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吸血一族決起集会

 それから約30分後。

 僕らはコンビニから一番近いフランチャイズのファミレスで、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 寒空の下で凍えながらこのマッチョな男と立ち話をする気力は僕にはもうなかったからだ。


 深夜だというのに、店内はほぼ満席だった。

 当然の事ながら、合コン帰りの若者達のグループや、クリスマスディナーを楽しむ男女で溢れかえっている。

 そんな中で、僕ら二人だけが男同士でテーブルを挟んで向かい合っているのだ。

 可哀想を通り越して、異色な存在になっている僕らは思いっ切りその場から浮いている。

 敬二郎と名乗った大男はコートも脱がず、サングラスも外さないまま、タバコに火を点けた。

 それが様になってるもんだから、傍から見たらハリウッド映画のキャラコスプレをしている変な人みたいに見えてしまう。

 僕は友達だと思われたくなくて、ただ黙ってコーヒーを啜っていた。


「……おい」


 突然、敬二郎が低いドスの効いた声で呼び掛けた。

 反射的にビクッと飛び上がって、僕は慌てて背筋を伸ばした。


「は、はい!何でしょうか?」

「お前は本当に吸血族の南条なんだろうな?」


 サングラスの奥の目がギラリと光るのを見て、僕は背筋が寒くなった。

 なんで、こんな人相悪い人とファミレスで向い合ってコーヒー飲んでるんだよ、僕は!


「あの~、そういう呼ばれ方はあんまり好きじゃないんですけど、本当かどうかって言われたら本当です。平成からの記憶しかありませんけど、それ以上に生きてる事は間違いないですし~」

「だったら、なんだ、その腑抜けた態度は!? お前はそれでも吸血一族か!? 日本男子か!?」

「そうな事言われても……体質と性格はリンクしてる訳じゃないですから」

「フン、昔はもっと骨のあるヤツだったんだが。リセットしたせいですっかり平成の軟弱男子に成り下がったな」

「ああ、それ、よく言われます。てか、そっちが聞いたから答えたんじゃないですか。信じないんなら別にいいですよ」

「じゃあ、一族だという証拠を見せろ」

「えええ~、証拠~?……もう面倒臭いな」

「なんだと!?」

「いっいや! なんでもありません!」


 僕は周りにこっちを見ている人がいないか確認して、パーカーの袖からコソっと人指指を出した。

 その指先に、さっきの敬二郎に負けないくらい大きさの爪がギラリと鈍く光る。

 この爪は普段は普通の大きさだが、人の血液を吸引する時に発動する事ができる吸血族の必需アイテムだ。

 ついでに片方の目だけ吸血モードに変化させてやった。

 赤く光る僕の右目を見て、敬二郎はようやく信用したらしい。

 タバコの煙を大きく吐き出して、灰皿に吸い殻を突っ込む。

 そして、おもむろにサングラスを外して、僕を真っ直ぐ見据えた。

 普通モードの彼の目は緑掛かったライトブラウンで、さっきの電球みたいな赤よりずっと綺麗だ。


「俺は、お前に会った頃だから……大正時代くらいからリセットしていない。今まで死ぬ機会がなかったって事だから、それはそれでラッキーな人生だと言えない事もないが、とにかく、もう長い間生きている。覚えているだけで、もう100年は生きている事になる」

「まあ、あなたは丈夫そうだし、死にそうにないですよね。殺される事がなければリセットされないし」


『リセット』と僕らが呼んでいるのは、一度死んで再び蘇る、吸血族ならではの現象だ。

 基本的に死ぬ事がない僕らは、放っとけばそれこそ1000年くらい生きてしまうのだけど、一度殺されるとそれまでの人格が失われて、新たに人格が形成される。

 つまり、一度死んで蘇った瞬間に、別の人生が始まってしまうのだ。

 僕が覚えているのが平成になってからだから、その前に僕は一度死んでいる筈だ。

 だけど、殺された瞬間に記憶が失われてしまうので、それ以前の事とか、誰に殺されたとか、全く思い出す事ができない。

 左の胸にいまだに残る傷跡が、僕が誰かに殺害された事を物語っているのみだった。


 敬二郎さんは大きく溜息をついて周りを見回すと、ちょっと遠い目をした。


「こう長い間 一人で生きていると、時々虚しくなる時がある。このまま永遠に人目を避けながら一人で生きていかなければならないのか、クリスマスだってのにパーティーに誘ってくれる友達もできないのか……そう思ったら無性に人恋しくなってな」

