第六章 英霊召喚の儀式
一週間の合宿を終えたミモザとランスロット、トーマ、ケティはいよいよ英霊召喚の儀式に挑むことになった。ミモザはランスロットと一緒に第二ブロックから遠隔透視魔法で見た英霊を探し当て契約を結ぶ。一方、ランスロットはアーサー王の円卓の騎士ガラハット卿を英霊に選ぶ。『黄泉の穴』の深淵でミモザが出会った黄金の王はアレクサンダーと名乗ったが…、それを疑問に思うランスロットやグラハム先生。イレギュラーな異性の英霊を召喚したミモザには波乱が待ち受ける。そして、卒業の日を迎え、あちらの世界で虚夢狩りをする新たなチームが発表される。
英霊召喚のための合宿もいよいよ今日が最終日となり、卒業試験が行われることになった。毎日、繰り返された禊の効果で生徒達の身体は清められ、『黄泉の穴』の瘴気にも十分耐えられる体力が培われていた。エドガー先生とグラハム先生に誘導され、まずは三年A組から地下の第一ブロックへと案内された。初日に遠隔透視魔法で『黄泉の穴』の入り口付近まで様子を伺っていたミモザとランスロットは二度目の体験だった。第一ブロックの扉を開く前に、エドガー先生が生徒達に補足説明をした。
「三年A組の諸君!ここからが君達の英霊使いとしての正念場だ。一番輝いて見える魂こそが、君らの生涯のパートナーとなる英霊だ。くれぐれも慎重に選択するように。英霊を引き当てたら、お互いの名前を明らかにして契約を結ぶ。そうすれば英霊は君達の手足となり、魔力を共有できる。以上だ。」
生徒達の顔に緊張が走った。いよいよ、英霊召喚の儀式だ。グラハムが合図をして、
「これより、第一ブロックの入り口を開ける。皆の検討を祈る。さあ、行きたまえ。」
と、第一ブロックの扉が開かれた。次々と生徒達が『黄泉の穴』へと入って行った。ミモザは意識を集中させ、以前に聞いた声の主を探した。
「ああ、やっと来たか。待ちわびたぞ。我が主よ…。」
黄金の髪の男性の声が再びミモザに語りかけた。
「貴方の名は?私はミモザ。この声が届いているなら答えて。」
ミモザは『黄泉の穴』の深淵に眩く輝く黄金の王を見た。あれが、ミモザの求めている英霊に違いなかった。
「おい、ミモザ!深く潜り過ぎだぞ。そこはもう穴の深淵だ!」
ランスロットがミモザの姿に気付いて声をかけたが、彼女には届かなかった。ランスロットもまた『黄泉の穴』付近で、強く輝く運命の英霊の姿を見た。
「お前が俺の求める英霊か。我が名はランスロット・サーゼクス。その名を俺に明かせ。」
ランスロットは強い輝きを放つ英霊に向かって、そう命じた。
「我が名はアーサー王に仕えし円卓の騎士、ガラハット卿だ。新しい我が主よ。」
ランスロットは英霊に負けないくらいの毅然とした態度で尋ねた。
「伝説の聖杯を持つという、あのガラハット卿か。良かろう、お前と契約しよう。」
こうして、ランスロットはガラハット卿と英霊召喚の契約を結んだ。英霊は名を示し、ランスロットの身体の中へと吸い込まれていった。契約が正しく完了したのだ。
「そうだ、ミモザ。あいつを探さないと…。」
ランスロットは遠隔透視魔法でミモザの潜った『黄泉の穴』の深淵付近を捜した。ミモザは穴の底で光輝く黄金の王と向き合っていた。
「我が呼びかけに答えたのが、こんな小娘とは…。私も焼きが回ったものだな。」
黄金の王は深い青色の瞳でミモザを正面から見据えた。年は二十五歳ほどで整った顔立ちをしていた。
「私の名はミモザ。どうか貴方の名前を教えて下さい、英霊の王よ。」
ミモザは怯む様子もなく、真っ直ぐに美しい黄金の長い髪の男に名を尋ねた。
「良かろう…。私も長い間、黄泉の深淵で眠り続ける生活に飽きていたところだ。…我が名はアレクサンダー王。お前と契約しよう、ミモザ。」
黄金の王は、そう語るとミモザの身体に憑依した。契約完了だ。
「ミモザ!」
ランスロットがようやくミモザを見付けて、穴の深淵までやって来た。
