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新メンバー召喚

 深夜までバイトに入って、路上で奇妙なお仲間に捕まって、ファミレスでヨタ話をして……。

 僕達がアパートに到着した時、時刻は既に明け方の4時になっていた。

 12月の明け方はまだ暗く、乾燥した夜空に星が一面広がっている。

 吐く息が白いくらいの寒さの中で、僕はかじかんだ手を擦りながら、アパートのドアの鍵を開けた。

 そして、その僕の後ろには、ドアが開くのを黙って待っている敬二郎……。

 無駄にデカいこの男は、立ってるだけでもすごい威圧感だ。

 傍から見たら、強盗に脅されて金庫の鍵を開けてる銀行員みたいな図になってるだろう。


「おい、こんな狭い所に住んでるのか、お前は。俺が寝る場所すらないじゃないか」


 玄関に足を踏み入れた途端、開口一番に敬二郎はそう言った。

 どこでも寝れるって言ってたくせに、なんて勝手なヤツだ。

 でも、敬二郎が文句を言うのは想定内だったので、腹も立たなかった。

 寧ろ、この現状に絶望して他の場所に泊まってくれれば、こちらとしては願ったり叶ったりだ。


「だから言っただろ。僕は小柄だし、一人暮らしだから広い場所は要らないんだよ。ここは六畳一間のワンルームマンションだし、ベッドだってシングルだし。床で寝るって言ったって、フローリングだからね。背中痛いと思うよ。トイレなんかユニットバスだし、敬二郎さんなら絶対バスタブに身体が入らないからね」

「ほほう、所謂、ウサギ小屋というヤツだな。日本の住居が狭苦しいのは世界的にも有名だぞ」

「……悪かったね。ウサギ小屋で」


 狭さにガッカリするどころか、敬二郎は興味深げにアパートを観察し始めた。

 外国生活が長い(らしい)敬二郎から見たら、現代日本の生活は珍しいのかもしれない。

 ユニットバスのドアを開けて、低過ぎる鴨居に頭をぶっつけながら一回りした。

 そして、引き続き、今度は部屋の中に入って観察を始める。


「成程……狭い割には、確かに合理的な設計だ。生活する分には無駄がないな。だが、こんな狭い所で寝て食うだけの生活を続けているから、お前は軟弱な吸血鬼に成り下がるんだ。日本男子ならもっと大きな大志を抱いて、せめて2部屋あるアパートに引っ越ししろ」


 このオッサンは思ったことをサラサラと口にしていく。

 もはや言いたい放題。

 オッサンというより、喋り出したら止まらない近所のオバサンみたいに失礼極まりない。

 二間のアパートに引っ越しする事が、大志を抱かなきゃできないくらいに軟弱だと思ってんのか。

 突然押しかけてきたこの男に何の因果で悪口言われてんのか、もう意味分かんないし。

 我慢の限界を超えた僕は、逆ギレして怒鳴った。


「軟弱で悪かったな! だから、最初から狭いって言っただろ! てか、文句あるなら別の場所で泊まってくれても全然構わないんだからね。僕は明日もバイトがあるから、もうこれで休ませてもらうし、敬二郎さんは好きな場所で寝てて……って、ちょっとお!」


