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諸人こぞりて

 夢を見ていた。

 時代劇みたいな城下町の風景の中に小さな女の子がいる。

 セピア色の景色に赤い着物がとても映える。

 そう言えば、道行く人も皆、着物姿だ。

 車も走ってないし、鉄筋のビルもないところを見ると、どうやら平成の世じゃなさそうだ。

 

……だとしたら?

 これは、僕のリセット前の記憶?

 

 霧のかかったようなぼんやりした映像の中で、僕だけが異次元の生物のように不自然に佇んでいた。

 ここには映像があるだけで音がない。

 まるでプールの底にいるような感覚だ。

 その時、どこからともなくエコーが掛かったような呼び声が聞こえてきた。


「……じょうさん……なんじょうさん……南条さん……」

「南条君……聞こえますか? 南条君……」

「おい! いい加減に起きろ! 南条!」


 

◇◇



 最後の怒鳴り声で、僕はいきなり現実世界に引き戻された。

 ハッと目を開けると、僕を取り囲むように覗き込む三人の顔が見える。

 忘れもしないその面子は、傍若無人のオッサン敬二郎、ビジュアル系高齢者の四郎さん、そして、現役女子大生の柚香ちゃん。

 全員の顔と名前を思い出せるところを見ると、どうやらリセットはしていないらしい。

 つまり、死なずに済んだってこと……かな?

 僕は改めて安堵の溜息をついた。

 と同時に、突然、柚香ちゃんが「ふえええ~ん!」と泣き出し、僕の胸にガバッと縋りつく。


「よ、良かったあ! 南条さん、あのまま死んじゃうかと思ったのよ。わ、私のこと助けたせいで、こんな目に遭っちゃって、ご、ごめんなさい!」


 柚香ちゃんの温かい涙が僕の体をポタポタと濡らしていく。

 気が付けば僕の上半身は裸にされて、ガラスが突き刺さった胸には包帯が幾重にも巻かれていた。

 

「南条君、気分はどうですか? どこか異常を感じるところはありませんか?」


 四郎さんが、脈を取るように僕の手を取って言った。

 銀色の髪の下から覗く青み掛かった瞳は、穏やかで優しい。

 手を取ったって僕らに脈なんかないのに。

 100年以上生きてても人間の時の癖が抜けないのか、単に形から入るのが好きなのか。

 でも、彼の冷たい指が触れているのは、なんだかとても落ち着く。


「ありがとう。なんとか生きてるみたいだ。ここは?」

「南条君のアパートであります。鍵が掛かっていたので、敬二郎がドアノブを壊して中に入りました」

「………」


 周りをグルリと見回すと、確かにそこは見覚えのある狭い部屋だ。

 6畳一間に敬二郎、四郎さん、柚香ちゃんがひしめき合って座っているのはなかなかシュールな光景だった。

 

「四郎さんが手当してくれたの?」

「傷を塞ぐことはしました。でも、生き返ったのは南条君の精神力と、柚香ちゃんのお陰です」

「柚香ちゃんの?」


 僕の胸にしがみ付いたまま、柚香ちゃんはまだ泣いている。

 その首筋、ちょうど頸動脈の辺りに小さな絆創膏が張られているのに気が付いて、僕はギョッとする。

 

「まさか、柚香ちゃんの血を僕に……?」

「おうよ、南条。この小娘が協力してくれなかったら、お前は間違いなく死亡して、今頃、別人格にリセットしてたところだ。感謝しろよ。なんせ、我々一族にとって『命の水』である処女おとめの鮮血を提供してくれたんだ。これが効かない筈がない……」

「ばかああ! 皆の前で処女とか言わないで下さい!!!」


顔を真っ赤にしてガバッと起き上がると、柚香ちゃんは敬二郎に殴りかかった。

 

「いたた! いきなり何をする!?」

「あんたこそ何よ、女の子に対してデリカシーが無さ過ぎよ! 南条さんの生死に関わる大事な事だって言うから協力したのに」

「真実を言って何が悪い!? てか、殴るのはいいがグーパンは止せ」

「まあまあ、二人共。南条君はまだ病み上がりなのですから、少し静かに……」


 すっかり馴染んでいる三人の様子を、僕は不思議な気持ちで眺めた。

 確かに、僕らにとって人間の生血ほど栄養価の高いものはない。

 それが処女の鮮血であれば、瀕死の僕が生き返るくらいの効力はあるだろう。

 