「ランスロット!探していた英霊は見つかったの?」
そう呑気に尋ねるミモザに拍子抜けしながら、ランスロットは安堵した。
「ああ、無事に契約した。由緒正しい英雄、ガラハット卿と契約した。お前は契約できたのか?」
心配そうに見つめるランスロットにミモザは笑顔で答えた。
「見付けたよ、私の英霊。アレクサンダー王って言うの。」
ランスロットは『黄泉の穴』の深淵にいる英霊ならだいたい名の知れた英雄のはずだと首を傾げた。
「アレクサンダー王?確かにそんな名前の王が古代に居たかもしれないが…。」
ミモザを見る限り、高い霊力を持つ英霊であることは疑いようもなかった。霊力探知ならランスロットの得意とする分野だからだ。
「この方は、まさか…。」
ランスロットと契約したガラハット卿がアレクサンダー王を見て、思わず呟いた。ランスロットは、
「ガラハット卿、どうかしたのか?」
と、尋ねたがガラハット卿は黄金の王を見て口を閉ざした。
「いや、何でもない。」
ミモザは強力な英霊と契約できたことで、満足していた。
「さあ、帰ろう。いつまでも『黄泉の穴』にいたら、瘴気で倒れちゃうよ。」
ランスロットの手を取ってミモザは黄泉への入り口である第一ブロックを目指して飛んだ。ようやく第一ブロックまで到着したミモザとランスロットをエドガー先生とグラハム先生が迎えてくれた。
「二人とも、随分深くまで潜ったね。さあ、帰って禊をして来なさい。」
エドガー先生がそう言うと二人は、
「ランスロット・サーゼクス、アーサー王の円卓の騎士ガラハット卿を召喚しました。」
「ミモザ、アレクサンダー王を召喚しました。」
と、英霊召喚の報告をした。グラハム先生はミモザのアレクサンダー王を見て顔をしかめた。
「アレクサンダー王?古代にはあまり聞いたことのない名前だね。英霊がそう名乗ったのかい?」
「はい。確かに。こうして、契約して私の身体にちゃんと憑依していますし…、何か気になることでも?」
ミモザがグラハムにそう問いかけると、
「いや、ちゃんと契約できているならいいんだ。ほら、二人とも禊に行って来なさい。これで、晴れて英霊使いの仲間入りだ。卒業式までに向こうの世界での生活のことを考えておくように。これから先は虚夢との闘いになるから気を引き締めなさい。」
と、ミモザとランスロットに言った。
「はい。私はとりあえず高校に入学しようと思っています。受験の準備もしていましたし。」
ミモザは英霊使いになって、とうとう自分の元の家に帰る決心をしていた。
「俺もあちらの世界では高校に通うつもりです。虚夢は主に夜中しか闊歩しないと聞いています。その間に勉学に励むのもいいかと。」
ランスロットもミモザと同じ高校を受験する心積もりだった。エドガー先生は、
「あちらの世界では、四人で一チームとして虚夢退治の任務に当たってもらう。担当地区は卒業式までに発表する。」
と言った。
「はい、エドガー先生。グラハム先生もご指導有難うございました。」
ミモザとランスロットは声を揃えて挨拶した。
「君達は本当に仲が良いんだな。友達は大事にしなさい。」
グラハムは微笑みながら、そう言うと次のクラスの英霊召喚の準備に取り掛かった。
「じゃあ、ランスロット。また、卒業式で。」
ミモザが笑顔でそう言うと、
「ああ、次は卒業式で会おう。」
と笑って答えた。二人は男女別々の沐浴場に向かった。ミモザが禊のために制服や下着を脱いでいると、アレクサンダー王が話しかけてきた。
「おい、小娘。貧相な身体が見えているぞ。」
ミモザは驚いて脱いだキャミソールで身体を隠した。
「え?何!どういうこと?!」
アレクサンダー王は呆れたように、ミモザにアドバイスをした。
「英霊召喚では通常、何かと不都合があるから同性を選ぶ場合が多いと習わなかったのか?」
そういえばランスロットが第ニブロックを見学しに行った時にそんなことを言っていたのを思い出した。
「そうだ、英霊の沈黙の呪文…!」
