第五章 英霊召喚の誘い
「英霊学校」で無事に三年生に進級したミモザと、ランスロット、トーマ、ケティは、いよいよ卒業試験の英霊召喚の儀式のための合宿に参加することになった。ミモザの運命がかかった英霊召喚の儀式前に、ミモザとランスロットは英霊達の眠る『黄泉の穴』のある、地下へと向かう。そこで、ミモザは光輝く黄金の王と出会う。儀式の日までは『黄泉の穴』へは入れず、気晴らしに学校を抜け出し、街へ遊びに出たミモザとランスロットだが…。
ミモザとランスロットが無事、三年生に進級して今年で十六歳の誕生日を迎えた。英霊召喚の儀式には一定の体力が必要とされるため、これ以上のスキップ級が出来ない二人は、この時を待ちわびていた。二年生での魔法演習の縁で時々、ランスロットがトーマに勉強を教え、何とかギリギリの成績で進級して、ミモザ達と同じ三年生になっていた。もうすぐ行われる三年生最後の卒業試験が間近に迫っていた。
「今日より一週間後、英霊召喚の儀式を執り行う。三年生の諸君にとっては最も重要な最後の実技試験となる。各自、これから一週間学校に泊まり込みで体力作りと禊を行ってもらう。」
三年生の担当教官のエドガー先生とAクラスの魔法学科担当のグラハム先生達が立ち会いのもと、これから一週間のスケジュール表が各クラスに配布された。エドガー先生は薄紫色の長髪で、切れ長の瞳をしていて割と整った顔立ちをしていた。指導は厳しかったが密かに女生徒の間では人気があった。スケジュール内容は朝6時起床、食事の前に毎朝学校内にある大浴場で各ニクラスごと沐浴。7時には朝食を済ませ、裏山でランニングに体育館でストレッチ、瞑想など様々な訓練の後、夕方6時には夕食、7時には再び沐浴。8時以降は自主学習で、毎年こっそり学校を抜け出しては遊びに出る生徒が後を絶たなかった。寮から着替えやタオル、洗面用具を持って学校に泊まり込む事になった一日目に、午後の沐浴を済ませたミモザはランスロットとばったり出会った。
「ランスロットも沐浴の帰り?女子はこの後、外出するみたいだけど、ランスロットも街へ行くの?」
ミモザは何となくそんな話を振ってみた。
「これから生涯を共にする英霊を召喚するって時に俺がそんな暇人に見えるのか。」
ランスロットはぶすっとした顔で答えた。
「皆、英霊召喚の儀式の前だから緊張して、息抜きがしたくなるんじゃないの?英霊を召喚したら卒業して、この学校の皆とも会えなくなるんだし。」
ミモザは予想通りのランスロットの返事にくすくすと笑いながら答えた。
「そういうお前はどうするんだ。ミモザは俺のライバルなんだぞ。そこいらの一般女子のように遊びに出る気か?」
ランスロットは濡れた髪をくしゃくしゃとかきあげた。
「私は図書館で調べ物をして、少し学校内と外を探検するつもり。この学校には二年しかいなかったから、まだ、見てない場所とかいろいろあるだろうし。今までこんなに学校でゆっくり過ごすこともなかったでしょ。」
ミモザは沐浴で濡れた髪を拭きながら、窓の外を見つめた。名前と正体を隠して英霊学校に編入し、ランスロットと成績を競って早二年。ミモザには初めて経験することばかりだった。
「なら、俺も付き合おう。図書館に返却したい本もあるしな。せっかくの合宿だ。たまには俺達も楽しむのも悪くはない。後、ミモザは髪の毛を乾かしてから図書館に行けよ。三月とは言え、ナグナの春はまだ冷えるからな。」
ランスロットはそう言うと、男子用の合宿部屋へと戻ろうとした。
「あれ?ランスロットとミモザちゃんじゃん!こんなところで何話してるの?デートの約束?」
ふいにトーマが現れて、ミモザとランスロットの方へ歩み寄って来た。
「トーマは今から沐浴?私達は今、沐浴の帰りでこれから図書室に行こうかと話していたところだよ。」
ミモザは笑ってそう言った。
「そう。おいらはこれから沐浴。何でもA組からだもん、俺達の扱い酷くない?ってか、せっかくの合宿にまで来て勉強すんの!」
トーマは驚いたように二人を見た。
「お前はむしろ、この自主学習時間を活かしてもっと勉強しろ!卒業試験まで来られたのは奇跡だぞ。」
ランスロットは眉間にしわを寄せてトーマに言った。
「ああ、それはもうランスロットには感謝しているよ!ランスロットのヤマがほとんど当たったから無事に進級できたし。」
トーマは悪びれた様子もなく、けらけらと笑って答えた。