「はあ」

「気がついたら協会に電話して、お前に会いに来ていた。友達と呼べる人間はお前くらいしか思い出せなかったんだ」

「はあ、ありがとうございます……」

「大体、人の血液を摂取して栄養補給する体質だからって、どうして俺達は隠れて生きていかなきゃならないんだ? どうして俺達は差別されるんだ? クリスマスなのにパーティーにも呼ばれないのは何故だ?」

「いや~、それは一族関係ないんじゃないかなあ……僕も人の事言えたモンじゃないけど」


 要は、この人、自分がクリスマスパーティーに呼ばれないのはバンパイアだからだって言いたいのか。

 多分、僕らみたいなコミュ障は、たとえ普通の人間だったとしても、パーティーを開催するような垢抜けた連中には呼んでもらえなかっただろう。

 で、この人は友達いなくて、クリスマス近いのに誰からもパーティーに誘われなくて、寂しくなって、わざわざブラジルから昔の友達だった僕を訪ねてきたって事か。

 なんか、境遇が似過ぎてて残念過ぎる……。


「ああ、確かにお仲間ですね、僕ら」

「そうだろう?この呪われた一族の血が俺達の運命を狂わせたんだ!」

「いや、それ、友達いないのと関係ないと思いますよ。寧ろ、あなたの基本的人格が……」

「なんだと?」

「いえ……なんでもありません」


 運命に翻弄された哀れな男の如く、敬二郎は苦悶の表情で溜息をついて、そこでぐいっとコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

 彼の大きな手の中でコーヒーカップはおままごとの玩具みたいに小さく見える。

 カップを掴んだその手にたくさんの傷跡があるのに気が付いて、ちょっと同情的な気持ちになった。


 旧態依然とした昔ながらのバンパイアだけに、色々苦労してきてるんだろうなあ……。


 そう思うと、100年以上もリセット無しで、一人で生きてきたという敬二郎が可哀そうに見えてくる。

 僕だって、もしかしたらそんな運命を歩んでいるのかもしれない。

 幸か不幸か、リセットされたお陰で平成生まれの若者としてのんびり生きてるけど、第二次世界大戦とか覚えてたら、きっと今頃人格変わってたんじゃないかと思う。

 記憶なくて本当に良かった……と、改めて自分の境遇に感謝した。


 敬二郎は続けた。


「だから、俺はこうしてお前に会いに来たんだ。俺達、バンパイアはもっと誇りを持って生きるべきだ。我々は確かにマイノリティな種族だが、太古の文献からも分かるように、古今東西、我々は勢力を持って分布していた由緒ある血族である。そもそも、人の血を吸って何が悪い? 吸血動物はコウモリとかヒルとか沢山いるし、生物界に於いて決して珍しい存在ではない。我々はそれを隠す必要はないのだ」

「いや~、人の血を飲むって、結構、ドン引きされると思うよ? 隠した方がいいと思うなあ、僕は」


 僕のツッコミに、敬二郎はギロリと目を赤くして睨んだが、スルーして主張を続けた。


「協会の一族登録リストによれば、まだ結構な人数が存在しているにも拘らず、お互いの情報を全く持っていない。マイノリティな我々はもっと歩み寄り、団結して生きていくべきなんだ。そして、一族の結束が希薄になってきた今、決起集会の開催が必要な時代だと言える」

「決起集会?」

「つまりは、吸血一族間での協力、共存、団結を確認しあい、一族の誇りを讃え合う会合だ。別に、常に共同生活を送る必要はない。そうだな……、年に一回くらい定期的に集会を開いて、一族が一堂に会する事ができる機会を設けるべきだと思う。特にクリスマスとか、正月とか、年の節目にな」

