第6話 激動の朝
違和感に気が付いたのはいつだっただろうか。
いつものように柔らかく暖かいベッドから目を覚まして冷水で顔を洗った時かもしれない。
日は既に昇り始めていて店の外からは喧騒が聞こえてくる。
その時点で多少の違和感はあったのかもしれないが、寝起きの僕にそこまで考えるような頭はなく、昨日の夜に言っていたとおり朝から姿が見えないゲルジッドさんの事を少し考えながら今日も頑張ろうと小さく頷いた。
まだ開店時間までは余裕があるしと軽く掃除でもしようと思ったんだ。
昨日ゲルジッドさんが仕入れてくれた商品たちの整理はまだ終っていないけど店内には過不足なく並んでいるし急がなくても大丈夫だ。
その甘い考えがいけなかった。
どうぐ屋ライオック指定の紅色のバンダナを頭に巻きつけてキュッと後頭部で縛る。
掃除をするのだからまずは換気だよねと、鼻歌交じりで僕はお店の扉を開く。
「今日も一日、がんばろ……」
不特定多数の視線が一斉に僕の姿を貫いた。
え?と疑問符が浮かんだのは一瞬、見渡す限りの人人人魔族魔族魔族。
ここは人間、それ以外の魔人や亜人、魔族が分け隔てなく集う国、ファンリネーラ。
その中の城下町にあるメインストリートの一角にあるのがここ、どうぐ屋ライオック。
そしてそこに集まった大多数の、いわゆるお客様達という存在が開かれたお店を見て、店員である僕を見て。
我先にと猪突猛進の勢いで雪崩れ込んできたのだ。
「……い、いらっしゃいまわあああああああぁぁぁっ!?」
喧騒の中心は店内へ、人混みに押しつぶされそうになる僕を助けてくれる優しい人はいなかった。
誰がどう見ても、どう考えてもこのお店の許容量を超えるお客様の数に僕は言葉のとおり悲鳴を上げた。
原因は昨日のやくそうポーション戦争だと知ったのは、満員の店内を掻き分けてカウンターへと無理やり戻って、ヘトヘトになった獲物を再発見した獣のように群がってくるお客様の相手をしていた時。
昨日やくそうとポーションを一緒に買ってくれたらおまけを付けた、っていう噂話が流れに流れ人々に伝染しては伝染し、こんな事になってしまったようで。
あのお店に行けばサービスしてもらえる。
なんて噂が流れたんだろう。
捌いても捌いてもお客様は減らないし、僕一人しかいないから店内の在庫が無くなったら裏へ取りに行かなくてはならない。
それでいて戻ってきたら人がもっと増えていたり。
素直に感想だけを口にするのならこうだ。
地獄を見た。
「はぁ……」
昨日の夜に明日も大変だとゲルジッドさんの意味がようやく理解しても手遅れで。
来店するお客様達は全然減らないし、流石に昨日のようなサービスを続けると店の売り上げにも仕入れてくれたゲルジッドさんにも悪いので、普通の商売をしたがやっぱり噂を聞いて来てくれた人が多いみたいで文句を言われたりもした。
心が折れそうではあったけど、そこはやっぱりゲルジッドさん自慢の品揃えや商品の品質の良さに満足して買ってくれるお客様も多かった。
凄いなゲルジッドさんは、と尊敬したのはそれだけじゃない。
こんな事態になる事を予想していたんだと思う。
後一日多く仕入れに行こうか悩んでると言っていたのはこうなる事を知っていたって事だし、そして何より仕入れた商品の数は昨日売り上げた商品の数よりも明らかに少なかったんだ。
そのおかげもあってお店のよく売れる商品は一気に在庫が無くなり、売りたくても売れなくなって しまったんだ。
だから太陽が真上に昇りきる前には店を閉めるしかなくなった。
僕一人で多数のお客様を相手には出来ないと知って、ゲルジッドさんは仕入れの数をわざと少なくしたのかもしれない。
もしそうだとしたら本当に僕は頭が上がらない。
尊敬の念を込めながら、自分自身の未熟さに歯がゆさを感じながら。
「うわあああああああああああああああああああああああああん! ライラ君とお別れなんて寂しいよおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ちょちょちょちょっとトリイトさん!?」
店を閉めた筈の店内で悲鳴に近い泣き声を上げるトリイトさんに抱きつかれ、むず痒さを通り越して羞恥心でいっぱいになっていた。
何これ?ねぇ、何これ!?
「あはは、どうもすみませんライラさん」
「ネメシーさん!笑ってないで助けてくださいよ!?」
「けれど、ライラさんだって私達とのお別れは悲しいですよね?」
「え? ……えぇ、まぁ」
「ですから、悲しかった遠慮せずにお姉ちゃんの胸に飛び込んで泣いても良いんですよ?」
「どう言う事ですかっ!?」
とても優しげな、それこそまるで聖母のような笑みを浮かべてネメシーさんは両手を広げる。
ていうか仮に飛び込もうとしても今こうしてガッチリとトリイトさんに抱きつかれていて身動き取れないんだけど!
もう何がどうなっているか分からなくて違う意味で泣きつきたいんだけど!
とりあえず休ませてほしい!