 僕の言葉を全く聞くことなく、敬二郎はキッチンに戻って冷蔵庫の中を物色し始めた。

 小さな冷蔵庫に頭を突っ込んで食料を探す姿は、山から人里に降りてきたヒグマそっくりだ。

 この男のどこに吸血鬼としての誇りがあるのか、逆に聞きたいくらいだった。


「ちょっとお! なに人の家の冷蔵庫かっさばいてるんですか?」

「南条、お前、何食って生きてるんだ?」

「はあ?」


 冷蔵庫の中にあった魚肉ソーセージを口に咥えたまま、敬二郎は目だけ真面目になって言った。


「何食ってるって、あんたが今食べてるもんだよ! それ、僕の夜食なんですけど!」

「南条、俺達は食料を摂取しなくても生きていける。だが、定期的に必ず摂取しなければ正常に動くことすらできなくなる物がある」

「はあ? それ血の事?」

「そうだ。この冷蔵庫の中には見当たらないが、お前、どうやって入手してるんだ?」


 魚肉ソーセージをムシャムシャと咀嚼しながら、彼は目だけギロリと赤く光らせて僕を見上げた。

 面倒くさい事を突っ込まれた。

 現代に生きる吸血族にとって、血液の入手は当然の事ながら、非常に困難なのだ。

 血液を提供してくれる人間が友人や恋人にいるなら問題はないのだが、社交的とは言い難い性格を持つ一族にとって、それは非常にハードルが高い。

 だから、血液を補充する為に、一族は時には人を襲い、時には不法な業者から血液を購入したりする。

 業者から購入するには金が掛かるので、僕みたいなフリーターには到底できる事ではなく、ましてや人を襲うなんて僕みたいな軟弱な吸血鬼にはできそうもない。

 結果的に、僕みたいな度胸も力もない吸血鬼は、人間の血液は諦めて、他のもので代用しなければならないのだ。


「……血液の摂取はしてるよ。そうしないと生きていけないからね。でも、僕がどうしてようが、あんたには関係ないと思いますけど」

「ある! 大いにある! 俺は今、腹が減っているんだ」

「僕の魚肉ソーセージ食べてるじゃないか」

「こんなものでこの身体が維持できるか! 俺は血が欲しいんだ!」


 敬二郎はいきなりスックと立ち上がった。

 よほど血に飢えてるらしく、両目が真っ赤に光って、電飾モード、いや、吸血モードになっている。

 同族でなければ、僕なんか一瞬で殺されてるだろう。


「そ、そんな我儘言われたって、今ここに血液はないよ。僕は月に一度、行きつけの店で生き血をもらってるんだ。大体、今、何時だか分かってんの?完全に営業時間外だからね。今夜だけ我慢してくれたら、明日、連れて行ってあげるけど」

「な、何ぃ!? 生き血を入手できる店があるのか!?」

「あるよ。でも、人間じゃないよ」

「なんの血なんだ?」

「スッポンだよ。スッポン料理屋さん。ちゃんと料理してくれるから、池とかで獲ってきて食べるよりずっと美味しいんだ」


 僕の言葉に、敬二郎はガクっと膝をついて崩れ落ちた。


「ス、スッポンだと……? 誇り高き吸血族がそんなモノ食えるか!」

「何言ってんだよ。スッポンの生き血って日本じゃ高級食材なんだよ」

「そんなものを食ったのは、食糧難だった太平洋戦争時以来だ。お前は人間の生き血が欲しくならないのか?」

「そりゃ、欲しいけど、くれる相手がいないんだから仕方ないだろ? 敬二郎さんはブラジルで何食べたんだよ? 生き血を提供してくれる彼女でもいたの?」


 そんな人がいる訳ないのは勿論分かっていた。

 僕のツッコミに、今度は敬二郎がぐっと言葉に詰まる。


「……そんな女がいたら、クリスマスにわざわざ24時間掛けて日本に来る筈ないだろう」

「だろうね。じゃ、何食べてんだよ?」

「牛だ」

「う、牛?」


 フーっと長い溜息をついて、彼は遠い目をした。


「俺はブラジルでファゼンダと呼ばれる農場でバイトしているんだ。そこに出荷前の肉牛がいるんだが、夜中にこっそり忍び込んで、そいつらから吸血していた」

「ま、まあ、敬二郎さんなら、牛を抑え込む事なんか簡単だろうね」

「当たり前だ。南米で家畜の血が抜かれて大量死した事件があったのは知ってるだろう?」

「謎の未確認生物チュパカブラの事?」

「あれは俺だ」

「………」


 それが冗談なのか、本当なのか……僕はもうどうでも良かった。



◇◇

 


……ピンポーン…ピンポーン


 夢の中でチャイムの音が聞こえて、僕は薄っすら目を開けた。

 気がつけば、僕はベッドの下のフローリングで転がって寝ていた。

 ベッドの上には、バカでかい図体を大の字に広げて爆睡している敬二郎がいる。

 寝起きでぼんやりした頭がだんだん動き出して、この男がここで寝るに至った経緯をようやく思い出した。

 結局、どちらがベッドで寝るかのせめぎ合いになった末、仲良く二人で寝ようと敬二郎が提案し、僕の反対意見は軽く無視したまま、こいつはさっさとベッドに横になってイビキをかきはじめたのだ。

 横になって3秒で熟睡するという特技を、アニメ以外で目の当たりにしたのは初めてだった。

 とにかく、椅子取りゲーム的に先に横になったこの男を引き摺り下ろせるほど、僕は体力も気力もなくて、そのまま床に寝転がった……。


 そこまで思い出したら、今更ながら猛烈に腹が立ってきて、ベッドからはみ出している敬二郎の足を思いっ切り蹴飛ばし怒鳴った。


「ちょっと、いい加減起きてよ! いつまで人のベッドで爆睡してんだよ!」

「ん……ああ、なんだ、お前か」

「お前か、じゃないだろ! 玄関のチャイムが鳴ってんだよ。昨日の四朗さんが来たのかもしれない。僕はその人の顔知らないから、敬二郎さんが見てきてよ」

「ああ? お子様か、お前は。ここはお前ンちなんだから、自分で見に行ったらいいだろう」

「だ、だって、もし、四朗さんが人間を襲うような凶悪な吸血族だったら怖いじゃないか」

「シロが何食ってんのかは俺も知らんが、だからと言って、同族のお前を襲うような事はしない。まあ、あいつが人襲いたいってんなら、旧友として協力してやろうじゃないか」

「や、やだよ。僕はスッポンで十分なんだから」


……ピンポーン、ポンポーン


 玄関のチャイムが再び鳴った。

 これ以上、この男に絡むのが面倒臭くなって、僕は舌打ちして玄関に向かう。


「はい、どちら様……!?」


 ドアを開けた瞬間、僕ははっと息を呑んだ。

 アパートの前に立っていたのは若い見知らぬ男性、しかも、この田舎街では見たことないくらいに垢抜けしたイケメンだったのだ。

 イメージしていた大昔から生きてる長老とは大違いだったけど、この男が犬塚四朗である事に僕は確信を持った。

 とにかく、僕の周りにはいないタイプのオシャレさんだ。

 長めの髪はどこぞのバンドマンみたいに銀色で、冬だというのにお洒落な帽子を被っている。

 細身の黒いジャケットとブラックジーンズにブーツ、そして、タータンチェックのストールというスタイルは、もはや通販のカタログモデルか、美容師さんくらいのオシャレ上級者に間違いない。

