つかの間。
いつも通りな感じです。
「う、うそ。な、なんですか、これは……!!」
目を丸くしているリリア。
「え、そんなに変?」
2人で僕が作ったシチューを見ている。
火は魔具というカセットコンロのようなもので使えたし、材料が少なくても調味料はたくさんあったので、案外簡単に作れた。
「でも、まぁ確かに見たことない人からすれば変な料理か……」
僕が暗い顔をすると、バッとシチューから、此方を見てくるリリア。その動作に少しビクッとしてしまう。
「ち、違いますよ。美味しそうなんです!!す、すごく!」
「え?」
「こ、こんないい匂いのする、美味しそうな料理、初めてです!!えっと、シチューでしたっけ?凄いですねこれ!!」
「えっ」
ただでさえ褒められ慣れていないのに、いきなり褒められるので動揺してしまう。
「見てたらすごくお腹すいてきちゃいました。早く食べたいので、いただいてもいいですかね?」
部屋の真ん中にちゃぶ台のようなものを出して、そこにシチューを運ぶリリア。僕はスプーンを探す。戸棚が少ないので探しやすかった。というか、一つしかなかった。
そこで改めて、彼女が王の子供なのに酷い扱いを受けていたことを思い出し、少し暗い気持ちになった。
「早く座ってくださいよ!食べましょう食べましょう!!」
「え?あ、うん。」
僕はスプーンを持って床に正座しているリリアの前に行く。彼女の分のスプーンと、自分の分のスプーンも置いて食事の準備を終える。
「では、食べましょうか。」
「うん。」
僕は彼女に頷くと両手を合わせた。
「いただきます。」
僕がそういうと、ハッと何かを思い出したかのように彼女も手を合わせる。
「私、食事の前の挨拶を忘れてました……いただきます。」
少ししょんぼりとして言ったリリア。
忘れていたことをやった、という印象を受けて僕は何かがおかしいという印象を受けた。
そして、その違和感がなんなのか少し考える。
「あっ!」
「どうかしましたか?シンゴ??」
スプーンでシチューを口に運ぶ寸前だったリリアが動きを止めた。
「あ、いや、大したことじゃないんだけどさ。その、いただきますっていうのは僕のいた世界で使われていた言葉なんだけど……」
なんでこの世界でもその言葉があるのか、不思議に思った。そして、僕が最後まで質問をする前にリリアが答えをくれる。
「あぁ、それはですね。以前にこの世界に召喚されたという勇者様が言っていたからだそうです。そこからどんどん町民レベルまで広がっていき、今ではこの国で共通の挨拶のようなものになってます。」
「へ~~そうなんだ。」
いただきますを知っていた。ということはつまり以前きたと言う勇者も僕と同じ日本人だったんだろうなぁ。
それと、この国で共通、と言ってるということは、まだ他にも国があるって事だよね。
まぁ国の話は今度聞けばいいやと思いつつ、教えてくれてありがとうとリリアに伝える。
「あのーそれはいいんですけど、食べていいですかね?冷めると勿体無いので!」
結構緊迫した感じの表情で言われたので、僕は思わず無言で頷いた。
「ではっ!」
そう言って、止まっていた手を再び動かして口に運ぶリリア。
あっちでは定番の料理だけど、ここ世界違うし、反応は良かったけど、リリアの口に合うかな……
そう思いながらリリアの方を見ると……
「んんっ?!」
何やらびっくりしていた。そして、少しその場でじたばたした後に、一言。
「美味しいです!凄く凄く!こんなに美味しい料理、初めて食べました!!」
実に満足げな表情だった。
「そう、なら良かったよ。」
リリアからの高評価をもらえて一安心した僕もシチューに手をつけた。
なるほど、うさぎの肉ってこんな味なんだ……柔らかくて美味しいなぁ。まぁ、ホワイトラビットっていうのが僕の世界で言う、うさぎどうかはわかんないんだけど。
「材料が揃ったらまたいつか作るからさ。」
「本当ですか?ありがとうございます!!」
その後、僕たちは黙々とシチューを味わった。
♡
「では、寝ましょうか。」
「?!」
唐突すぎる発言にびっくりした。
「あの、お風呂とか、歯磨きとかは?」
恐る恐る、キョトンとしているリリアに聞く。
さすがに、お年頃の女の子がお風呂に入らないのはどうかと思うからね。
「え?歯磨きはともかくとしても、お風呂って、そんなの、貴族がする事ですよ?」
当たり前じゃないですか、と言う言葉が聞こえてきそうだった。
「ええっ?!じ、じゃあ、体は洗わないの?」
「え?やだなぁ、シンゴ、そんなわけないじゃないですか。」
あははと笑われる。
いや、全然笑い事じゃないんですけど。
「魔法ですよ、魔法。水魔法と風魔法の組み合わせでできるんです。その名も身体清浄!」
自信ありげに言うリリア。
僕には何が何やらわからなかったが、リリアが説明してくれた。
「簡単ですよ、自分の体を水で包んで、それを風で吹き飛ばしていくイメージです。やってみますね!」
そう言うと、リリアは目を瞑ってイメージを始めた。そして、
「身体洗浄!!」
彼女が唱え始めた瞬間、水と風が彼女の周りをくるくると回り始めて、長い髪が舞い上がった。水の塊のようなものが、足から頭へと少しずつ上がっていき、髪の先まで行くと、ゆっくりと消えていった。
「こんな感じ、ですかね。全ての人が1番最初に覚える魔法です。口の中も同じ要領で洗えます。ちなみに、お風呂というのは貴族の嗜みねです。私は、一応貴族という程ですが。忌み嫌われていたので……」