「それって、単にクリスマス会とか新年会をやりたいだけなんじゃ……?」


 敬二郎はドン!とテーブルを叩くと、目をブレーキランプのように赤くして睨みつけた。


「クリスマス会ではない! 吸血一族決起集会だ!」

「……はい」


 テーブルを叩いた音で、店内は一瞬、静まり返り、全ての客の視線がこちらに注がれた。

 オタクっぽい気弱そうな若者がターミネーターみたいなオッサンに絡まれてる危険な状態に見えたのだろう。

 厨房から店長らしい蝶ネクタイをした男性がこっちに向かってやって来た。

 その店長を、敬二郎は指をパチン!と鳴らして呼びつけた。


「おい、スタッフ!」

「ど、どうかなさいましたでしょうか?」

「どうもしない。俺達の事は気にするな。抹茶パフェ追加だ」

「は、はい! かしこまりました」

「南条はどうする?」


 敬二郎はそう言って、メニューを僕の前に差し出した。

 いや、この状況でパフェとか食べたくないでしょ、普通。

 てか、激しく友達だと思われたくない。


「……すいません、僕はカプチーノでお願いします」

「かしこまりました! 抹茶パフェとカプチーノ追加ですね」


 僕らと関わり合いになりたくないのか、メニューを入力すると店長はそそくさと厨房に戻っていった。

 僕だってこれ以上この変な人と関わる前に、早くフェイドアウトしたい……。

 勿論、そんな僕の気持ちなどお構いなしに敬二郎は続ける。


「それでだ。記念すべき第一回吸血一族決起集会を24日のクリスマスイブの夜に行う事にした。メンバーは俺とお前の二人だ。いいな?」

「えええ!? い、嫌ですよ!なんであんたと二人きりでクリスマス会やんなきゃなんないんですか!?」


 冗談じゃない。

 いくら彼女がいなくたって、このバカでかいマッチョなおっさんと二人きりのクリスマス会なんて、何の罰ゲームだよ!?


「俺だってもっと人数を集めたいのはやまやまだ。だが、すぐに声を掛けれるメンバーが近くにいない。俺は昔から友達が少なくてな。ただでさえ、皆、消息を隠して生きているのに、今から24日までに探すのは時間的に無理がある。今回は第一回という事で、お前と二人で今後の会の運営について語り合おうと思う」

「なに勝手に決めてるんですか!? てか、その会に僕入るって言ってないし!」

「心配するな。俺が会長、お前は事務的なサポートをしてくれればいいから」

「なんで僕が事務やんなきゃいけないんだ? あんた、ジャイアンですか!?」


 僕がヒートアップして立ち上がったところで、さっきの店長が抹茶パフェとカプチーノをトレイに載せて戻ってきた。

 恐る恐るカップをテーブルに載せて、恭しく礼をした時、僕と目が合って「ヒッ!」と変な声を上げた。

 そのまま、小走りに厨房の中に戻っていく。

 その後ろ姿を横目で眺めながら、敬二郎はクックッと喉で笑った。


「おい、南条。目!」

「ああ? なんですか!?」

「お前の目が興奮して吸血モードになってるぞ。店長、ビビって逃げちまったじゃないか」

「……あ」


 言われて、僕は我に返った。

 眼の色が変わる程に興奮したのなんて、いつ以来だろう?

 日頃はクールな平成の若者を気取ってるのに、吸血族の本性が出てしまったのが何だか気恥ずかしくて、僕は不貞腐れて椅子にドカッと腰を下ろした。


「と、とにかく、僕は組織に所属するのは嫌いなんだよ。そんな会に入りたくないし、男同士二人きりでクリスマス会やるなんて絶対嫌だからね!」

「……しょうがねえな。じゃ、男同士3人ならいいんだろう?」


 敬二郎はコートのポケットから携帯電話を取り出し、アドレスを検索し始めた。

 いや、ちょっと待て!

