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英霊使い  作者: 徳永翔己
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第一章 コードネームは『ミモザ』

日本の街で深夜に虚夢狩りをする吉住奏都よしずみかなとは、『ミモザ』として活躍中。虚夢を倒す英霊使いとなるため、師匠グラハムと名前を捨て弟の魂の半分を食らった虚夢を探しているが…。

 漆黒の闇。人々が眠りについている深夜に、その闇と戦う一人の少女がいた。高校一年生、現在十六歳の少女のコードネームはミモザ。本名は吉住奏都よしずみかなと、英霊使いである。彼女の前に立ちはだかっている巨大な闇の塊は虚夢きょむと呼ばれ、負の感情に囚われた人間の魂を食らって膨れ上がっている。ミモザは目を閉じて光る剣を召喚すると、一気に虚夢へと振り下ろした。轟くような悲鳴と共に忽ち虚夢は消滅し、無数の光の魂が天空へと消えていった。

「奏都、二時の方角に新たな虚夢が接近中。注意しろ。」

彼女の身体の中にいる英霊アレクサンダーが警戒を呼び掛ける。英霊アレクサンダーは二十五歳ほどの、長身でがっちりとした体格の英雄王であった。髪の色は金、瞳は深い青で鼻筋の通った逞しい美男子である。

「了解。アレクサンダー、仕事中は私のこと本名じゃなくミモザって呼びなさい!」

薄桃色の髪に大きな深紅の瞳が、迫りくる虚夢の姿を捉えた。先程の虚夢より更に巨大だった。

「英霊召喚三十パーセント開放。」

ミモザがそう唱えると身長160センチほどの少女の華奢な肉体が除除に筋肉を帯びて、身長も少し伸びると手にしていた光の剣もより強く輝き、剣先も長くなった。そして、建設中のビルの鉄柱からジャンプして虚夢へと斬りかかった。再び唸るような叫び声をあげて虚夢が消え去った。

「これも、探していた虚夢とは違ったようだな。奏都。」

英霊アレクサンダーがそう呟くと、

「シンクロ、解除。」

とミモザが唱え、元の少女の姿に戻った。

「そうみたい。」

ミモザは胸に手を当てると、青白く輝く光の玉を取り出して見つめた。

「拓斗の魂の半分は必ず見付けてみせる。」

そう言うと、光の玉を胸の中へと戻した。



 ミモザがこうして英霊使いになったのは、今から二年以上前のことだった。

両親の離婚問題で荒れていたミモザの家族は会話も少なく、両親の喧嘩が絶えなかった。中学二年生のミモザには二歳年下の人一倍感受性の高い弟・拓斗たくとがいた。ミモザや拓斗は度々、両親の喧嘩の仲裁に入ったが口論は激しくなる一方だった。こうして姉弟との会話も日に日に少なくなり、拓斗は元気を失っていった。そして、ある日中学校から家に帰って来たミモザは誰もいない家の中で嫌な予感がした。小学六年生の拓斗が先に家に帰っている時刻だったが、拓斗の部屋のドアを開けると部屋はきちんと整理整頓されていた。机の上に一通の手紙が置いてあり、ミモザは封を開けた。

『お父さん、お母さん、お姉ちゃん。さようなら。』

ミモザは鞄を自分の部屋に放り込むと、携帯電話を持って外へ飛び出した。急いで母親に電話をしたが留守電になり、応答はなかった。

「拓斗!」

ミモザは心当たりの場所を探したが、拓斗の姿は何処にもなかった。ふいに冷たいビル風がミモザの柔らかな髪を揺らした。何か異様な雰囲気を感じて、嫌な気配がする方へと進むと建設中のビルにたどり着いた。ミモザが上を見上げるとビルの鉄柱の端に人影が見えた。

