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02:式降伊依は逃げられない

 自分が他人と違うことに気付いたのは、小学校3年生のときだった。それというのも私には所謂前世の記憶というものが残っており、それを話すたびに周囲の人間は奇異な目で私を見たものだった。両親は余所でそんなことを言わないでねと言い、クラスメイトはただ爆笑し、友達からは失笑を買う――そんな反応が続くわ続く。幼いながらに『ああ、これは言っちゃいけないことなんだ』と悟った私は、それから前世の記憶について、誰にも何も言うことをやめた。 

 前世での私は大学1年生のときに、交通事故で死んでいる。家はごくごく普通のサラリーマン家庭で、口うるさいが頼れる母とお調子者だが一家を支えてくれる父に育ててもらった。死んだときのことは、さすがによく覚えていないけれど、それでも日常にあった些細なことは覚えている。


 前世の私は一般的に言うオタクというやつで、アニメや漫画に埋もれることが日常だった。特に高校時代は趣味の合う友人がたくさんできたこともあり、萌えに生きるとはこのことかと、日々実感するのが常だった。

 その中で友人に勧められた乙女ゲー、女性を対象とした恋愛シミュレーションゲーム《La Ravissants Marionnette》。マリオネット、ぐらいは当時の私にもわかったが、その前にあるよくわからない単語は『魅了』という意味である。なぜ私がこんな話を始めたのかと言うと、これこそが私の人生に最も深くかかわる前世の記憶だからだ。


 ゲーム内容は特殊な小中高一貫のお金持ち学園――藍芭学園あいばがくえんで繰り広げられる恋愛とサスペンス染みた特殊な駆け引き、そして男女の嫉妬にまみれたドロッドロの愛憎劇を中心としている。普通にプレイしている分には、ある程度のドロドロ成分で留まるのだが、BADENDを迎えたときが恐ろしい。攻略対象全てがヤンデレと化す可能性があり、ストーカー系、策略系、心中系、監禁系、嗜虐系、××系、△△系(放送コードに引っかかる単語のため)と何故かヤンデレのバリエーションが豊富も豊富。開発スタッフの力の入れようがどう考えても間違っていると評された作品だが、一部のヤンデレ好き女子の中では愛され続けた作品でもある。


 というか、私もその中の一人だった。


 普段乙女ゲーをプレイしない私がそのゲームを借り受けた理由も、その友人が私のヤンデレ好きを熟知してのことだった。そうでなければあんな恐ろしいものを、易々と渡しはしないだろう。


 まあ、結果的に言えば、全てのBADENDを何度もプレイし直すほどに熱中した。一応全シナリオをコンプしたが、やはり血沸き肉躍るのはBADENDが確定したときだ。背筋に悪寒を走らせながらも、次はどうなってしまうのか、この異変は誰によるものなのかというスリリングさが堪らなかった。

 そしてこういう要素が色濃いため、全てのキャラに死亡フラグが立っていると言っても過言ではない。確か攻略対象の一人がヒロインのために、その学園内すべての人間を血祭りにあげるというルートもあったはずだ。


 そしてここからが重要な話なのだが、どういう超常的力が働いたのか、私はそのゲーム世界の登場人物として生まれ変わってしまったらしい。

 それも役柄はヒロインではなく、攻略対象に心酔しているライバルキャラに、見せしめとして殺されるヒロインの友人というポジションである。まあヒロインに生まれ変わらなかったことには心底安心しているが、とても安穏とした学園生活は送れそうにない。


 ちなみに、この世界が生前プレイしていたゲームではないかと気づいたのは、小学4年生のときである。むしろ、そのゲーム自体を思い出したのがその頃だった。


 私の実家は代々外資系のホテルを経営している裕福な家庭だったのだが、小学校は地元の市立小学校へ通っていた。何でも幼い時から裕福の味を知ってはいけないという、祖父の教育方針だったらしい。そしてその祖父が病で亡くなったときに、遺書に書かれていた言葉――『伊依を藍芭学園へ進学させろ』という遺言を両親から聞いて、私はようやくそのゲームを思い出したのである。最初こそ何かの間違いだろうと逃げ道を必死に探し回ったが、その藍芭学園について知れば知るほど私の前世の記憶は鮮明に蘇っていった。赤いレンガ造りの外観に、広大な敷地へ建てられた校舎や宿舎の数々、《伍華》という名の他の学校にはない特殊な生徒機関と、《式降伊依》という名の自分そっくりな登場キャラクター……そして高校2年生の初夏から始まる、死亡フラグ乱立ライフ。

 

