真打登場
「うわああああああ!!!」
凄まじい激痛に、考えるより先に断末魔の悲鳴が勝手に上がってしまう。
ガラスが体内を擦りながら引っこ抜かれる、その感覚のおぞましさたるや。
自分が正気を保っているのが不思議なくらいだ。
やがて、ズボッという嫌な音と共に、僕の体を貫通していたガラスの破片の先端がようやく現れ、同時に穴の開いた胸部から血が溢れ出した。
破片を握り締めていた両手も血まみれでヌルヌルしている。
とにかく、これでようやく床から起き上がることができた。
僕はフラフラと立ち上がり、胸から引っこ抜いたガラスの破片を真っ直ぐに美雪さんに突き付けた。
美雪さんの顔からはさっきまでの余裕の笑みが消え去り、まるでおぞましいものを見るかのように顔を強張らせている。
「美雪さん、これが最後だ。柚香ちゃんを今すぐ解放してくれ。さもないと、僕はここであなたを抹殺する」
彼女は赤い唇の端を上げて、引き攣った作り笑いをした。
「できるものならやってみるといいわ。でも、柚香ちゃんは今、私の手の中なのよ。あなたがそのガラスで向かってくるのと、私がこの子の首に噛みつくのはどちらが早いのかしら?」
彼女をガードしていた二人のゾンビ男どもは少しづつ間合いを狭めてきて、いつでも僕に飛び掛かれるようスタンバイしている。
こいつら二人に同時に襲い掛かられたら、手負いの僕に反撃できるだろうか……?
ジリジリと接近してくる二人の店長を横目で見ながら、僕はなす術もなく唇を噛んだ。
意図せず、懐かしい二人の顔が脳裏に浮かぶ。
……くっそおお! 敬二郎、四郎さん! 仮にも友達なら助けに来いよ!
無駄を承知で頭で念じたその時だった。
ガラスが割れて全開になった窓から、見覚えのある馬鹿デカい人影がヌウッと現れた。
「おい! 南条! そこにいるのか!? 大丈夫か!?」
雷のような大音量の怒声を響かせて、敬二郎が窓を跨いで乗り込んできた。
僕と対峙している二人のゾンビの姿を確認した敬二郎は、野生の虎のような勢いで代理店長に向かって飛び掛かり、その襟首を掴むや否や、強烈なパンチをお見舞いした。
本物の店長の背後には、いつの間にか侵入していた四郎さんがヘッドロックをかけ、あっという間に眠らせてしまった。
「け、敬二郎、四郎さん!?」
「話は後です。早く柚香殿を!」
その瞬間、僕は美雪さんに向かってダッシュした。
突如、形勢が逆転したことに気が付いた美雪さんは、柚香ちゃんをドンと突き飛すと、ヒラリと身を翻し、玄関のドアから飛び出した。
ようやく解放された柚香ちゃんは、勢いで床に転がりながらもすぐに起き上がり、僕の胸に真っ直ぐ飛び込んできた。
「いやあ!! 南条さん、南条さん! 大丈夫!? しっかりして!」
「あ、ああ、柚香ちゃん……、無事で良かった……」
安堵感いっぱいになって、僕の手から血まみれになったガラスの破片がポトリと落ちた。
代理店長をフルボッコにしていた啓次郎が、美雪さんの逃走に気が付き、怒りの形相で立ち上がる。
「あの女、ゾンビ共を置き去りにして逃げやがったか。おい、南条、追うぞ!」
「……ごめん、敬二郎。僕、もう、ダメかも……」
柚香ちゃんに抱きつかれたまま、僕はヘナヘナと床に座り込んだ。
胸からの出血のせいで、意識が急速に遠のいていく。
「どうした、南条!?」
「敬二郎、これはまずい。早く手当をしなければ、南条君は再び死亡してリセットしてしまう」
ぼやけていく視界に、四郎さんの白い顔が映る。
……なぁんだ、二人共。
なんだかんだ言って、結局、心配して来てくれたんじゃないか。
ちょっと遅かったけど。
「あ、ありがとう……、四郎さん、敬二郎も。助けに来てくれて……。柚香ちゃんの事、よろしく……」
息も絶え絶えに、僕は四郎さんの手を握ってお別れの言葉を言った。
いつも穏やかな彼の顔が、いつになく厳しく真剣だ。
「何を言っているのです、南条君。自分がここにいる以上、あなたを絶対に死なせません。すぐに手当をします故、気を確かに持つのです」
「おうよ、南条! 一人でよく頑張ったな。だが、ここで死んだら俺が許さん。こんなとこからさっさと撤収するぞ」
敬二郎はそう言うなり、僕をガバッと横抱きにして立ち上がった。
お姫様だっこされた僕には、もはや羞恥心や、抵抗できる程の体力も残ってなくて、弱弱しい笑みを浮かべるのが精一杯だ。
「ハハ……、変なの。二人共、僕を抹殺しにきたくせに、なんだか優しいな……」
「南条君、誤解しないで頂きたいのです」
四郎さんが真摯な表情で、僕を真っ直ぐ見つめて言った。
「自分は確かに協会から犯人の抹殺の依頼を受けました。でも、それは容疑者が南条君だったからこそ、引き受けたのであります」
「何それ……。どうして?」
「自分は昔から南条君をよく知っています。君は人間を無差別に奴隷にするような馬鹿げた真似をするような人でない。だから、自分は敢えて依頼を受けて、南条君の無実を証明しようと思ったのであります」
「ほ、本当……?」
僕を抱きかかえた敬二郎も、珍しく真面目な顔で言った。
「俺達はお前を信じていたからこそ、協会の依頼を受けたんだ。まあ、それで万が一、お前が本当に犯人だった場合は、他の奴らにやらせるよりは俺の手で葬ってやりたかった。お前は俺の数少ない友達だからな」
「……」
二人の言葉は、弱っていた僕の心に染み込んだ。
友達だからこそ自分が殺してやるという、敬二郎の武闘派の理屈は僕には理解し難かったけど、二人共、僕の事を思ってくれてたんだ。
「ありがとう、二人共……」
その時、ガラスが割れた窓の外からサイレンの音が聞こえてきた。
音はどんどん大きくなり、こっちに急速に接近してくる。
「この音、もしかしてパトカー?」
「まずいな。ここで大騒ぎしたから誰かが警察に通報しやがったんだ」
「ま、待って、このゾンビになった店長達はどうするの?」
一応、店長とは顔見知りだった柚香ちゃんが不安そうに四郎さんに聞いた。
床に大の字になって失神している二人のゾンビ男達は、死んだように動かない。
「彼らの事は心配要りません。奴隷化された『ナリソコナイ』は主の美雪さんが呼べば、どこにいようが彼女の元に向かうようにできているのです。放っておいても問題ありません。その内、動き出して、主の元に戻る筈です」
「そうだ、それより、この状態で警察が到着したら捕まるのは俺達だ。さっさと逃げるぞ!」
敬二郎は軽々と僕を横抱きにして玄関から飛び出した。
四郎さんに手を引かれて、柚香ちゃんも必死で走ってついてくる。
良かった。
走れるだけの体力があるなら、彼女は大丈夫だ。
ようやく安心した僕はゆっくりと目を閉じ、そこで意識を失った。