「拓斗!待って!そこに行くから動かないで。」

ミモザの声が強いビル風にかき消され、拓斗には届いていないようであった。拓斗はゆっくりと組み上がった鉄の柱の先に立って、虚ろな眼で街を見下ろしていた。ミモザは急いでまだ完成していない階段を駆け上がり、拓斗のもとへと向かった。

「拓斗!」

やっとのことで拓斗のいる所までたどり着いた時、ミモザを振り返った。

「お姉ちゃん、ごめんなさい…。」

拓斗の背後に巨大な影が現れ、少年の身体を今にも飲み込もうと下の方から大きな口を開けて待ち構えていた。

「危ない!」

拓斗が鉄柱から飛び降り、ミモザがかろうじてその手を取った。

「お姉ちゃん、もういいんだ。手を放して。」

拓斗は虚ろな眼をしたままミモザにそう言った。

「ダメ、放さない!こんな馬鹿なことをして何の解決になるの!」

ミモザは右手で掴んだ拓斗の左腕を引っ張り上げようとした。その時、背後の暗闇が拓斗までぐにゃりと触手を伸ばすと彼の身体から半透明の霊体が引き千切られていったのが見えた。ミモザは拓斗を必死で上へと引き上げようとしたが、拓斗の身体は下へと落ちていった。ミモザの手には青白く光る拓斗の魂の半分だけが残された。拓斗の身体が地面に叩き付けられる音を微かに聞いて、ミモザは茫然と鉄柱の上に横たわっていた。


 しばらくして、ミモザの電話に気付いた母親から警察に連絡が行き、拓斗の遺体と放心状態のミモザが保護された。拓斗の自殺現場に居合わせたミモザは言葉を発しないほどショックを受けて病院に入院した。ミモザが入院して二週間が経った頃、病室の窓の外に一人の四十歳くらいの男性が立っていた。ミモザは声を上げることなく黄土色の髪の彫の深い男性を見つめていた。病室の外には拓斗を飲み込んだ、あの漆黒の闇がうごめいていた。

「ほう、お嬢さんにはあれが見えるのかい?」

男は窓から病室に入ると、ミモザにそう尋ねた。近くで見ると男性は良く鍛えられた体つきをしていて、ミモザの父親よりも背が高かった。

「おじさんは誰?あの闇の塊は何?あいつが拓斗を食べちゃったの…。」

ミモザは入院してから初めて言葉を発した。

「あれは虚夢と言う人間の負の魂を食らう化け物だよ。私の名はグラハム、虚夢を倒す英霊使いさ。今度はお嬢ちゃんを食べに来たようだ。君の名前は?」

グラハムの名乗る男はミモザにそう尋ねた。

「吉住奏都。」

ミモザはそう答えると、グラハムは英霊を召喚して虚夢と呼ばれる巨大な闇の化け物へと光の矢を放った。その一瞬で虚夢は跡形もなく消し飛んだ。ミモザの瞳が輝きを取り戻し、彼女の顔付きが変わった。

「おじさん!英霊使いってどうやったらなれるの?」

ミモザは寝ていたベッドから飛び降りると、グラハムに尋ねた。

「英霊使いは、英霊学校で三年間修業を積んで卒業できたらなれる。英霊学校へ行きたいかい?」

グラハムは静かに微笑んだ。

「なりたい!私を英霊学校へ連れて行って!」

ミモザは迷わずそう答えた。

「英霊学校はこの世界とは別の空間にある。ご両親とは離れ離れになるよ。それでもいいのかな?」

グラハムの質問にミモザは、

「会えなくてもいい。私は拓斗を食べた虚夢を倒したい。奪われた魂の半分を取り戻すんだから。」

と言った。彼女の瞳に迷いは見られなかった。

「いいだろう。君を英霊学校へ私から推薦してあげよう。ただし、条件はこの世界の名前を捨てること。今日から君のコードネームはミモザだ。君がこの世界の人間であることは私と二人だけの秘密だよ。」

こうして、吉住奏都はこれから『ミモザ』と名乗ることになった。

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