 だとしたら、柚香ちゃんはまだ……。

 

 何気にいかがわしい想像をしてしまい、僕は一人で赤面する。

 とにかく、彼女が協力してくれたお陰で僕は生き永らえたんだ。


「ありがとう、柚香ちゃん。ということは、僕らの正体の事も信じてくれたの?」


 敬二郎の頭をポカポカ叩いていた手を止め、柚香ちゃんは首を竦めて笑った。


「うーん、正直言えば、まだ変な感じ。でも、今まで見た事全部考えたら、もう信じるしかないよね。でも、大丈夫よ。私、南条さんが吸血鬼でも気にしないから」

「えっ?」


 僕の胸がキュンと鳴った。

 もちろん心臓は動いてないので、僕の脳内のハートが勝手に震えた音だ。

 柚香ちゃんは頬をピンクに染めて言った。


「美雪さんに捕まった時、すごく怖かったけど、南条さんが助けてくれて嬉しかった。あの時の南条さん、とってもかっこ良かったよ。私こそ、ありがとう」


……ヤバい。

 何故か柚香ちゃんがすごくかわいい。

 それはもう、襲い掛かって、押し倒して、噛みつきたいほどに……。

 突如襲ってきた衝動に、僕は身震いした。

 何だろう、この気持ち……。


「さあ、湿っぽいのはこれで終わりだ。南条も生き返ったことだし、生贄も用意できたし、早速、決起集会を始めるぞ!」


 狭い部屋で敬二郎がスックと立ち上がる。

 四郎さんも困ったように肩を竦めて苦笑した。


「まだ忘れていなかったんですね。その話」

「当たり前だ。俺は協会からの指令より、寧ろ、本当に決起集会をやりたくて南条を探してたんだ。おい、小娘、今何時だ?」

「午前3時よ、24日の。でも、何なの、その決起集会って?」


 柚香ちゃんがスマホを操作しながら言った。

 これはまずい。

 そもそも美雪さんを探していた目的が、敬二郎主催の決起集会の生贄にする為だったなんて、口が裂けても言えない。

 微妙な空気になったその時、四郎さんが爽やかに言った。


「単なるクリスマス会ですよ。我々は友達が少なくて寂しかったので、暇そうな一族を集めてクリスマス会を計画していたんです。これを機に南条君は美雪さんに告白して、上手くいったら招待するつもりで」

「まあ、この際、決起集会でもクリスマス会でもなんでもいいんだが、一族の伝統的集会には人間の女は不可欠なのだ。こうなったらガキでも我慢してやる。喜べ、小娘。お前もクリスマス会に参加させてやるぞ」

「は!? 別に参加したくありませんけど? 何、その『美雪さんの代理』的な誘い方は!? てか、生贄ってどーゆうことですか!?」


 まるで子供の喧嘩だ。

 僕はコントみたいな二人の掛け合いを、それを見守る保護者のような心境で見つめていた。

 でも、柚香ちゃんを生贄にするって言っても、そもそもこの集会自体、何をしたらいいんだろう?


「ねえ、四郎さん。伝統的な一族の集会って何することなの?」


 僕の問いに、四郎さんは苦笑して首を竦めた。


「昔の話なので自分も他人のまた聞きなのでありますが、一族の集会では、生贄として連れて来た娘に交際を申し込むことができるという、フリーエントリー制の余興を行っていたそうです。娘が申し込みを受け入れたら、血をご馳走して貰えるという特典付きで」


