帰還日五日め
「あんなの兄さんじゃない」
『春雪』と別れた後、別室で諸手続きの書類を書いている両親に呟く。ショックが強かった。
兄さんが帰ってくるなんて信じられない、と心で思っていたのに。
部屋にいた姿形を見て、一瞬嬉しくなってしまった。
…でもアレは別人だ。
アレなら意識不明の重体の方がマシだ。
「そんなこと言うな、夏月」
父さんが俺をたしなめる。その目は、俺と同じ悲しい色をしていた。
『春雪』は観測センターの監視の下、しばらく俺たち家族の家を往復することになる。
大半はセンター住まいだが、記憶回復の影響として俺たちと食事…昼食と夕食を一緒にする。
食事は語感を刺激するコミュニケーションの時間。記憶を呼び覚ますには、経験しているはずの瞬間を多く取り戻すこと。
母さんの料理の味、父さんがスーツのまま食事に入ってくる事、俺が…隣に座る事。
その場にいて脳内に刺激を与えて、封じられている記憶と思い出をすりあわせる。
ただし半年以内に『春雪』への影響が観測されない場合、観測センターへ隔離される事になる。
俺たちは面会という形でしか『春雪』に会えない。
「どんな形でも、あの子が帰ってきて嬉しい」
母さんはそう言って、微笑んだ。
十年間の苦しみを流してくれたように、母さんは安堵していた。
生きていてくれたことが、ただ嬉しかったのだという。
さっそくその日の夕食、『春雪』は俺たちの家に来た。
「俺の席は夏月の隣か!
なんかホントに家族みたいにしてくれて悪いなぁ」
そう言って、兄さんの席に座る。
笑顔が重なる。俺が覚えている兄さんのままの笑顔。
「…俺、明日のテス勉するわ」
たまらなくなった。
十年間、兄さんをずっと待っていたわけじゃない。生きていないものだと、もう感じていた。
俺にとって過去の人だったのに。
背を向けて、部屋に閉じこもった。布団に顔を埋めて、固く目を閉じる。
「兄さん…」
思い出の中の兄さんは、変わらず笑っていた。




