼女は眉間に更なる皺を寄せて、僕達を観察し始めた。

 未来型アンドロイドそっくりなサングラスのオッサンに、場違いなくらいビジュアル系オシャレな銀髪の優男、そして、特記することが何もない平凡な僕。

 この三人がどういう接点があって一緒にいるのか、彼女には理解できないだろう。

 だが、彼女の反応など元より意に介さず、敬二郎はズケズケと質問を続ける。


「美雪? 名前までは俺は知らんが、この時間から朝までここで毎日働いている女だ。今、姿が見えないようだが休みなのか?」

「どうしてあなたがそんな事知ってるんですか? あ! まさか……!?」


 言葉の途中で、彼女はハッとして息を呑んだ。

 そして、いきなり憎悪の篭った目で僕らを睨みつけて言った。


「あんた達が美雪さんに纏わり付いていたストーカーね? 美雪さんをどうしたのよ!?」

「どうしたって、どういう事だ?」

「美幸さん、最近、視線を感じるってずっと言ってたわ。すごく怖がってて、警察に行くって言ってたんだから」

「警察!?」


 僕は驚きの余り、言葉を失った。

 確かに僕は橋の上から遠巻きに店を覗いていたけど、彼女は僕の視線をそんなに強く感じていたのだろうか?

 ただ、それだけの事で警察に行くほど怯えさせてしまったのだろうか?

 オロオロし出した僕の肩をぐいと掴むと、敬二郎はブレる様子もなく堂々と言い返した。


「浅はかな女だな、お前は。確かに、こいつはその女の事を密かに慕っていたが、接近するほどの度胸はない。大体、別の場所で同じ時間帯で働いていたこいつの視線を、その女が四六時中感じるなど有り得ない話だ」

「でも、覗いてたんでしょ? それをストーカーって言うのよ!」

「それと女が行方不明なのは関係ない。こいつにはアリバイがある」


 女の子は頬を膨らませて僕らを睨んだ。

 そんなことには全く動じず、敬二郎はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 対峙する二人の間で、当事者の僕だけがオロオロしながら視線を泳がせていた。


「その女、今、行方不明なんだろう? 今日も仕事に入る予定だったんだろうが、まだ来ていないからお前が代わりに働いている。そうだろう?」

「……」


 図星を差されたのか、彼女は丸い顔を強張らせたまま立ち竦んだ。

 状況が見えない僕だけが、二人の顔を見比べながら呆然としていたが、敬二郎の言葉から一つの事だけがようやく理解できた。


「……彼女が行方不明?」

 


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