ミモザは制服を着直すと、慌てて図書室へと走った。魔導書を調べ、魔法陣を描くと呪文の詠唱を始めた。
「我が名ミモザにおいて命ずる。主の呼びかけがあるまで断じて意識を呼び覚ますことなかれ。」
すると、ようやくアレクサンダー王が眠りに就いた。ミモザの英霊との波乱の幕開けであった。
そして、とうとう卒業式の日がやって来た。ミモザとランスロットは最後に着る白い制服をきちんと身に付け、第一体育館へと向かった。そこへ、相変わらず黒い制服をラフに身に付けたトーマがランスロットに飛びついて来た。
「よう!王子様!とうとう、おいら達卒業だな。見て、見て、俺の英霊!格好良いだろ。」
ランスロットはトーマを振り落としながら、
「ちゃんと英霊が召喚できて良かったな、万年落ちこぼれのトーマくん。」
と、皮肉を言った。ミモザがトーマの英霊を見て、
「わあ、格好良いね。もしかして海賊かな。」
と、感心したように声をあげた。
「おう!海賊王フランシス・ドレーク様だぜ。俺の憧れの英雄だよ、ミモザちゃん。」
ランスロットは脱力したように、トーマを見た。
「お前ってやつは、魔力も型破りだったが、英霊まで海賊と来るか。」
そう、確かに見た目は迫力があって格好良い。しかし、英雄となるといまいち疑問の残る英霊だった。
「三人とも!また、こんなところで戯れて…。もうすぐ卒業式が始まるんだから、トーマも早く自分のクラスに帰りなさい。」
ケティがランスロット達を見て副委員長らしく、てきぱきと指示を出した。
「ケティの英霊は…、東洋の女戦士?」
トーマが尋ねるとケティは、
「日本って国の甲斐姫よ。多人数を動員した戦場における戦術的直感力に長けたお姫様。戦闘向きと言うより、防衛に優れた英霊ね。」
と、丁寧に英霊の特徴を説明してくれた。
「じゃあ、私達も行こうか、ランスロット。ケティさん。」
ミモザがそう言うと、
「ケティでいいわよ。年上って言っても同級生なんだから。それに、これからは同じチームなるわけだし。」
と照れ臭そうに答えた。
「同じチーム?」
不思議そうに尋ねるミモザに、ランスロットとトーマも同調した。
「まだ、掲示板を見てないの?あちらの世界での虚夢退治のチーム割がもう出ていたわよ。この四人がチーム・クローバーだって。」
エドガー先生とグラハム先生が言っていた任務のチーム表だ。
「この四人ってことは、ランスロットとトーマとケティ、そして私?」
ミモザが確認するように言うと、
「そうよ。あり得ないと思うでしょ。A組で三人、F組で一人なんて組み合わせ。」
ケティはやれやれ、と言った仕草でそう呟いた。
「やったー!じゃあ、おいら卒業してもミモザちゃんと一緒なんだ。よろしくね!ミモザちゃん、ついでにランスロットとケティも。」
トーマははしゃぎながらF組の席へと去って行った。
「本気か…。卒業してもトーマと一緒とか、あいつ自分で飯とか食って行けるのかよ。いくら給料が支給されるからって…。」
ランスロットはげんなりした様子でふらふらと席に座った。
「ランスロットとはつくづく縁があるね。あっちの世界でもよろしくね。」
ミモザは嬉しそうにランスロット向かって言った。
「ああ。そうだな、今度は一緒に仕事をすることになるのか。」
ミモザと一緒のチームに配属されたのはランスロットも嬉しかった。しかし、気になるのはケティの言うとおりチームの割り振りだ。普通は力のバランスを考えてA組を班長にB・C・D・E・F組をバランス良く組むのがセオリーだが、ランスロットは首席でミモザは次席。真っ先に振り分けられる面子のはずだ。更にA組からケティ。馴染みの四人をあらかた知った上での組み合わせだった。その分、配属はより虚夢の多い危険地帯へ配属されるのだろうが…。ミモザは仲良くなった三人が同じチームになれたことを無邪気に喜んでいた。虚夢と戦うのは一人じゃない。英霊使いの仲間がいる。それが、何よりの喜びだった。