◆5 本心
◆5 本心
「貴女が言ったように、どうして私がこの場にいるのかを説明します」
沈黙を破った言葉に続けて、チェカはそう言った。
ぶつかる視線はいつのまにか千切れていた。
「記憶を失った天使は、人間界へ行かなくてはなりません。そういうルールなのです」
文字を追うかのように、口を動かすチェカ。
明は、ルールという言葉に思いっきり表情を歪ます。
「天使が記憶を失う原因は、記録に残っているもので4つ。大きな悲しみ、忘れたいと強く願う力、悪魔との接触。そして、とてつもない大きな邪気によるもの」
指を広げ、そして折る。
明の目はそちらへと自然に行っていた。
「あんたは最後のそれに当てはまってしまったから、ルールでここに来たのか」
ルールという部分で、意味ありげに強調しながら言葉を続けた。
嫌なため息を吐く明は、視線を床に落としつぶやく。
見つめているのか、睨んでいるのか。感情の含まない、見せない、2つの瞳は床へと注がれた。
「なんで私なの?」
顔を上げる明。長い髪が顔へ。指で払った。
「それは、波動が合うからです。そういえば波動の話は最後までしてませんね」
私のせいでと、付け加えるチェカ。そして続ける。
「波動が合うのは1体の天使につき1人の人間です。それが貴女になります。波動は……そうですね、わけのわからない"モノ"と認識してください」
「波動が合う私のところに来た理由は? まさか、"ルール"とやらで?」
その明の言葉に、いいえと短く応えるチェカ。
「天界――天使が存在する世界のことですが――ここは人間界。天界のような清気に満ち溢れていない人間界に、天使が単独で長期間もいるのは苦以外の何物でもありません」
「清気ってなんだよ」
「人間が生きるのに絶対必要なものは?」
チェカが問いで返す。
「つまり天使様はそれがないとだめなのか」
明は肩をすくめるようなしぐさを一瞬見せ、ベッドに転がる。仰向け、そして窓の方向へと回転させうつ伏せになった。
何もしゃべらない。
チェカはまた続きを話しだす。背中に向かって。
「波動の合う人間を見つけ、リンク……契約とでも思ってください。それを交わし人間界で存在し続けられるようにするんです」
「もうしたの?」
枕にうずくまっているせいで、くぐもった明の声がチェカのもとへと届く。
「はい。勝手に。貴女が寝ているうちに」
言い訳もせず告白するチェカ。
「最低」
「すみません」
間を空けずに謝るチェカに対して、
「そのしゃべり方、やめていいって言ったけど続けるの?」
間を空けずに聞く明。
「……」
会話が崩れた。しかし、明はぶつぶつと言いたことを言いたいようにぶちまけた。
「それで、私と勝手にリンクとやらをして、この……人間界? とりあえず居れるようになったんだろ? だったら私のところにいなくてもいいじゃん」
いけしゃあしゃあと言葉を投げつけた明。
チェカの顔など見もしない。
「寂しいじゃないですか」
チェカが1つあけて言った。
明がチェカの言葉に哂いを吐く。
チェカはそれにも気に止めず、続けた。
「見えないんです。会ったあの夜の時のように、私の姿は人間には見えないんですよ。普通は。貴女が寝ている間に私とリンクさせたから、姿を最初から見えることができただけで、普通は見えないんです」
「だから?」
嫌みしか含まないその言葉。
盛り付けられてスプレッドが、苦々しい味を伝える。
「私はさ、そういうの勘弁。なにそれ。忘れてやるから出てってよ。非日常なんてもん、味わいたくもない」
ゆらめく瞳で、そう本心を口にした明。
彼女は、短く言った。
「出てけ」