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12/16

11:混在する異常

 翌日。

 いつも通りの四時過ぎに起床し、早朝学習を終えた私は、昨日の約束を守るために第五グラウンドへ向かった。天気は昨日と同じく快晴。運動がてら走って行こうと、私は今日も今日とてジャージを着ている。6時半頃に昨日朝生と出会った場所にたどり着くと、すでに彼は到着していた。制服姿でぼうっとしながら、道の端に座り込んでいる。椚野朝生は時間にルーズだった覚えがあるのだが……そんなに猫が好きなのだろうか。そう少しばかり疑いながら、彼のもとへと駆け寄った。



「おはよう。ごめんね、待たせたみたいで」



 そう膝に手をつきながら、腰をかがめて朝生にあいさつをする。その声へ反応するようにゆっくり顔を上げた彼は、「おはよう」と言ってその場に立ち上がった。



「ありがとう、来てくれて」



 その表情は起伏の乏しいものではあったが、沈丁花のような得体のしれない不安感には襲われなかった。それもそうだろう。椚野朝生は必要以上の愛着をもつ相手以外には、危険行為ストーカーには走らないという設定だ。つまり、今のところはただ表情の起伏が少ない、ぼんやりとした不思議系男子なのである。おまけに彼がストーカー系のヤンデレキャラに走った理由も、割と明確なものがある。性格が根本からねじ曲がっている沈丁花や、伍華の朽無壮騎に比べれば、全くの無害と言ってもいい(私に対しては)。まあ、彼個人は無害でも、《傀儡》を行使するというだけで十分に警戒すべき対象なのだが。


 とりあえずヒロインが来るまでは、そうそう心配する必要もない相手だ。あまり肩へ力が入り過ぎないようにしよう。


 

「構わないよ。昨日は断りかけたけど、見回りも一日だって多い方がいいだろうからね」



 じゃあ、探しに行こうか。


 そう朝生を誘うように足を踏み出すと、彼も倣うように後をついてきた。しかし、一体どこに行ったものだろう。猫がいるだなんて嘘もいいところなのだ。しばらく辺りを歩き回って、頃合いを見て今日は諦めようと言うしかないだろう。



「それで、きみって伍華の椚野朝生くんだよね」



 予定は決まれど、時間を潰すための会話は必要だ。そう歩きながら僅かに振り返って名前を確認すると、彼はこくりと頷く。



「1年、椚野朝生」

「ああ、やっぱり。僕は2年なんだけど、うちのクラスにも椚野くんのファンが結構いるね」



 どこかミステリアスな美少年という属性にドストライクなお姉さま方は、わりかしいるようなのだ。うちの学園において年下好きの好意やミーハーの対象は、大方椚野朝生か紫檀晃人と決まっている。可愛いもの好きな女の子は食いしん坊で幼い顔立ちの晃人に傾倒しているものだが、彼の愛情表現を知っている私からすれば恐ろしいことこの上ない。沈丁花とはまた違った意味で、生物的な恐怖を感じる相手だ。

 そうして内心悪寒に震えていると、背後から「名前」という単語こえが聞こえた。



「名前?」



 再び振り返って聞き返すと、朝生は無表情で頷く。



「教えて」

「……ああ、式降伊依だよ」 



 やっぱり意思疎通しづらい喋り方だよなあと思いつつ頬を掻いていると、朝生が小さく首を傾げていることに気が付いた。……聞こえなかったのだろうか。そうこちらも不思議に思って「どうかしたかい?」と尋ねる。すると彼は、悩むような間を空けて首を横に振った。



「なんでも、ない」

「……そう?」



 曖昧な彼の反応を訝しく思いながらも、不意に「こっち」と言う声が聞こえ、朝生が私の横を通り過ぎて行った。その先にあるのは第三体育館だ。昨日沈丁花が姿を現した場所だということを思い出して、少し歩調が遅くなる。



「人気のない場所、猫……いそう」



 こちらを振り返ってそう言う朝生の表情は、やっぱりいつもよりイキイキとしていた。気がするだけかもしれないが、そんな風に言われてしまうと別の場所へ行こうとは提案しづらい。それでも沈丁花と遭遇するのは避けたかったので、朝生が体育館裏へ歩いていくのを見届けてから、こっそり後をついて行った。

 体育館裏はこの時間、体育館の陰になっているらしく、やけに暗い印象を受けた。用務員や清掃員の人が掃除してくれたのか、道具やゴミが落ちていることもなく、ひどく閑散とした状態だ。しかし、沈丁花の影も形も見当たらなかったため、私は安堵の息をついて朝生の元へと駆けた。



「それらしい場所は、ありそうかい?」



 なにやら猫に詳しそうな彼に問いかけると「狭い場所、ないかな」と呟く。まあ、確かにそんな話も聞いたことはあるけれど……。そう首を捻りながら周囲を見渡すと、傍にあった用具庫の下に、小柄な女の子ぐらいならば入れてしまいそうな隙間があることに気が付く。



「ああいう床下とか、猫好きそうだよね」



 そう指差しながら言うと、朝生は無言でコクコクと頷く。そしてすぐさま歩み寄っていく彼の背を追って、私たちは用具庫の前にたどり着いた。用具庫とはいっても、清掃員さんたちが使う掃除道具が入っている場所なので、一般家庭にあるような庭の物置き程度の大きさである。

 そして躊躇うことなく地面に膝をついた朝生は、さっそく用具庫の下を覗き込む。この学園の人間の大多数は、こんな行為を嫌うだろうに……どれだけ猫が好きなんだ。そう少し親近感を覚え始めながら彼の様子を伺っていると、朝生の動きが不自然なタイミングで固まった。



「猫、いたのかい?」



 まさかと思いながら尋ねると、彼は「猫じゃない」と静かな声で返事をする。なにかその声音に不穏なものを感じて、私も彼と同じような姿勢になり、床下を覗き込んだ。そこは当然視界が悪く、何があるのかすぐにはわからない。しかし、やがて目が慣れ始め、そこに何か、長いモノが置かれていることに気づく。



「あれ、なんだろう」



 やめておいた方がいいかもしれない。口から出た言葉とは裏腹に、見てはいけないものを見てしまったような、いいようのない不安に襲われる。今すぐこの場を離れてしまいたい。駆け出して、何事もなかったかのように寮へ帰ってしまいたい。そう咄嗟に考えてしまうほど、直観的な危機感を覚えた。そんな私に対し、じっと無表情でソレを見つめていた朝生が、用具庫の下へと手を伸ばす。



「待って」



 咄嗟にその手を制しようとしたのだが、その前に彼はソレを掴んでしまう。

 そして、私の脳内で警鐘が鳴り響く中、私たちの目の前へとソレが引きずり出された。



「…………な」



 声を作っている余裕はなかった。僕であることはできなかった。ああやっぱりという気持ちと、どうしてこんなものがという驚愕と、わけのわからない恐怖で脳内が掻き雑ぜられる。



 珍しく目を見開いている朝生の手、そこに握られていたものは――。



「なんで……?」



 ――僅かな光を浴びて鈍く煌めいている、刃渡り40センチはあるだろう、大きななただった。 

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