◆6 わらい
◆6 わらい
「話は終わっただろ? 約束。出てってよ」
夜の時のような変わることを知らない態度。
冷たい言葉をあびせる明。
前のように怒ってはいなかったけれど。
「嫌です」
意思を持って、はっきりと言った。
「そんな約束した覚えありません。貴女が一方的に言っただけです」
堂々と、きっぱりと、チェカは言った。
その言葉に呆れ、怒りを蘇らせる明。
短く息を吸い、
「……。ふざけるなよ」
にらみ、しぼりだすように明が言った。
チェカは負けないように、ゆずらないように、幼く見える顔で否定を表す。
ばちりとはじけるかのように、硬くするどい表情が向き合った。
「ふざけていません」
高くするどい声の否定。
「ここは私の家だ、出ていけ」
乱暴にのどを使いどなる。
しかし、チェカはひるまない。
「出ていかなければならない理由はありません」
どう考えても、チェカが不利の状況で無茶を言っているが、そんなもの気にしなかった。意地でも認めさせる、そんな意思が見え見えだった。
「居すわらせる理由もない」
言葉が飛び交う。最悪ムードの空間に向きある2人。どちらも譲る気はない。
そんな空間に、邪魔な音が混じる。
この場に不似合いな、やる気を失わせるそんなもの。
その音に双方の動きが止まる。
何の音か解った明は、チラリと鋭い視線を浴びせ手を伸ばす。
ベッドにいつのまにか座っていた明が手を伸ばした先には、喧騒を止めた音を鳴らす物が置いてあった。
止まる音。静寂。張りつめた雰囲気が余韻でかき混ぜられる。
明が手にしていた物は黄色く、四角い物。
雨が小さく主張を続ける中、
「なんですそれ」
チェカは疑問を晴らすために、今しがたの喧嘩相手に聞いた。
「目覚まし」
明はめんどくさそうに短く答えた。
「目覚まし?」
「そうだよ。目覚まし時計」
「……」
時計の言葉に反応したチェカ。しかし目覚ましという単語とさっきの音がなんなのか、さっぱり解っていないようだった。
チェカは黙り、明も無言で目覚まし時計をいじり、そのまま。
雨音だけが音を支配する時が続いた。
しかし数十秒後、暗い静寂に耐えかねたチェカが大声で言った。
「できるだけ迷惑かけません。視界に入らないように努力します。お願いです。ここに住まさせてください」
言い切った後の、気持ち悪い無音。耳が不快を訴えていた。
呆れた明の顔。それはチェカの瞳に映る。
雨音が嫌に大きく耳へと伝わる。
混じるものはない。
雨の音を両者が十二分に味わった頃、
「なにそれ」
そうつぶやくように明は言って嗤った。
哂った。笑った。なんて顔をしていいのか分からないみたいだった。それでも笑い続けた。
チェカは何が何なのか状況を掴めず、取り残され立ちつくすしかできなかった。
「なあ、なんでわらってると思う?」
ピタリと笑い声を喉に止まらせ、口をあけたまま息だけ吐いた。落ち着くために。
そして唐突にしゃべり出した明。
答えを求めた意味の理解できないそんな問い。
ひとつふたつほど間をあけ、
「……おかしいから」
なにがおかしいのか理解できていないチェカがそう言った。
正しいと思わず、言わさせるかのように口へと出した。
その答えに対し、明は口端をあげた。
「大正解。そう。おかしいからわらったんだ。なにがおかしい。ああ、おかしいね」
決して声は張り上げたものでない。興奮したそれでもない。
それでも観客を釘づけさせる、おかしな声だった。
気が狂ったかのように。いや、もしかしたら本当に気が狂ったのか。
天使という"ありえない"で片づけられてしまうその存在と出会ったことによって――――。
明は尚もしゃべり続ける。
「冷たい態度をとったのに。酷い態度をとったのに。なぜ。なぜ出ていかない。ここに居座る明確なものもないのに。そして最後のそれ、なんだよ。そんなにしてまでいようとする理由なんだよ。寂しいからとか…………。なあ、」
そう区切ってから明は
「なんだよ」
聞いた。
「寂しいからです」
答えはそれだけ。
微笑みだけが残った。