「へ、へー!そうなんだ、僕にもできるかな?」
話が暗い方向に行きそうだったので、無理やり話し始める。
「え?多分できると思いますよ。イメージが大切です。最後に水が消えるのは、風で気化してるんです。魔力ももう元に戻ってると思いますし、やってみたらどうでしょうか。」
「うん、わかった!」
僕は言われた通り、イメージを始めた。先ほど彼女がやっていた、体にまとわりつく水流をイメージする。そして、最後に体の汚れを取る、と言う意味を込めて、呪文をつぶやく。
「身体洗浄!」
キュオオオ、という音と共に、足元に水が触れる感覚が走る。そして、肌と触れているところだけ、激しく水が流れていく。
だんだんと膝、腰、そして胸へと徐々に水の輪を頭に向けて上げていくイメージをする。
すると、水流も徐々に高さが上がって行き、ついには頭の方まで来た。鼻と口の両方を水で包まれないように気をつけながら髪を洗浄していった。
そして、最後は水に風をぶつけて蒸発させていく。
シュウウウという音と共に、完全に水がなくなり、イメージをやめる。
そして、体から汚れが取れたような爽快感が感じられる。
「こんな感じ、かな?」
リリアの目をみると、彼女は満面の笑みで、
「素晴らしいですっ!」
と褒めてくれた。
その後、リリアに口内洗浄のやり方も聞いて、歯磨きを終える。
僕は服がないので、リリアの作ってくれた服を着て寝る。
「では、明日に備えて寝ましょうか。」
「うん。そうだね。」
ちゃぶ台のような折りたたみ式の机をしまう最中に、リリアは着替えないのかと思って聞いてみたら、服がないので、と言われて何も言えなくなった。なら、僕の服なんて作ってないで自分の服を作ればいいのに、と思ったけど、彼女の優しさを無下にしてしまうようで、口には出せなかった。
「では、シンゴはベッドで寝てください。私は床で寝ますので。」
そう言って、一枚の布を体にかけて床に寝ようとするリリア。
「ちょっと?!なに女の子が床で寝ようとしてるの?!」
慌てて僕がやめさせる。
「いや、でも、勇者召喚とは言え、シンゴは客人のようなものですし。そんな人を床で寝せるわけには……」
「勇者がどうとかよりも、君を床で寝かす事の方が問題だよ?!」
必死に説得しようとするが、なかなか引き下がってくれない。
どうしたものかと悩んでいると、リリアが代案を出してくる。
「あ、でしたら、2人でベッドで寝るのはどうでしょうか?」
「なおさら悪いよっ?!とんでもないことを言うね、リリアは。」
僕がそう言うと、リリアは少しほおを膨らませて呟いた。
「じゃあ代案だして下さいよっ。言っておきますけど、私は引き下がる気ありませんからね。」
「うっ……」
もちろん僕だって引き下がりたくはない。だからこそ、彼女はこの代案を出してきたのだ。
落ち着いて考えるんだ、鳴上慎吾。同い年の女の子と一緒にベッドで寝る?いいわけない、でも、彼女は引き下がる気はないみたいだし……
「うーん……」
頭を抱える僕を見て、はぁ、とため息をつくリリア。
「ええぃ、じれったい!もう無理やり押し倒します!」
「えっ、ちょっと、うわぁ?!」
どすっ、と言う音と共にベッドに押し倒される僕。位置付けとしては、壁際だ。
「もうこのまま寝ますよ!」
そう言って、部屋を明るくしていた魔具のスイッチのようなものを切り、消灯にするリリア。
相変わらず押し倒された姿勢のままだ。
「あ、あのぅ……リリア?どいてくれないかな?押し倒された姿勢だと、いろんな意味で眠れないんだけど。」
先程から、目の前にはリリアの顔があり、非常に落ち着けない。
「シンゴが床で寝ないなら、どいてあげます。」
「~~っ!わかった、わかったよもう!ここで寝るからこの体勢やめて、本当にお願い!!」
仕方なく床で寝るのは諦める。
「そこまで拒否反応を示されると木津つくものがありますが……まぁいいです。」
そう言って僕の隣に寝るリリア。意外とベッドが大きいため、2人で寝ても大きさ的には問題なかった。
「では、お休みなさい。」
「お、お休みなさい?」
早くもこの場に順応した様子のリリア。僕の方に体を傾けて寝ている。
僕は上を向いているわけだけど……どうしよう、隣が気になって眠れないかも。
むにゅ。
「……」
?!待って待って待って、今のなに?あれっ?左腕に柔らかい感触が??
ダメだ、考えるな鳴上慎吾。落ち着け、落ち着くんだ……
僕は1人で戦っていた。しかし、その戦いはすぐに終わることとなる。
ふと、隣でスースーと寝息を立てていたリリアがこんな言葉を呟いたから。
「お母さん……」
彼女が、どんな思いで僕の腕を掴んでいるのかはわからなかった。でも、リリアが可哀想だと、そう思った。今まで、誰かの事を可哀想だと思ったことはなかった。なかったけど、でも、いつか、こんな僕に優しくしてくれたリリアを、救えたらと、そう思った。
もう、僕も寝よう。まだ僕はこの世界では力が弱い。これから力をつけなくちゃいけないから、ね。
僕は掴まれた左腕をそのままに、眠ろうとした。
が、その時。
「左腕、筋肉が、いい……」
蹴り飛ばしたくなった。まさかそのためにこの体勢をとったんじゃないだろうか、そう思った。
その後は、なにも悩むことなく、ぐっすりと眠れた。
やっと1日が経ちましたね。だらだら書きすぎました。なんとかこのまま25話くらいまではノンストップで行きたいですね。頑張ります。