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05:阿妻姉弟の追跡風景

初の別キャラ視点。ですゆえ、短いです。


 阿妻深弦あづまみつるにとって、式降伊依しきおりいよりという友人はひどく掴みどころのない存在だった。

 勉強も運動も創作も表現も全てにおいて万能で、学年全体の女子生徒の名前と顔は必ず一致させ、弱音や泣き言を吐露することもなく、いつでも安定した笑みを浮かべ続けている彼女。そんな友人は深弦にとって、ひどく理解しがたい存在だった。本音を言えば少し気持ち悪いぐらいに、彼女は完璧という言葉で塗り固められているようだった。

 深弦がその話を双子の姉である満瑠みちるにすると、彼女はいつも決まってこう返事をした。「別にいいじゃない」と。穏やかな笑みを浮かべて、和やかに語る。


『彼女が何をしようと、口出しするべきじゃないわ。確かに私たち、式降くんの友達ではあるけれど、彼女の行動を制する権利なんて、友達の私たちにはないんだもの』


 寂しげでもなく、怒るわけでもなく、満瑠はいつも平然と言う。

 しかし、深弦は本当にそうなのだろうかと、いつも心の中で首を捻っていた。友達だからこそ、相手を理解するために、声をかけなければいけないのではないか。友達だからこそ、時には制する手も必要なのではないか、と。


 ――深弦はそんなことを思いながら、今日も不純物を含まない笑みを浮かべている友人、式降伊依を眺めていた。


 

「本当に犬みたいねぇ、恭兵きょうへいくんったら」

「今にも耳と尻尾が生えそうだよな」 

 


 蔑みよりも感心といった口調で、阿妻姉弟は2年A組の廊下を見つめていた。

 そこには友人である恭兵が伊依に頭を撫でられているという、傍から見れば全く関係性の掴めない光景が繰り広げられていた。事実、伊依たちの傍を通り過ぎようという生徒はだれ一人おらず、廊下はどこか閑散としている。そんな二人を踊り場の影から見守っている阿妻姉弟も、周辺の生徒たちからは奇異の視線を向けられていたのだが。

 


「あらあら、ダメよ。深弦。友達をそんな風に言うだなんて」

「いや最初に犬扱いし始めたのは、あんただからな」



 そうだったかしら、と呑気に微笑む満瑠に対し、深弦はいつものことながらやれやれと息をついた。彼の姉は見た目こそ可憐という言葉が良く似合う、おっとりとした少女なのだが、わざとなのか無意識なのか、たまにひどい毒を吐くことがある。伊依に言わせてみれば、それも立派な満瑠の魅力らしいが。それはどうやら、深弦には一向に理解できない魅力のようだ。

 


「でもよかったわぁ。恭兵くん、この頃ずっと拗ねて無口だったものね」


 

 まるで主人の帰りをさびしげに待つ、忠犬のようだったわねぇ。


 コロコロと鈴の音のような声でそう言い放つ満瑠。中学二年生からの付き合いである友人を堂々と犬呼ばわりする様には、いっそ清々しさすら感じられた。



「……とりあえず、明日の昼の約束はできたんだ。俺たちはさっさと教室に帰ろう」



 そう言ってふたりに背を向けた深弦の頭には、早くH組へ戻って昼食をとりたいという願望がちらつき始めていた。


 中学2年生からの付き合いである伊依と恭兵、加えて阿妻姉弟は、高校1年生までずっとクラスが同じだった。それが今年は伊依ひとりがA組へと行ってしまい、彼女と特殊な関係を築いていた恭兵はそれをずっと気にしていたのだ(二人の関係は恋愛でも単なる友情とも言い難い、深弦には表現できないものがある)。それを見かねた深弦が伊依を昼食へ誘うようアドバイスし、満瑠は面白そうだからという理由だけで後をつけ、そして現在に至る。昼食をとる暇など、そのどこにもありはしなかった。


 そうして足を踏み出した深弦に反し、満瑠はじいっと二人に視線を注いでいた。彼女は弟とよく似た垂れがち目じりに瞳を瞬かせ、安穏とした笑みを浮かべている。

 いつまでたっても追ってこない姉を不思議に思って戻ってきた深弦は、そんな様子を見て首を傾げた。



「どうした?」



 そう顔を覗き込むようにして深弦が尋ねると、満瑠はフフッと小さく微笑んで、くるりと友人二人に背を向ける。



「なんでもないわぁ。きっと気のせいだもの」

「……なんだそりゃ」



 要領を得ない答えに眉を潜める深弦だったが、問答無用で歩いていく満瑠の様子に、いつものことかと思考を放棄した。

 満瑠は満瑠で、飄々と手元をすり抜けていくような、つかみどころのないところがある。それをよく知っている深弦からすれば、深く考えるだけ無駄だということも分かっていた。



「気のせいでなくては、いけないわ」



 そう小さく呟かれた姉の言葉には、一切気が付かずに。


次回は式降くんに戻ります。

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