◆4 沈黙
◆4 沈黙
「続けますね」
そう言って、中断した話を再開させる天使、チェカ。
「さきほども言ったように、私は記憶を失いました。思い出全てを。昔の記憶、友人の名前、そして私がどんな存在なのか――」
悲しそうな笑みを浮かべるチェカ。
明は少しだけ目を細め、言った。
「そう」
それだけだった。
息を吐くように、出された言葉。
やがて消えた。
「……? 他に何か言うことないんですか?」
チェカは不満ありげなの顔で聞いた。
悲しみの笑みも消えた。
「そのしゃべり方やめていいよ」
そのそっけない明の言葉にきょとんとした顔になるチェカ。
その顔に明は心の内側で、クスリと笑った。
馬鹿にしたものではなかった。楽しそうなものでもなかった。
「ええ……と、」
話の変わることを言い出した明に、ついていけないチェカ。
「気にしないから」
さらりと、顔を向けずに言った。
「……はい、その、」
その態度に黙ってしまうチェカ。
沈黙。
窓を叩きつける雨音がいっそう強く響く。
「他に何か言うことない、の?」
もう一度聞いた。
迷いが見れた言葉。少しだけ顔を傾げる。
それにどうでもいいと言うでもかのように、明は口を開く。
「特に。……もしかして同情してほしかった?」
明は含み笑いなどせず、チラリと目を向ける。
その言葉に首を思いっきり振るチェカ。
口元に小さな笑みをつくる明。
「じゃあ、続けてどうぞ」
明が次へと促す。
チェカは戸惑いを先ほどから隠しきれず、今も見せつけるがままだった。
まだたき数回程度の時間が流れた後、息を吐いてから話を続ける。
「えっと、……はい。それで、なぜ思い出を失ったかと言うと、邪気のせいなんです」
明が眉をひそめる。
またも明の耳には聞きなれない言葉。
「邪気って? 悪意っていう意味でとっていいの?」
明からの質問に小さく首を振るチェカ。
「邪気は、主に悪魔にまとわりつく"モノ"です。それも強力な。人間にも憑いてる時がありますが、それは簡単に取り除くことのできる小さなモノばかりです」
明はなんとなく理解したのか、ふーん、と声をもらす。
一呼吸置いてチェカがまた説明しだす。
「――そして、天使にまとわりつく事のない"モノ"……のはずでしたが、友人のものである邪気にあたり…………」
「記憶を失ったというわけか。……その友人も天使だよね、流れ的に。なんで持っちゃったのさ。その邪気、ってやつ」
言葉を消したチェカの続きを明が引き継いで、つぶやくように言った。
「嫉妬です」
チェカは答えるのみ。
「嫉妬?」
明は首をひねる。
「はい。三角関係って言って通じますか?」
「もういい。だいたい分かった。その友人の好きな人はあんたが好きで、友人は怨んだんだ」
チェカの口を止め、先を推測して話す明。
押し黙るチェカ。
全くその通りなのだろう。
「で、私がこんな目にあうのと、話はどう繋がるの?」
皮肉めいた言葉をつげ、チェカを睨むように見つめる。
「迷惑でしたか?」
チェカは、また悲しそうな顔で浮かべた。いや、寂しそうなと表すべきか。
だが、明はそんなチェカの表情を見てもためらわずうなずく。
微かで、消えるような笑みをこぼすチェカは、息を吐いた。とても短く。
「迷惑をかけてすみません。たぶん……これからもおかけすることがあると思います。善処しますので、何かあったら言ってください」
そう言って笑った。悲しそうな、とても無理をしている――綺麗なものだった。。
「なあ、話が終わったら出て行く気ある?」
明の本題はそこにあるかでもいうように、肯定させるかのように、言った。
じとりとした目で聞く明。
「はっきり言いますと、ありません」
言い切る。
会話が途切れ、沈黙がまた訪れる。
睨み合うように、4つ眼がぶつかり溶け込み包み合う。
どちらも視線は落とさない。
「とりあえず、話を終わらせませんか?」
眼を少し歪ませ、微笑んだのか、泣きそうなのか、怒りたいのか、判らない顔で言った。