 背丈は僕より少し高くて、顔は男の僕が見てもすごくかっこいい。

 ステレオタイプの吸血族らしく、透き通るような血の気のない白い肌、淡い鳶色の瞳、彫刻みたいに整った端正な男前だ。

 きっと、この人はスッポンや牛から吸血したり、人を襲ったりする必要はない人種だ。

「あたしの血を吸って~」と追いかけてくる女の子がいっぱいいるに違いない。

 脳内でそんな事を考えていたら、彼が口を開いた。


「恐れいります、こちらは南条君のご自宅でありますか?」

「は、はい!そうですけど、あなたは犬塚四朗さん?」

「その通りです。いやあ、ご無沙汰してます。その節はお世話になりました」


 四朗さんはニッコリ笑って、右手を差し出した。

 慌ててその手を握り返しながら、彼の言う「その節」がいつの話なのか分からない僕は曖昧な微笑みを浮かべる。


「ハハ……まあ、昔の話はともかく上がって下さいよ。敬二郎さんも今起こしましたから」

「いや~、懐かしいメンツが揃いましたな。敬二郎に会うのも50年振りくらいであります」


 柔らかな笑顔を絶やすことなく、四朗さんは妙に年寄り臭い口調で話す。

 やはり、外見は若作りだけど、精神年齢は100歳以上なのか。

 玄関でブーツを脱いで、それを綺麗に玄関に並べている姿は戦前の教育を受けた礼儀正しい子供のようだ。

 そこにさっきまで人のベッドで寝ていた敬二郎が、あたかもアパートの家主のようなドヤ顔で出てきた。


「おう、シロ。やっと来たか。久し振りだな。元気か?」

「お陰様で。何とか生きています。敬二郎も息災でしたか?」

「見りゃ分かるだろう。まだ当分死にそうにない」

「ははは……確かに。相変わらず丈夫そうで何より」


 二人は旧知の仲らしく、握手し合いながら砕けた会話をしている。

 旧友以上の戦友みたいな絆がそこにはあった。

 記憶があれば、僕もその輪の中にいた筈だ。

 二人共、僕が友人だったと知って、ここに集まってきたのだから。

 気の置けない仲の二人を見て、僕は少し羨ましく、そして初めて記憶を無くした事を悔しく思った。

 僕は記憶を無くすまで友人だったこの二人と、どんな関係だったんだろう……?


「おい、南条。何しけた顔してるんだ。早速、決起集会の企画会議を始めるぞ」


 僕の繊細な心情など全く分からないであろうこのオッサンは、デカイ声で笑いながら肩をバンバン叩いた。


「あ、その前に、お二人に地元から持参しましたお土産があります」


 四朗さんは玄関に置いてあったスポーツバッグを持ってきて、おもむろにファスナーを開いた。

 中にはチャック付きの冷凍保存袋が詰めれるだけ詰めてある。

 透明なポリ袋の中は赤黒い液体が冷凍されて入っていた。

 敬二郎の目が途端に真っ赤な電飾モードに変わって、爛々と輝き出す。


「シロ、でかした! これは血液だな? お前も気の利いた事するようになったじゃないか! 人間の血液なんて久し振りだ」

「いや、残念ながら人間のものではありません」

「なに!?」

「これは自分の住んでる村で捕れた鹿の生き血であります」

「し、鹿!?」


 僕と敬二郎は、耳を疑って同時に聞き返した。

 こんなイケてる人でも動物から吸血してるなんて、せっかくの美貌も宝の持ち腐れというものだ。

 四朗さんは恥ずかしそうに笑って、銀色の髪を掻き上げた。


「自分の住んでいる村は限界集落で、そもそも人がさほど住んでおりません。最近、農家にとって害獣である鹿や猪を罠で生け捕りにして、血液を抜いた後、農協に持って行って売っているのであります。害獣駆除がされれば農家は助かりますし、農協に売れば自分にも現金が入ります。自分はそうして血液補給と地域貢献をして暮らしているのであります」


 鹿や猪を生け捕りにして農協で売る……。

 そりゃ、農家の方々からは感謝されるだろうけど。

 吸血鬼が限界集落で地域貢献って……。

 平成を生きる吸血一族の新しいライフスタイルを見て、僕は複雑な気持ちになった。



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