 男同士2人が3人になったからいいとか、そういう問題じゃない。

 あんたと関わるのが嫌だって言ってんのが、何故、分かってもらえないんだ!?

 でも、この強引なオッサンに何を言っても通じる気がせず、僕はもう黙ってカプチーノに口をつけた。

 やがて、携帯がつながったのか、敬二郎が話し始めた。


「あ、シロか? 俺だ。宗田敬二郎だ。ああ、南条と今一緒にいるんだ。明後日、第一回吸血一族決起集会を開催する事になった。お前もメンバーに入ってるから、明日、南条の家まで来い。いいな?」


 僕は飲んでいたカプチーノを吹き出した。


「ちょ、ちょっと、なに勝手に人の家に客呼んでんですか!しかも、僕の家でクリスマス会やるなんて絶対嫌ですからね!」


 僕はガラケーを握っている敬二郎の太い腕にしがみついて、会話を阻止しようとした。

 誰と喋ってるのか知らないけど、相手も吸血人間である事は間違いない。

 これ以上、見知らぬ一族と顔を合わせるのはもう勘弁だった。

 僕もこのおっさんもそうだけど、吸血族は性格が卑屈でコミュ障なヤツが多くて、知り合いが増えるのが面倒くさいのだ。

 敬二郎の友人が電話の相手なら、爽やかで気さくな好青年だとは到底思えない。

 僕の必死の抵抗も虚しく、怪力自慢の敬二郎は猫でもあやすように僕の頭を軽く押し戻して、平然と会話を続けている。


「何? 面倒臭いから行けない? お前、俺が戦後に金貸してやった事を忘れたのか? 何? あれは時効? ふざけるな! 俺達は車がないから、お前が住んでるようなド田舎には行けないんだよ! いいか、明日、今から言う住所に来い。言うからメモしろよ」


 そう言うなり、敬二郎は「ホラ、住所言え!」とガラケーを僕の前にグイと差し出した。

「嫌ですよ……」と言い掛けたものの、相手と繋がっている通話を無下にもできず、僕は渋々ガラケーを耳元に当てた。


「あの、もしもし?」

「あっ、君は南条君でありますか?」


 電話の向こうから、意外にも若い男性の声がした。

 男にしてはやや高音、しかも、張りのある凜とした声だ。

 声だけ聞くと、爽やかな好青年のような気がする。

 少し警戒を緩めて、僕は返事をした。


「はい、南条です。あなたは?」

「あ、失礼しました。自分は犬塚四郎いぬづかしろうであります。ご無沙汰しております。南条君には東京でお世話になりました」

「東京……? いつの話です?」

「明治の御一新の頃であります。お元気そうで何より」

「……」


 なんか頭痛くなってきた。

 自分が覚えてない頃の事を懐かしそうに話されても、リアクションに困るってんだよ。

 てか、どんだけ生きてんだ、この人は。


「あの~、僕は平成になってからリセットしてて、申し訳ないんだけど、あなたの事も覚えてないんだ。この敬二郎さんにも言ったんだけど、記憶にない昔の友達集めて、今更、吸血仲間で集まるとか、非生産的なイベントを開催するのはどうかと思うんだけど」

「おい、なんか言ったか?」


 テーブルの向こうから、敬二郎が抹茶パフェをガツガツ食べながらツッコミを入れてきた。

 僕は聞こえないフリをして、軽くスルーする。


「ははは、実は自分もそう思っていましたが、今、少し気が変わりました」


 爽やかな声で笑って、四朗と名乗る長老は明るく言った。


「南条君の声を聞いて懐かしくなりました。集会をやるかやらないかは別にして、自分は南条君と敬二郎に会いたいと思います。明日、そちらに参じますので、宜しければ住所を教えてくれませんか?」

「……来てもらっても、僕、あなたの事も分かんないし、昔話とかできませんよ?」

「そんな事、構いません。自分は長く生きているので、一度死んで蘇った一族がどうなるのかよく分かってます。自分は南条君にお世話になったから、今の南条君とももう一度友人になりたいのであります」