「私達は図書館で調べ物をした後に、学校内を探検して時間があったら外出しようと思って話していたところなの。」
ミモザがそう言うと、
「何だ、やっぱりデートじゃん。本当にミモザちゃんとランスロットっていつも二人一緒だよね。ずるい!」
と、トーマがぶすっとしてそう言った。
「デートじゃない。俺がミモザといるのはライバルがいた方が張り合いがあるからだ。勘違いするな。」
ランスロットは冷静な表情でそう言った。
「じゃあ、俺がミモザちゃんをデートに誘ってもいいわけだ。」
トーマはミモザの方を見て言うと、
「今日は俺と先約済みだ。デートの申し込みなら別の日にしろ。」
と、ランスロットが冷ややかに答えた。
「それなら、明日デートしようよ!ミモザちゃん、ランスロット抜きで!」
ミモザは困ったような顔をして、
「一応、英霊召喚の準備があるからデートしている余裕はないかな。ごめんね、トーマ。」
やんわりとトーマのデートの申し込みを断った。
「何だよ~!ランスロットとは一緒に行くくせに、おいらはダメなんてズルイ!」
ランスロットは少しほっとして微笑み、口元を右手で隠した。ミモザとランスロットはそれぞれの合宿部屋に戻り、トーマはふて腐れた顔で沐浴に行った。伸びた髪をドライヤーで乾かして、ミモザは図書室に向かった。ランスロットが先に図書室に来ていて、ミモザを見付けると声をかけた。
「来たか、ミモザ。今日は何を調べたいんだ?」
ミモザは本棚の奥の方に向かって歩きながら、魔術召喚の本をめくった。
「英霊の契約とコントロール方法についての再確認。授業で何度か詠唱したけど、まだ足りない気がして落ち着かないの。」
そう答えるとランスロットは、
「英霊とは相性があるから、心配しなくても一番強く輝いた魂を引けばいいだけだ。英霊の名前は引いてみないと分からないからな。」
と、開き直ったように言った。
「ランスロットはどんな英霊がいいの?グラハム先生は『黄泉の穴』の深淵にいる英霊は特に強力で、制御が難しいと言っていたけど…。」
ミモザが尋ねるとランスロットは、
「まあ、英霊と言うからには伝説的な英雄が良いな。俺達が強力な英霊を引けないわけないだろ?三年でも俺達が首席と次席なんだから。」
と、不安そうな表情のミモザを励ますように言った。ミモザは自分が引いた英霊の強さによって、より多くの虚夢を倒し弟・拓斗の魂の半分を取り戻さなければならない。そのために親元を離れ、グラハムに連れられ一人異世界ナグナへやって来たのだ。英霊召喚の儀式はミモザにとって全ての目標であった。
「有難う。私もランスロットに負けないくらい強い英霊を引き当てられたらいいな。」
少しほっとしたようにミモザはランスロットにお礼を言った。
「何だ、お前、自信がないのか?今日は勉強はやめだ。来い、学校内の探検をするんだろう?」
ミモザの手を取ってランスロットは図書室の外へ連れ出した。
「どうせ、お前が見たいのは学校の地下にある『黄泉の穴』だろう。英霊召喚で悩んでいるなら見て来ればいい。ただし、俺達が入れるのは黄泉の穴に通じる第二ブロックまでだけどな。第一ブロックはグラハム先生達のような高等魔術師か、俺達のような英霊召喚の儀式で特別に入れる学生だけだ。」
長く一緒にいるだけあって、ミモザの心配などランスロットにはお見通しだった。
「ランスロットには本当に敵わないや。」
二人は手を繋いで『黄泉の穴』に向かった。
『黄泉の穴』はエレベーターで下って学園の中心部の最下層にあった。英霊を悪用されないよう地下には幾人もの警備員がいて、勿論皆プロの魔法使い達だ。ミモザとランスロットは卒業試験の受験者である三年生の学生証を見せて、地下の第ニブロックまで来た。
「三年生の学生はまだ『黄泉の穴』には入れないことは知っているな。こんな所へ訓練中の生徒が何の用だ。」
ミモザとランスロットは顔を見合わせて、
「ただ、大事な試験前に『黄泉の穴』の入り口まで見学に来ただけです。」
と、声を揃えて言った。
「よし、通れ。そこが第一ブロックへの入り口だ。受験生であろうと学生はこの第二ブロックまでしか入れない。」
四十歳ほどの体格の良い警備員が第二ブロックの中を案内してくれた。第一ブロックに通じる扉にミモザは手をかざすと、遠隔透視魔法で中の様子を伺った。第一ブロックの向こうはもう『黄泉の穴』だ。ランスロットはミモザの様子を見守っていた。