……なるほど。

 ある意味、異種族合コンか。

 異性に対して免疫少な過ぎの一族にとって、これ程、血沸き肉躍るイベントはなかっただろう。

 王様ゲームに匹敵する興奮度だったに違いない。

 プライド高いくせに、コミュ障で内気な一族にとって、女の子をナンパするのは困難を極めた筈だ。

 だから、堂々と女の子を連れて来るのに『生贄』という大義名分が必要だったんだろうな。

 なんだか情けないを通り越して、吸血一族が可哀そうになってきた。


「で、どうします? 南条君?」


 四郎さんがちょっと意味深な笑顔で僕をつついた。


「ど、どうするって?」

「柚香殿からは既に輸血して頂きましたが、南条君の告白タイムはまだであります」

「なっ!? ちょっと、どうして僕が!?」


 思わずベッドから起き上がって、僕は両手をバタバタ振り回した。

 そう言いつつも、内心、四郎さんの勘の良さには舌を巻いた。

 僕が脳内で思っていることが、この人には聞こえてるかのような絶妙なタイミングだ。


「だって、南条君は柚香殿を身を挺して助けた勇者ではありませんか。さっき抱きつかれた時もまんざらでもなさそうな顔をしていましたし」

「やっ、だって、そりゃ、かわいい女の子に抱きつかれたら嬉しいよ。でも、柚香ちゃんがなんて言うか……」


 しどろもどろになった僕を四郎さんは意地悪そうにニヤリと笑って見た。

 美形が悪そうな顔をすると、何故にこれほど妖艶に見えるのか。

 悔しいけど、この人に顔では勝てる気がしない。

 その美しい顔で、彼は恐ろしい事をサラリと言った。


「一族伝統の余興はフリーエントリー制であります故、南条君が柚香殿に興味がないのであれば、自分が挑戦します。早くしないと敬二郎に先を越されますので、ちょっと失礼して……」

「えっ、ちょ、ちょっと待ったあああ!!」


 立ち上がろうとした四郎さんに、僕は思わずタックルを掛けてしがみ付いた。

 四郎さんが本気出して告白なんかしたら、どんな女の子でも概ね了承するだろう。

 こんなにかわいい柚香ちゃんを、外見だけビジュアル系の高齢者に渡すものか。

 そう思った途端、僕はスックと立ち上がっていた。


「柚香ちゃん!」

「はっ、はい!?」


 目の前に立ちはだかった僕を見上げて、柚香ちゃんはギョッとした顔で立ち竦む。

 こうやって並んでみると、彼女はやっぱり小柄で、上目遣いに見る大きな瞳がクリクリして小動物みたいにかわいい。

 まずい。

 見てるだけで息が苦しくなるくらい緊張して、喉が詰まる。

 深呼吸を一つしてから、改めて彼女に向き直り、僕は思いを告白した。


「良かったら、ぼっ、僕の友達になって頂けませんか?」


 四郎さんと敬二郎がガタガタッと脱力する。


「おい、この期に及んで友達からはないだろっ!」

「そうですよ、南条君! もう一歩踏み込んでもバチは当たりますまい」


 外野のヤジは無視して、僕は柚香ちゃんを見つめた。

 怖かったのだ。

 だって、断られたら、僕は本当にもう絶望して生きていく自信がない。

 高望みはしない。

 僕なんかはこんなかわいい友達ができただけで満足できるんだから。

 柚香ちゃんは嬉しそうにニッコリ笑って言った。


「悪いけど、お断りするわ」

「えっ、ええええ……!」

「だって、友達じゃ嫌だもん。どうせなら彼女にしてよ、南条さん!」

「えっ、あっ、はい!」

 

 柚香ちゃんが差し出した右手を、僕はおずおずと握り締めて、冴えない返事をした。

 四郎さんが涙をポロポロ溢しながら、パチパチと拍手を始める。

 

「おめでとうございます。南条君。これで自分も田舎から遥々出てきた甲斐がありました」

「俺もだ、南条。ブラジルから遥々運ばれてきた甲斐があったというもんだぜ。クリスマスにちょうど間に合ったし、これから盛大にパーティーを執り行うぞ」

「なんだよ、結局、二人共、クリスマス会やりたかっただけなんじゃないの?」


 僕は笑いながら、二人の友達の顔を見上げた。

 記憶にはないけど、今ならはっきり口に出せる。

 平成になって初めてできた僕の友達だ。


「まあ、そうだな。一人で過ごすよりは、昔の仲間と会って、今後の一族繁栄に向けて熱い語らいをする方が建設的ではある」

「悪いけど、僕はその一族の協会から抹殺されそうだったんだよね?」

「まあまあ、聖夜に免じて、今宵は楽しく過ごそうではありませんか」


 色んな事がうやむやにされそうだったけど、なんだかもう、どうでもいい気がした。

 何故なら、今夜はクリスマスなのだから。

 聖なる夜にこのメンバーが集まった奇跡に、僕らは乾杯した。 



 


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