◆15 遅刻ではない
◆15 遅刻ではない
「疲れた……」
25分のチャイムが鳴り終わるとともに教室へ入る。
息切れ気味の明が、ドアに手をかけ体を支えながら息を整える。
そんな明を見て、
「セーフ。ギリギリだね」
そう苦笑しながら声をかけてきたのは、明の友人である。
由奈という。
肩にギリギリ届かない長さの髪の毛をゆらし、おはようと言った彼女。
そんな彼女をみて、何か気付いた声を一文字口からもらす存在がここにはいた。
「も、もしかして。明のお友達さんですか!!」
明の後ろから声が響く。驚きの声。
そこには他の人には見えない天使がいた。
***
「あれが明の行ってる学校?」
明の耳に聞き覚えのある声が届く。違ってほしいと表情に出した明は、ひきつった顔で隣を足を一生懸命動かしながら見た。
どうか空耳ですように、と願う明の思いはまるで無駄にする存在。
頭に思い浮かべた奴がいた。
ふわふわと、しかし全力を掛けて足を動かす明と同じスピードで、羽根のない姿のまま浮かんでいた。
「あの本には学校の例として挿絵もあったんだけどね。結構違ってびっくりしたよ。たくさんの学校があって、一つ一つデザインが違うとも書いてあったんだけど、違いすぎだね」
そんなどうでもいい事をしゃべり続ける天使。
風の音に消えてしまう、歯を食いしばる音。これは明のもの。
感情を抑え、それを足にへと入れる。
足を止める様子などない。
「帰れ!!」
怒鳴った。幸いにも周りに人影はない。
苦しそうな声を交えないその言葉を無視し、チェカは"えっぺんぷい"という言葉がかぎりなく似合う笑みを創る。
さらに前のめりの体勢で走り続ける明。
チェカがさきほどから視線を外さない建物――明の通う中学校が目の前となる。
何十年経ったのだろうと思わせるその校舎は、近づくにつれその大きさを露わにする。
学校の名前が書かれた壁の脇に立つ教師が、またかという表情をしながら、シンプルなこげ茶色の門をくぐる明を見ていた。
何も言われない。普通なら何か言われてもおかしくない場面なのだが、明とジャージを着た教師との距離は広まるばかり。
足を止めない明。そのまま下駄箱に向った。
たとえ25分までに門をくぐろうが、教室まで辿りつかなければ意味がない。
残念ながら、ホームルームの始まった空間になんにも感じず入る神経を明は持ち合わせてはいなかった。
誰もいない。ピーンと耳が痛くなるほど静かな広々とした場所。当然と言えば当然の静けさ。
しかし、周りを気にし小声でぽつりと明は言った。
「うるさい」
「えーひどい!! やっぱ聞こえてたんだ。無視してたんだ」
不満を子供のように爆発させるチェカ。
わざとなのか、素なのか、頬を膨らませる。
一方、明は一切チェカの方を見ず、すたすたと自分の下靴と上靴を変えた。
「いいから帰れ」
「嫌。いいじゃないですか。1人じゃ暇だし」
ああ? と切れた明の声が小さく響く。
が、明のそんな態度にもひるまず、後ろを陣取る。
「帰りませんよ。基本私は明についていきますからね!!」
いじけた子供のように怒鳴ったチェカ。
「なんだよそれ」
今の現状にいら立つ明。
しかし、ゆっくり話し合う時間などあるはずがなかった。
聞きなれた音。
綺麗な響きを聴かせるそれは――25分を知らせるチャイムだった。
明の顔が、驚きに変わる。
チェカとの話し合いがなかったかのように、体を2階に上がる階段へと向かわせる。
2段飛ばしで、身をはずませながら足に無理をさせ駆け上がる。
――そして今に至る。