◆8 手伝い
◆8 手伝い
いきなりぶっ倒れた。
それでもすぐに立ち上がろうとする。
しかし、ふらふらとして上手く立てずにいた。
見かねた明は、手を差し出す。
ようやく立てたチェカは、逃げるようにその場から立ち去った。
ものすごい勢いで。
明の手を払いのけてしまったことにようやく気付き、壁から顔だけ出して謝る。
しかし、明は背を向けて気にしてないからと言った。
「ごめんなさい。ほんとごめんなさい。まさかこんなことになるとは」
自分から手伝うと言っておきながらできないことが判明してしまったチェカ。
「いいよ。よく考えれば天使様が料理なんでできるわけなかったんだ」
明はそう言いながら、また卵を割る。
短い悲鳴が上がる。
それにため息をつく明。
「どっかいけ。手伝わなくていいから」
「はい……」
どんよりとした気をまとい、重たい足取りで歩くチェカ。
明はもしゃりと二重の焼き玉子を乗せたパンを食べていた。
***
いきなりぶっ倒れた。
おやすみを言ってから2秒ほどで。
チェカは驚きの一文字を零すだけ。
すぐに寝息が聞こえた。
早い、と寝付く速さにさらに驚く。
勉強をして知識を得ているチェカは、人間界での昼にも満たない時刻から寝ることに困惑を隠せずにいた。
悪いと思いながらも不健康という理由で起こそうとするが、ここまで眠いのは私のせいかと気付き、起こそうとした腕をひっこめる。
「"私"とリンクなんてしたから、身体への負担が大きいのかな」
ひとり言。
***
「おはよう」
「おはよう」
微笑みながらオウム返しに応えるチェカ。
「今何時?」
明は近くにある時計より目の前の人影に尋ねた。
眠いと訴えかける瞼をこすり開け、髪の毛をゆらす。
「その時計では7時11分を示してますよ」
8時ちょうどに言葉の言い合いを止めた物体を指しながらチェカは答えた。
窓は暗く、朝ではないことが分かる。
「あれ、母さんじゃない!?」
この部屋の主が、惑いが混じる驚きの声をあげた。
完全に覚めたとは言い難い瞼の奥の瞳が、人影を追う。
見えた影は、なんども話をした者のだった。
「あ、えっと。そう。チェカだ」
自分で答え合わせをする明。
どうやら人影を母親と勘違いしたようだ。
「明のお母さんは、外出するとの置き手紙が残ってたのでは?」
チェカが昼前の事を告げた。
「ああ、思いだした。あんたが役に立たなかったんだ」
その言葉がぐさりとチェカへと突き刺さった。
***
遡ること今日の9時くらいまで。
「あの……お名前聞いていいですか?」
遠慮がちに言うチェカ。
明は驚きの表情で、知らないの? と聞いた。
「……はい。人間界へおりる時、何の情報も持たされませんでしたから。住んでいる場所や貴女の特徴すらも。頼りになるのは、引かれ合う波動だけ。あ、あと光」
「光?」
「会った時に光ったでしょ? 波動が合う者と会った時に一度だけ光るの」
視線をずらし、記憶を顧みる明。
「なるほど」
そう言ってベッドから離れる。
乱れた髪の毛を、適当に整える。
ドアを開け、廊下へと足を運ぶ。
ひんやりとした肌寒い空気が明の身を包む。
一階へと下りる唯一の手段である階段を、軽い音を立てて下りてゆく。
チェカもそのあとを続く。
一階は真っ暗だった。ただいまの時刻は9時少し前。
明は驚く顔もない。
彷徨ったかのように闇へと手を伸ばす。
灯りが点く。
広々とした、リビングキッチン。
首を横に移動させれば、白のカーペートの敷かれたリビングルームが姿を現す。
明は、テーブルに上に置かれた紙に触れる。
そこには、
【明日の夕方ぐらいに帰ってきます。食事は冷蔵庫のものや炊飯器の中のご飯使っていいからきちんと食べてね。明日の夕飯はどこか食べに行くと父さんが言っていたので、食べないようにね。何かあったらすぐ電話してね。お留守番よろしくね】
普段の明の母親らしい文が書かれていた。
ぽいっ。そんな言葉が似合う動作で紙をゴミ箱に入れた。ひらひらとゆったりとゴミ箱に入る。いや、乗っかる。
それに目をやり、明はため息を吐いて紙を押しこんだ。
体勢を元に戻し、チェカに目を向ける。
「手伝うなら、お皿出して」
そう言って食器棚を指す明。
子供じみた笑顔でお皿を取りに行く。
たくさんあって固まるのは数秒後。
素直に聞いて、言われた通りのところから真っ白な皿を掴む。
チェカは少し考えてから、テーブルに置く。
そして、明の方へと目を向けた。
上がる悲鳴。
驚いて振り返る明。
明が見たものはぶっ倒れたチェカだった。
次話は予定変更がなければ月曜日までに投稿します。