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10:園生先生の何でも相談所


「今日は本当にありがとうね! 式降くん」

「いや、僕も楽しかったよ。声かけてくれて、ありがとう」



 また、いつでも呼んでね。


 そう言って女子バスケットボール部のユニフォームを着たショートカットの同級生に、軽く手を挙げて別れを告げる。今日の放課後は第二体育館で女バスの部活に参加していたのだが、バスケをするのは久々だったせいか、勘を取り戻すのに少し時間がかかってしまった。やれやれとそんな反省をしつつ、体育館の玄関口を出て、日の傾いた外へと踏み出す。そうして数メートル進んだところで振り返り、まだ見送ってくれている彼女に手を振って、前へと向き直った。本当ならば彼女を寮まで送っていくべき場面だが、今日はこれから行かなければいけない場所があるのだ。やむを得ない。

 第二体育館から第六グラウンド、第五グラウンド、第三体育館と通り過ぎ、高等部校舎を越えた先――図書館へたどり着く頃には、すでに周囲の街灯と月明かりだけが私を照らしていた。腕時計で時刻を確かめると、すでに7時を過ぎている。この時刻ならば、一般生徒は図書館を締め出されているはずだ。そういつものように図書館の裏口へまわり、小さな茶色の扉を前にする。そのすぐ隣にあるインターフォンを押して、待つこと数十秒。頭上のスピーカーから『はい』と涼しい声音が聞こえた。



「式降です。今、いいですか?」



 そう訪ねるや否や、扉の向こう側で機械音が響き始め、最終的にはガチャリというアナログな開錠音が聞こえた。そのことに小さく安堵の息をつき、銀色のドアノブを捻って扉を開ける。すると、そこには燭台を手にした園生先生が立っていた。ちなみに図書館内部に明かりはなく、彼女の持っているろうそくの火だけが周囲を照らしている。翠色に炎の赤を映している彼女の瞳は異様に綺麗で、いつものことながらしばらく見入っていると、園生先生の方から口を開いた。



「入りなさい」



 淡白とそう呟いて、先生はこちらに背を向ける。そのまま奥へと進もうとする園生先生の後を追って、私も急いで中に入った。


 夜の図書館には、セキュリティ以外の電気が通っていない。そういつだったか私に教えてくれたのは園生先生だった。にも関わらず、何故か彼女は、いつでもここにいる。理由を尋ねたこともあるが、まともな返事が返ってきたことはない。まあ、彼女の本来の職業に関することならば、私が干渉できるはずもないのだが。

 

 そんなことを思いながら、私はただ園生先生の後を追う。そうしていつもの受付カウンターにたどり着き、先生はカウンターの向こう側へ、私はその向かい側へと、定位置である椅子に腰を下ろした。



「それで、今日はどんな1日だったのかしら」



 燭台をカウンターの上に置き、園生先生は淡々と尋ねる。

 

 これも、相談や勉強を見てもらっている代償のひとつ、というより取引のひとつだ。できる限り毎日図書館へ通って、現状報告をすること。これにどんな意味があるのかはわからないが、私にとってこの学園で唯一無二の存在である人物の言葉だ。あまり深くは考えないようにしている。園生先生まで疑い始めてしまったら、本格的に疑心暗鬼へ陥ってしまいそうだ。私は机にぐったりと寄りかかって、「どうもこうもないって、感じですよ」と躊躇うことなくため息を吐いた。



「今日は朝から伍華の椚野朝生に会いましたし……」



 今朝のことを沈丁花を見つけたことから、嘘を吐いたことが原因で、明日も朝生と会う羽目になったことを話した。最終的に断らないことを選んだのは自分自身だが、それでも伍華の人間との接触には、気を張るなという方が無茶だろう。そうして私の話を黙って聞いていた園生先生は、涼しげな表情で「連日で伍華絡みの出来事だなんて、ついてないわね」と呟いた。



「……ですよねー」

 

 

 近いうちに、頭がオーバーヒートを起こさなければいいが……許容量を超えてしまうという意味で。

 そうぐでーっとカウンター上でうつ伏せに倒れていると、頭上から涼やかな声が聞こえた。



「でも、あなたの考えた通り、この段階で伍華に繋がりをもつというのも悪いことではないわ。椚野朝生なら、そうそうあなたに害はないでしょうし」

「まあ、沈丁花に比べれば可愛いもんですね」



 心の底から、コクコクと頷く。未だ、先日あった沈丁花の行動理由が把握できていないのだ。朝生の考えの読みづらさは表情の起伏と話し方によるものだが、沈丁花は意図して自分の考えを読ませようとしない……このふたつの差は、歴然としたものだろう。

 


「ああもう、頭痛が痛い……」

「頭が痛い、でしょう」 

「その上をいく痛みなんです」



 園生先生としかできない会話を内心楽しみつつ、「それでお昼はですね」と体を起こす。



「今日は恭兵や阿妻姉弟とお昼食べたんですよ。屋上で」

「そう、よかったわね」

「恭兵は大分落ち着いてきましたし、阿妻姉弟ももう大丈夫そうです。先生、ここまで頑張った私を褒めて!」

「はいはい、えらいえらい」



 投げやりな口調で言いながらも、頭を撫でてくれるあたり、私は園生先生が大好きだ。そんな感じで頬を緩めていると、表情を一貫とさせている先生が、手を離して「でも」と呟いた。



「あなたが大変なのは、これからでしょう。来週末のテストが終われば、『彼女』が来るんだから」



 ――彼女ヒロインが来る。

 

 園生先生の言葉に、自分の表情がひきつるのを感じた。


 ヒロインが転校してきても大丈夫なよう、できる限りのリスクを減らすよう、私はこれまで精一杯頑張った。生きてこの学校を卒業しようと、考えうる努力はしてきたつもりだ。しかし、これまでにはなかった、不慮の出来事が重なっている現状を考えると、とても安穏と構えることはできない。


 きっと今まで以上に、気を引き締めて『僕』でいなければいけない来たるべき日々。

 ヒロインと付かず離れず、細心の注意を払って、過ごさなければいけない日々。


 

「……胃に穴が空きそうですね」

「それが刃物でないことを祈るわ」



 洒落になっていない言葉を平然と語る園生先生に、思わず苦笑する。選択肢を間違えれば、簡単に起こり得るDEADENDだ。


 

「でも、私はこれからも頑張るしかありません。それしか、できませんし」

「それができれば、十分よ」



 そう私の目を真っ直ぐ見て、園生先生は言う。


 けれど、私の中での十分は、生きてこの学園を出られたときにしか口にできない言葉だった。

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