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14:刃


※微痛描写を含みます。注意してください。


 第三体育館裏で鉈を見つけてしまった丁度一週間後。私はキリキリと痛む胃を押さえながら、人気のない廊下でぼんやりと立ち尽くしていた。

 明日からは中間試験だということもあり、放課後である今、校舎に残っている生徒はとても少ない。私はそんな日と時間を見計らって、校舎内をグルグルと巡回していた。女の子たちとの勉強会も断って、ひたすら人気のない部屋や場所を転々としていた。その理由はただひとつ、園生先生が言っていた『それが全校生徒のために用意されたものなら、まだまだ凶器は隠されているということになりそうね』という不安しか抱けない独り言によるものだった。

 

 結局あの日のうちに、第三体育館裏に鉈が放ってあったということは、用務員の人たちへ伝えておいた。のだが、それを伝えた人の好さそうなおじさんは、そのとき不思議そうな表情を浮かべた。



『まだそんなもの、置いてたっけかなぁ』 



 まったく不穏しか感じられない言葉だった。あまり詳しくは聞かなかったが、数年前に清掃用具を一斉に取り換えた時期があったらしい。そのときに手動の刃物類(鎌や鋸や鉈など)は大方処分したはずだと、おじさんは言っていた。願わくば、それがその時期に処分し損ねたものであってほしい。しかし、最悪の状況を想定するのも、危機フラグ回避の秘訣だろう。少なくとも私はそう思っている。


 というわけで、園生先生の独り言を真に受けた私は、人気のない、物を隠しやすそうな場所をうろついている。しかし、喜ぶべきなのかどうなのか、収穫はゼロだ。掃除の行き届いたこの校舎では、落し物ひとつ見つからない。そして広い校舎内を歩き回って疲れた私は、休憩がてら窓辺にぼんやりと背中を預けていた。



「なんて一週間だ……」



 腹部に当てていた手の甲を額に当て、ぼうっと天井を見上げる。この学園に入学してから四年間、大変だと思うことは数えきれないほどに体験してきた。しかし、それはどれも良い結果を生むハプニングばかりだった。努力をすればそれ相応に報われるような、無事に卒業を迎える日に繋がっていると感じられるものばかりだったというのに……。それに引き替えこの一週間の不安定さは、一体なんだと言うのだろう。

 沈丁花の不可解な行動から朝生との接触、怪しい鉈の発見……特に最近は、恭兵の機嫌も思わしくない……なんだろう、実はこの間の昼食でからかったのを、怒っているんだろうか。まあ、恭兵のフォローは後に回しても問題ないだろうが(今までにもこういうことはあったのだ)、沈丁花と鉈絡みの話はできる限り早急に真相を知りたい。


 とはいえ、沈丁花と積極的に顔を合わせたいとは、微塵も思えないのだが。


 再び悲鳴を上げ始めた胃のあたりを押さえて息を吐き、そろそろ再開しようかと窓から背を離したときだった。



「あ、あのッ!」



 高いソプラノの女声が廊下に響いた。何だろうと思わず顔をそちらに向けると、見覚えのない小柄な女の子が一人立っている。犬の耳を思わせるようなツインテール(可愛いという褒め言葉)までふるふると震わせながら、何やら必死な表情でこちらを見ていた。微妙に顔が赤いような気もするが、それは夕日のせいだと言うボケをかましても許されるだろうか。いや、許されないな。


 何度か覚えのある光景に内心頭を抱えながら、一応周囲を確認する。見事に誰もいない。ということは、私に話しかけているとみて間違いないだろう。



「ええと、僕……かな」



 一応確認のためにそう尋ねると、彼女はコクコクと何度も頷いた。庇護欲をかきたてる女の子は大好きだが、あくまでお友達の範疇の話だ。



「わ、わた、わたしそのッ、えと、えっと……なんだっけ」



 あわあわと今にも泣きだしそうな様子で、助けを求めるように辺りを見渡す彼女。だから、ここには私と彼女しかいないのだが……つまり、私が助け舟を出せばいいのだろう。どうやら告白をしにきたわけではなさそうだ。そう用件を思い出すようにうーうーと唸っている彼女の様子へ安堵して、口を開く。



「別に急ぐ用事もないから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」 



 そう待っておくからという意味を強調して口元を緩めると、彼女は少し安心した様子で「す、すみません……」と縮こまる。いいよ、なんて言いながらしばらく無言で向かい合っていると、目を閉じて考え事をしていた彼女はハッと思い出したように顔を上げた。そして手にしていた学生鞄を開けて、一枚の封筒を取り出す。



「こ、これっ、読んでもらいたくてッ……」



 その後は言葉が見つからなかったようで、彼女はぱくぱくと口を動かしながら、ぐいっと封筒を私に差し出した。告白ではないと思っていたんだけれど……このテンパり具合と、手紙という単語からは、あまりそれ以外の選択肢が思い浮かばない。そう思いながら内心気圧されつつ桃色の封筒を受け取り、「読んでもらいたくて」という彼女の希望どおりに、その場で封を開けた。キャー……という小さな悲鳴のようなものが聞こえたが、読まなければ話が進まない。そうして中に入っていた便箋を取り出して、開く。



「…………」



 心臓が大きく跳ねると同時に、最近頻度の高い警鐘が脳内でなり始める。



『これ以上余計なことをするな』



 綺麗な筆跡で、淡々とそう綴られていた。



「読んでもらえました?」



 唐突に聞こえた可愛らしい声へ、ビクリと肩が揺れる。これはまずい。嫌な展開に入り込んでしまったことを自覚した私は、素早く顔を上げて目の前の女の子の姿を捉えようとした。しかし、彼女は思ってもいない場所に移動していた。



「あなた、邪魔なんですよね」



 そう言って懐に飛び込んできた彼女は、無邪気な笑顔で左手に持っていた何かをこちらへ振り下ろす。それは明らかに左肩を狙っていたが、なんとか寸でのところで飛び退いた。しかしその瞬間、左腕を熱されたような鋭い痛みが走る。



「……ッ」



 声は堪えたものの、体は無様に廊下へと転がった。当然、全身を鈍い痛みが襲う。しかし、そんなものに気をちらしている場合ではない。すぐさま立ち上がろうと床に手をついたが、その前に彼女がこちらへ覆いかぶさるように倒れこんできた。何なんだよこの状況ッ!? 分け目も振らずそう叫びたかったが、あまりにも突然の出来事へ声帯は反応しなかった。そうこうしているうちにこちらへ馬乗りになった彼女は、再び何かを振り上げて、ニィッと悪戯を成功させた子どものように笑みを浮かべた。



「だいじょーぶ。しばらく入院してもらうだけだから」

「……へえ」



 もう駄目かもしれないと状況処理に追いついていない頭で考えてしまったそのとき。不意に聞き覚えのある男の声が聞こえた。それと同時に、それまで余裕綽々だった女の子の顔が強張り、私の上から素早く飛び退く。そして彼女の体で見えなかった向こう側には、どこか冷めた表情の椚野朝生くぬぎのあさきの姿があった。

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