 私は絶対にそんなところへ進学したくはなかった。自ら剣山へ飛び込むような、そんな自殺行為からは断固逃げ出したかった。

 したかった、けれど……式降の家柄は当主だった私の祖父の発言(一応生前に書いているため、遺言までが当主の発言だ)こそが法であり、絶対であり、逆らおうものなら絶縁と言う、古めかしいにもほどがある家だった。私一人が絶縁というならば、まだ考えようもあったのだが、その場合はもれなく両親にまで巻き込んでしまう。わけあって親戚内でも肩身の狭い思いをしている両親には、とてもそんなことはできなかった。


 で、私は泣く泣く藍芭学園を中学受験し、見事合格。

 合格通知を見て喜ぶ両親を傍目に、私はその頃からどうすれば生き残ることができるかという思索に耽り始めた。


 そしてそのときに出た結論が、とにかく式降伊依殺害フラグをへし折るために、女の子を敵に回さないということだった。なぜならその殺害方法には大勢の女の子――それこそ全校女子が関わっているような話だったのだから、その全ての女子に好意を寄せてもらう必要があると考えたのだ。


 まあ、今となってはその考えも浅はかだったわけだけれど。



「……私は、なにをやっているんでしょうか」

「頑張って生き延びようとしているのだけれど、それが全て空まわっている……といったところかしら」



 窓からさんさんと差し込む朝日を浴びながら、彼女は透き通る長い金髪を輝かせてそう言った。どう聞いても他人事としか思っていないその声音、涼やながら耳に馴染む心地よいそれに、私は腰かけていたテーブルへ突っ伏す。

 やっぱり、そうとしか見えていないのか……。



「女の子から好かれるために、一人称を『僕』にして、スポーツや勉強を頑張って、振る舞いにも気を遣って。まったくご苦労なことね」



 一限目も始まっていない朝休みということもあり、誰もいない図書館には彼女の淡々とした声だけが響き渡る。そもそもこの時間に図書館を利用することができるのは、図書館司書である彼女――園生(そのう)マユだけであり、私は園生先生から招かれたに過ぎない一般生徒だ。きっとこうしている今も、椅子に腰かけて手にしている本から目を離してはいないのだろう。こちらとしては、話を聞いてもらえるだけでもありがたいと言えばありがたいのだけれど。


 むしろ、こんなことを話せるのは、学内で彼女だけだ。



「でも、思い出してしまったんでしょう? そんな軽い好意では、連中の《傀儡(かいらい)》に対抗なんてできないって」

「そうなんですよ……」



 心の底からこみあげたため息をつき、私はテーブルに額をこすり付けながら頷く。


 《傀儡(かいらい)》。それこそがあのゲーム内での鍵となる、特殊能力だった。私の死亡フラグを打ち壊すためには、その能力をどうにか封じ込める必要があるのだが……まあ、それにもいろいろと苦労があるわけで。


 そう他の場所では吐き出せないものを口にしようとしたとき、園生先生が「式降くん」と意味ありげな声色で呟いた。それと同時に図書館の扉を開く音が聞こえ、私は慌てて顔を上げる。この学園での式降伊依は、いつでも余裕のある爽やか系女子でなくてはいけない。テーブルに突っ伏しているなど、論外も論外だ。

 我ながらストレスによく押しつぶされないなと感心しつつ、私は近寄ってくる足音に耳を澄ませる。もともと敷地が恐ろしく広い学園に存在するこの図書館。当然下手な市立図書館よりも広く、扉から中央にあるこの受付カウンターまでは距離がある。

 

 ちなみに急な来訪者にも視線をくれる気はない園生先生は、ただただ長い睫毛に縁どられた翠色の瞳を手にした本へと向けていた。なんでもフランス人と日本人のハーフだそうで、こんな日本人離れの色彩で彩られている。見ている分には、非常に眼福。外見年齢は20代半ばといったところだが、正直なところ年齢不詳という言葉がしっくりくる女性である。


 そんなことを考えている間に、本棚の影からひとつの人影が姿を現した。



「あー、やっぱりここにいた」



 そう上機嫌な笑みを浮かべて、クラスメイトである沈丁花(じんちょうげ)君尋(きみひろ)はこちらに歩み寄ってきた。少し長めのウェーブがかった黒髪は下手をすれば私の髪より艶やかで、ひとの好さそうな緩い目元と右の泣きぼくろが特徴的な彼。目鼻立ちもくっきりとしたその端正な顔立ちは、イケメンと呼称するより他にない。女子からの人気は全校男子内でもトップレベルであり、藍芭学園高等部を制する生徒機関《伍華(ごか)》でも1、2位を争う支持率である。


 だがここで重要なのは、容姿や女子からの人気ではなく――。



「本当に図書館が好きなんだね、伊依ちゃん」



 彼が例のゲーム内における、攻略対象だということだ。    


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