◆14 行ってきます
◆14 行ってきます
音が鳴った。
音が消えた。
動いた。
止まった。
それから数十秒。
うめき声。
チェカはぱちぱちと瞬きしながら、ぽかんとした顔で見ていた。
無言の両者。
明が睨む。
別に本人は睨んでいるつもりなどはないのだが。
のっそりと落ちるようにベッドから床へと足をつく。
なにもしゃべらず、ドアへと歩き部屋から出た。
ドアのしまる音にチェカは我に返る。
そして、ドアをきちんと開けて出た。追いかける。忘れられた開いたままのドア。
窓の奥に見える空は青く青くあおかった。千切れた雲が浮かんでいた。
足音は聞こえず、さらに大きく開かれ壁に当たり跳ね返るドア。
ドアとの間から中へ入った塊は、隅っこで小さくなった。
チェカだ。
ぐったりしていた。顔色は変わらなかった。それでもぐったりしていた。
下では明が朝ごはんを食べていた。もぐもぐと。
***
「明のバーカ。バーカバーカ」
そう言いながら、誰もいない部屋に無断に入りなぜか隅へと座ったチェカ。もちろんこの部屋は明の。
「無視されたと思ったので、気になってついていっただけなんですよー。明も一言食べに行くとか言ってくれればいいのに」
ぶつくさぶつくさ壁と話しをする。返事はないけど。
聞き手となった壁へと、一方的に言葉を並べる。
「明はー、明はー、変なところで無愛想なんですよー。まー、寝起きだからー、かも……しれないかもしれない。うんそうだ」
人差指で壁に小さな円を描きながら、酔っ払いのような口調で口を動かす。
その姿は、寂しそうな雰囲気を醸し出していた。
天使と名乗ったチェカは、今も人の姿のまま隅っこで小さくなっている。
髪も瞳みもなんら明と変わりはない。そんなチェカの仮と思われる姿。
艶のいい髪の一部をを壁に押しつけつつ、体のほとんどがもたれる容になっているチェカ。黒の瞳は薄いクリーム色のカーペット――床を見ていた。
静寂。
そこに混じる足音。
チェカが気付き顔を上げた。
大きく開かれたままのドア。
廊下と部屋、その間の微妙なラインに明が立っていた。そして、明はチェカの方へと足を向かわせる。
明が次に取った行動――。
なんと明は座り込んだチェカの首ねっこを掴み、ドアの外の方へと放り投げた。
もちろん、片手で投げ飛ばせるほどの力を明は持ち合わせておらず、べちゃりと数センチ先へと倒れる。
「び、びっくりした」
突然の明の行動に驚く。怒ることはしない。
唐突のアクションに虚を衝かれたからか。
「着替えるから出てって」
「そ、そ、そうならそうと言ってくださいよ!!」
泣きごとのように訴えるチェカ。
「あ、うん。そうだね。でも馬鹿って言われてむかついたから」
しれっと今の行動の理由を明かした。
チェカは不満そうに、思いっきり崩した顔を創る。
明は手で出てけと、蚊を払うようようなしぐさをした。
口をとがらせるも、おとなしく外へと出ていく。
ぽつんと立ったままの明。
ため息をひとつ。
タンスへと体を持っていき、いつもの朝のように着替え始めた。
明が通う、中学校の制服へと。
音の立てない時計が示すは、8時18分。
ちなみに、25分までに校門を通らないと遅刻となる。
しかし急ぐような様子はこれっぽっちもない。
着替え終わった明が、ベッドのそばに置かれた鞄を持つ。
中身の入ったそれを重たそうに持ちあげ、慣れたように背負う。
どたどたとうるさい音。階段を下ったもの。
途中、視界に映ったチェカを無視するかのように通り過ぎ、洗面台へと向かった。
10秒で長い髪をひとつに束ねる。
踏みつけるような感じで、買った時の真っ白さを失った靴を履く。
鞄のポケットから出した鍵を握る。
重々しく開かれる玄関のドア。
「行ってきます」
天使に向けた言葉が響いた。