「第一ブロックの中はまだ第二ブロックと大差ないけれど、瘴気に満ちている。これはさすがに禊を徹底してやらせるわけだわ。」
ミモザがぽつりと呟いた。
「第一ブロックの中が見えるのか。『黄泉の穴』まで、透視できるか?遠隔透視魔法については、悔しいがミモザの方が得意だからな。」
ランスロットは、歯がゆそうに言いながら同じように遠隔透視魔法で中の様子を伺うことにした。
「第一ブロックの扉の向こうには幾重にも結界が施されているけど…。穴の入り口付近までなら、何とか視えるよ。凄い霊的エネルギーの集合体ね。」
と、その時、ミモザの頭に男性の低い声が響いた。
「我を召喚せよ。この声を聞きし、我が主たる資格を持つ者よ。」
黄金の長い髪に凛としたいで立ちの二十五歳ほどの男性の姿がおぼろげに頭に浮かんできた。ミモザはその威厳に満ちた深い青色の瞳に吸い込まれそうになり、意識を失いかけた。
「貴方は誰…?」
ミモザが尋ねると黄金の髪の男は、ミモザの姿に気付いて何かを応えようとした。
「おい!ミモザ!しっかりしろ!深入りし過ぎだ。『黄泉の穴』に取り込まれるぞ!」
遠隔透視魔法でミモザの姿を追っていたランスロットが異変に気付き、ミモザの意識を強制的に引き戻した。
「ランスロット…。私、今…。」
ミモザは一瞬気を失ってランスロットに倒れ込み、目を覚ました。心配そうにミモザの顔を見下ろすランスロットに微笑み、
「大丈夫だよ。ちょっと、英霊の男の人が視えただけ。名前…、聞きそびれちゃった。」
と、けろりとした様子でそう言った。
「馬鹿!英霊の名前を聞いたら、計約が成立するところだぞ。こんな不完全な形で召喚したら、お前が壊れるだろ。無茶をするな。」
ランスロットは怒っていた。ミモザはあの金髪の男性が自分と契約する英霊になるのではないかと、漠然と感じていた。その威厳ある王たる器の眩い姿が今でも目に焼き付いていた。
「うん。でも、たぶんあの王様みたいな男の人が私の英霊なんだと思う。」
ミモザはゆっくりと立ち上がって、かがんでいたランスロットに手を差し伸べた。
「男?普通、英霊召喚って言ったら同性だろう。いろいろ不都合もあるしな。何だ、お前。英霊と話をしたのか。俺には何も聞こえなかったぞ。相変わらず、凄いのか抜けているのか分からない奴だな。」
ミモザの手を取ってランスロットは立ち上がった。
「まだ、就寝時間まで余裕あるし、私達も街へ遊びに行こう。ランスロット。」
ミモザは自分の英霊を見付けたような気がして安心したのか、不安そうだった表情もすっかり明るくなった。
「そうだな。どうせ、卒業試験まで俺達はここから先へは入れないんだ。考えていても仕方ない。よし、遊びに行くか、ミモザ。」
ランスロットは拍子抜けしたように学校をこっそり抜け出し、ミモザと二人で街へと繰り出した。買物をしたり、アイスクリームを食べたり、ゲームをしたり。途中でまたトーマと出くわし、
「何だ、お前ら。やっぱり二人でデートかよ!」
と、からかわれA組のクラスメイト、ケティとばったり出会った。
「あんた達、また三人でつるんでるの?ランスロットもミモザも、わざわざF組のトーマの世話を焼くなんて、物好きね。」
肩にかかる金髪の髪に菫色の勝気な瞳で、ケティは三人に言った。
「誰もトーマの世話なんかしていない。ただ、街に遊びに出たらたまたま面白くもないこいつと出くわしただけだ。」
ランスロットはつまらないものを見るような目つきでトーマをちらりと見た。カチンと来たトーマはランスロットの肩に手を回して、
「いいじゃん!ここで会ったのも何かの腐れ縁ってやつで、ケティは放っておいて三人でデートしようじゃん。」
と言った。
「そうね、人数が多い方が楽しいし。ケティさんも一緒に遊びませんか?」
ミモザはランスロットとトーマのいがみ合いを可笑しそうに見ながら、ケティを誘った。学校中で人気のランスロットと一緒に出かけられる機会など、そうはない。ケティはランスロットとトーマを見て、
「仕方ないわね。卒業試験が終わったら、もう会うこともないだろうから、付き合ってあげるわ。」
と、言って結局、四人で街を巡ることにした。こんなに楽しい時間がもうすぐ終わりだと思うと、ミモザは英霊使いになって元の世界に帰ることが少し寂しく思えた。