09:少し私になれるから
「四人でお昼を食べるなんて、本当に久しぶりねぇ」
そう言ってコロコロと笑う満瑠さんは、目元を細めてにっこりほほ笑む。そんな彼女の日光に照らされた栗毛はキラキラと輝いており、まるでアニメか漫画のエフェクトのように彼女の周囲へ光をばらまいていた。ふんわりとした長い髪が風でなびくたび、光の粒子がこちらへ漂ってきそうな錯覚まで覚える。可愛いや美人と言うより可憐の一言がとても似合う彼女の姿は、なんて眼福なのだろう。
というわけで(という繋げ方は非常におかしいが)、現在四限の授業も終わった昼休み。私は昨日約束した通り、恭兵とお昼を食べるつもりだった。しかし、昼休みにA組の教室へやって来たのは、彼以外にも二人いた。恭兵と同じく中等部2年からの付き合いである、阿妻満瑠・深弦姉弟――綺麗な栗毛と下がった目じりが良く似ている双子の友人達である。話を聞けば、私を誘ってくるように言ったのは深弦だったそうで、元からこういう算段だったそうな。その割には、嬉々としている満瑠さんに反して、恭兵と深弦の表情が思わしくないけれど。また、満瑠さんがなにか無茶なことを言ったのかもしれない。
まあ、とりあえず、私たちは思い思いの昼食を持参して、迷うことなくベンチと空中庭園つきの屋上へと向かった。これは中2からの習慣で、今はそれほど大した意味もない。ただ、私が恭兵や阿妻姉弟と関わり始めたとき、この3人はひたすら悪い意味で有名だった。だから、人目を避けてよくこの場所に来ていたのだ。別に私の人気は彼らとの接触程度で落ちることはなかったが(これぐらい自信過剰でなければやっていられない)、人目を嫌う恭兵にキレられては堪らないという理由で、この場所を選んでいた。
なぜなら、絶対に恭兵をこちらの手中に収めておきたかったし、阿妻姉弟を丸め込まなければ、全校全滅ルートの可能性も潰えなかったのだ。
こうして振り返ってみると、本当に私は生き残りたいという理由だけで、学園生活を過ごしてる。気にするだけ、マイナスにしかならないものだけれど。それなら、気にせず無視することにしよう。
「本当にね、満瑠さん。僕はきみに毎日会うことが出来なくて、とても寂しかったよ」
「あらあら、嬉しいわぁ。深弦、あなたもこれぐらいのことを言えないと、いつまでたっても彼女ができないわよ」
「式降と俺を比べんな」
そうつっこむような口調で隣に座っている満瑠さんを睨んだ深弦は、購買で購入したサンドウィッチを口に運ぶ。ちなみに、私が前世で通っていた公立高校の購買とは、値段も質も雲泥の差が存在する。
その様子を子ウサギでも見つめるような、優しげな瞳で眺めた満瑠さんは、にっこりと口を開いた。
「式降と俺を比べるな、ということは、深弦は式降くんと比べるまでもなく女子生徒から人気がある。そう、確信しているということね。なんて自信過剰なマイブラザーかしら」
「なあ、殴っていいか。姉貴」
「いやよ。痛いのは好みじゃないの。痛めつけるのは好みだけれど」
閑話だが、私が彼女を『さん』づけで読んでいるのは、満瑠さんがSっ気の持ち主だからだ。深弦はウザキャラだと主張しているが、どう考えても彼女は女王様オーラを纏っている。そんな微笑ましい姉弟のやり取りを横目に、黙々とメロンパンを口にしている隣の恭兵に「そういえば」と声をかける。
「最近どうだい、恭兵くん。僕に話しておきたいような、そんな出来事はあった?」
私がそう静かに尋ねると、恭兵は動きを止めて、メロンパンを見つめるには似つかわしくない目つきで、それに視線を注ぐ。そしてこちらに目を向けることなく「別に、ねえ」と低い声音で呟いた。
「クラスの連中とも、深弦のおかげでなんとかやってる」
「そう、それはよかった。僕のクラスにきみの噂が舞い込んでくることもなかったし、この調子だよ。恭兵くん」
内心、心底安堵しながら、私は恭兵の顔を覗き込んで頷いて見せる。すると彼は、小さく身を引いて、仏頂面のままふいっとそっぽを向いた。なんて無愛想な反応だろう。そう少し意地悪な気持ちが芽生えて、私は姿勢を元に戻しながら言葉を続けた。
「そうかそうかぁ。それならもう、僕がきみの話を頻繁に聞く必要はないね。こんな時期にお役御免だなんて、嬉しいような寂しいような、複雑な心境だ」
さてお役御免の僕は、そろそろ教室に帰ろうかな。
そうわざとらしく言いながら、座っていたベンチから立ち上がる。そんな私を深弦は仕方なさげな目で見つめ、満瑠さんはあらあらと頬に手を当てていた。まあ、たまにあるパターンだ。私はそのままスカートのしわをのばし、恭兵の前を通り過ぎようと足を踏み出す。その瞬間、ぐいっと左手を掴まれた。それはひどく不安定な力加減で、最終的には振れば解ける程度のものへ落ち着く。個人的な感想として、これはいい兆候だ。3年前の手加減も力加減も区別もついていなかった彼と比べれば、随分成長したといえる。「おめでとう!」と抱き着きたい程度には嬉しいが、『僕』らしくはないので自重しよう。
そんなことを思いながら振り返ると、恭兵が斜め下を向いたまま、私の手を掴んでいた。先ほどより眉間にしわが寄っている。
「どうかした? 恭兵くん」
心の中でウキウキしながらそう首を傾げると、彼はさらに目つきを悪くさせて、完全に顔を背けた。おかげでこちらからは、赤みがかった彼の頭部しか見えない。それでも手を放そうとしない辺り、このツンデレめと前世の私がニヤニヤしている。やっぱり、私は彼と一緒にいるときが、園生先生と匹敵するほど落ち着けるらしい。
「お役御免とか……そんなんじゃ、ねーだろ」
呟く程度のその言葉はやはり無愛想だったが、口ごもるような躊躇いは見えた。ので、今回はもう満足しよう。そう本心からの笑みを浮かべながら、こっちを向いてくれない彼の頭を撫でる。
「そうだね。僕たちはただの話し相手じゃない。正真正銘、友達同士。友達に、お役御免はないからね」
「…………」
彼の無言を、私は肯定と捉えることにしている。例のゲーム内でも、大方そんな具合だったから。
そうやって安穏とした空気を謳歌していると、空いている右腕に、満瑠さんが笑顔でしがみついてきた。
「あらあら、私たちは蚊帳の外? って、深弦も寂しそうに、嫉妬に塗れた視線で式降くんを見ているわぁ」
「見てねぇよ」
不機嫌そうな声音でそうつっこんだ深弦は、未だ顔をこちらに向けてくれない恭兵の肩を、宥めるように何度か叩いた。そして、それに促されるように一瞬こちらへ目線をくれた恭兵の表情が、ひどく拗ねたようなものだったので私はあと1週間これで乗り切れると、かなり本気で思った。
×××
わいわいと楽しげに友達ごっこを興じている4人を見つめて、彼は朗らかに笑っていた。