◆12 笑顔
◆12 笑顔
明が自分の部屋へと入る。遅れてやってきたドアのしまる音。
ベッドへとドスッと腰を下ろす明。
部屋の真ん中に置かれた机のそばに、ちょこんと存在感を主張するクリーム色の座椅子を右手で指す。
それに座るチェカ。くるくるまわるのに驚いて、変な声を出した。
恥ずかしそうに笑った。
明もつられて苦笑い。
それを濁すようにチェカが口を開いた。
「……出かけないの?」
「いや特に行きたくないし」
明は、ゴローンと寝転がって全身で伸びをしながら言った。すぐに足をかがめて身を縮める。
体勢はは横向き。チェカの方を向いていた。
「……いつもお部屋にいるの?」
「基本な」
適当な受け答え。
「ずっと?」
「ずっと……かな。学校から帰ったら、そっから外出しないし。たまにするけど」
2秒ほど遅れた訂正。居心地が悪そうな言葉にならない声を出し、体勢を微妙に変えた。
明からして、頭の上に置かれた枕を伸ばした明の手によって移動させられる。形が少し変形した。
目をつぶり、枕をつぶす勢いで抱きしめる明。
うにゃうにゃと散らばる黒髪がさらにぐしゃぐしゃになった。
「あ、学校行っているんだ」
「行くよ。行かない理由ないし。義務教育だし」
「へー」
「へーって……。まあ天使様だからこっちの当たり前が通じないのも当たり前か」
「……」
崩れたラリーのようなテンポのいい会話。
明は少し考えて質問した。
「学校ってあったの? その……、あんたがいたところ。……天界だっけ?」
「さあ、知りません」
チェカが首を小さく左右へと振る。器用に肩をすくめながら。
明が少しだけ首を上へとずらし、思い出したように、というか思い出した明。
ああ……そっか、とつぶやく。
「あんた記憶ないんだったな。……なんかドラマみたいにちょっと覚えていることないの? それかなんか思い出した事とか」
悪い、と思った感情は一切見られない。
明は首を今度はチェカの方へとより動かす。体も少し前へ出た。
落ちそうだが落ちる様子は微塵もない。
「……私の名前、チェカですよ」
口をとがらすしたように、つぶやくように、でも全然聞こえる大きさで言った。
質問に対しては触れない。それに対しての不服そうな表情も雰囲気もなかった。
明は眉をひそめた。
その言葉の意味がわからなくて。
「知ってるよ」
ぽつんと相手に聞こえる程度に言った。
「呼んでくださいよ」
即の返事。
「…………チェカって?」
聞くように応えた。
「うん!」
花が咲いたような笑みを創る。
元気よく肯定したチェカの瞳が部屋の灯りでゆらめく。
明自身が顔が引きつるのを感じた。
ごまかしの苦笑い。
「え、なにそのリアクション」
呆れたように、でも笑って言った。
チェカが嬉しそうに、嬉しそうに、言った。
「名前、初めて呼んでもらうので」
明は、目を細めてから髪を右手でぐしゃりと握った。肩より前へ垂れた右側の髪があとをつけずにまた垂れる。
癖かなにかか。
明はチェカに聞こえないように、問われないように、ぽつんと小さな小さな本当に小さな声で唇をほんの少しだけ動かして言った。
チェカは笑っていた。