 四朗の優しい声に、僕は不覚にも感動してしまった。

 コミュ障で暗い性格故に彼女どころか友達もできなくて、バイトとアパートを往復する毎日を何年も続けてきた僕に「もう一度友人になりたい」と言ってくれる人がいたなんて……。

 この男、吸血族とは思えないポジティブシンキング、且つ、包容力と思いやりのあるナイスガイだ。

 集会をやるなら、会長はジャイアンみたいな敬二郎でなく、デキ杉みたいなこの四朗にやらせた方がいい。

 熱くなってきた目頭を抑えて、僕は鼻を啜って言った。


「あ、ありがとうございます。僕、平成になってから、そんな風に言われた事なくって……」

「はは……昔と違って、平成は生きにくい時代ですからね。では、南条君、自分は明日、そちらに向かいます。住所教えてもらえますか?」

「あ、はい。でも、四朗さんは車持ってるんですか?」

「車は持ってます。自分が住んでいる所は田舎なので、車がないと生活しづらいのです。免許は30年くらい前から失効してますが運転は問題ありません」


 ハハハ…と笑って、四朗さんは怖い事を言った。

 要するに無免許か。

 住所を教えると、彼は「では明日」と電話を切った。

 敬二郎は僕の様子を眺めて、ニヤニヤ笑っている。


「なんだよ……」


 ガラケーを返しながら、僕は不貞腐れて言った。


「な? お前だって、本当は一族の結束を求めてるんだろう? シロは昔からいい奴だったから、忘れててもまた友人になれる筈だ。やはり、吸血一族と言えども、一人で長生きするのは時に苦痛になるものだ」


 ホラ見ろと言わんばかりのドヤ顔で、敬二郎は一人で納得して頷いている。

 このオッサンの思惑通りになるのは非常に不本意だったけど、誠実そうな四朗の声を聞いて少し心が動いたのは事実だった。

 まあ、変な組織作るんじゃなくて、昔の友人と同窓会をクリスマスにやるんだと思えば、この企画もさほど悪くはないのかもしれない。

 意外だったけど、僕は人との交流を求めている。

 結局のところ、そんな孤独感を共感し分かち合えるのは、お仲間である一族の人間しかいないのだ。


「さあ、話がまとまったところで、そろそろ行こうか」


 一人だけ先に抹茶パフェを食べ終わった敬二郎は、サングラスを掛け直して席を立った。

 話はまだ何にもまとまってないし、僕はまだカプチーノ飲み終わってないのに、ホントにジャイアンみたいな男だ。


「行くってどこに行くんだよ?」

「お前のアパートだ。俺は泊まる場所がないから、しばらく世話になる。よろしくな」

「そ、そんな事聞いてないよ! 大体、僕のアパート、ワンルームなのに、あんたみたいな大男が入ったら狭すぎて寝られないよ!」

「まあ、そう言うな。俺は床でも寝られるし、お前に迷惑は掛けん。一宿一飯の恩義に、ここの支払いは俺が持とう」


 そう言うなり、敬二郎はテーブルの上のレシートを掴んでレジに向かった。

 ジャイアンみたいなオッサンなのに、意外にも心遣いがあるのに僕は驚いた。

 案外、いい人なのかもしれない。

 ただ、ちょっと、空気読まないだけで……。


 だが、プチ感動に浸れたのは、ほんの僅かな時間だった。

 一旦、レジまで支払いに行った敬二郎は、そのままUターンして大股でこっちに戻ってくる。


「おい、南条」

「な、何? 支払いしてくれるんじゃないの?」

「ここの店は俺の金は受け取れんらしい」


 そう言って見せた彼の財布の中には、妙に薄っぺらくて印刷状態の悪い紙幣がいっぱい入っている。


「……あの、これ?」

「ブラジルの通貨、レアル札だ。この店じゃ俺の金を受け取らないときた。お前、代わりに支払いしておいてくれ」

「……」


 なんか頭痛くなってきて、僕はレシートを掴んでヨロヨロとレジに向かった。



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